さよならを言えたなら 第4回
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「で?……今日は家に泊まるのか?」
店も閉まり、ロッカールームで着替えながらセレナに尋ねてみる。葵の事があったせいか、
ヒドく疲れたような顔をしている。
「ううん。…やっぱりやめとく。また今度にするわ。」
そりゃそうか。幽霊の住む部屋になんか泊りたくはないだろう。本当にどうしたもんかな。
「……ごめんな。」
「んっ!」
そう言って優しくキスをする。どれぐらいだろうか。かなり長い時間、そのままでいた。
「ぷは……お、驚いたわ。まさかハルの方からキスしてくれるなんて……うれしい!」
そのまま抱き付かれる。そして次のステップへ……といきたいところだが、今日は本当に疲れたため、
また今度だ。睡眠欲の方が強い。
「じゃ、また明日。」
「うん……は、ハル!」
裏口から出ようとして、呼び止められる。振り替えると、セレナがヒドく切なそうな顔をしている……
そんなに葵の事がショックだったのか?
「私たち……恋人だよね?…愛し合ってるよね?」
「当たり前だろ。変な心配すんなって。」
「うん……ありがと。」
それを聞き、裏口が出ていった。

薄暗いロッカールーム。もう時計の短針は11を指している。閉店は九時……
それから二時間も経っているのに、まだ電気は点いている。
「うぅ……う…」
そのロッカールームに、セレナは一人、蹲っていた。泣きはらして赤くなった目、ぼろぼろに乱れた髪。
「なんで……なんでよ…せっかく、せっかくハルと恋人になれたのに。」
まるで呪いを呟くように、話し相手もいないのに、ぶつぶつと独り言をはいっている。
その目には生気が宿っていない。
「あの女……もうやめてよ……死んでまでハルを取らないでよぉ。……消えて…よぉ。」
ガンッガンッ
激しくロッカーをたたく。それは一度も使われていないものなのだが、ボコボコにへこんでいた。
「でも…大丈夫よね。あの女も記憶が無いって言ってるし、ハルも私を好きだって言ってくれたし。」
それでも不安は積もるばかり。ここでキスしたあと、抱いてくれなかった。言葉だけでは安心できない。
ましてやあの霊は、晴也の部屋に住み着いていると言うのだ。
「ハル…お願い。もうあの女を見ないで……私だけ……私だけをみてぇ……」

春が終わるとは言え、まだ夜は少し肌寒い。スクーターで切る風は肌身に染みる。
「ふう…着いたっと。」
いつもの癖で前のアパートの道を走ってしまい、遠回りになってしまった。いつも帰りに道では、
去年の記憶を思い出そうとするが、相変わらず無理である。
無理に思い出そうとすると、気分が悪くなり、頭痛がする。
「ただいまっと……」
人間。誰もいないのに部屋に帰るとただいまとぼやいてしまうのは何故なんだろうか。
「あ、おかえりなさーい。」
「………」
そうだ、こいつがいたんだった。まだ慣れてないな……それに………おかえりだなんて言葉、
とても久し振りに聞いた。
「あれ?どうかしたんですか?ぼーっとして。」
「な、なんでもねえっつの!俺の周りに纏わりつくな!」
「うー。まだバイト先に行った事怒ってるんですか?そりゃあ、私が悪かったですよぉ。
だから謝ったじゃないですか。」
「もう怒ってない。」
「本当?やったぁー!」
ただいまと言っておかえりて返してくれる。久々の家での会話………なんとなくこいつの存在を
良く思ってしまった。

「あ、そうそう、晴也さん、晴也さん。」
「ん?」
嬉しそうな声で呼ばれたため、振り向く……と。
バキッ
「がっ?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。振り返ると同時に、右頬に強烈な一撃が食い込んでいた。
それほど痛くは無かったのだが、不意打ちだったため、膝を突いてしまった。
「あははー。やっぱり成功です!見ました?見ました?こうやって頑張れば一時的にだけど
体を具現化できるんです!」
「……ろす…」
「へ?」
「殺す!二度と化けて出れないように殺し切ってやる!!!おら!俺に殴られる瞬間に具現化しろ!」
「あああ!!こ、ごめんなさい!こうしないと証明できないかなぁって…ああん。
だ、だから体に腕を突っ込まないでぇ。く、くすぐっいんだってぇ。」
前言撤回だ。こんな悪霊、一日でも……いや、一秒でも早く成仏しちまえばいいんだ!





ひとしきり騒いだあと、幽霊と戯れあう事が空しいと気付いたのは、帰宅してから
一時間も経ってからの事だった。
「シャワー浴びるからな。絶対に覗くんじゃねえぞ!覗いたら本当に成仏するの
手伝ってやんねぇからな!」
「うーん……それは、それでいいかもしれないけど……やっぱりイヤ、かな?うん、覗きません、絶対。」
本当に今日はくたびれた。たった一日だけだが、目茶苦茶長いようなきがした。
さっさと寝よう……バイトも午後から出し、昼間で寝続けよう。


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