さよならを言えたなら 第2回
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「えーっと、とりあえず、また自己紹介。喜瀬葵です。」
「……秋沢晴也。」
「晴也さんですかー。良い名前ですねぇ。」
この野郎。幽霊のくせに社交辞令までしやがる。まぁ、悪霊ではないようだな。
しかしなんで俺が憑かれなくちゃいけないんだよ……
こっちの悩みなど考えもせず、自由気ままに壁や天井をすり抜けて遊んでいる葵。本当に精神年齢は低いな。
「とりあえず……どうすれば成仏できる?思い残した事はなんだ?」
「だからそれが思い出せないんだってぇ。」
ふわふわと浮きながら上からものを言う。なんかカチンときたな。
「てめっ!そんなところから見下してねぇで下に降りてこい!」
「ああ!ごめんなさい!」
床におり、正座をする。
「じゃあ、まずは質問だ。素直に答えろ。お前が消えるためだ。」
「うぅ、そんな邪魔者扱いしなくても……」
「幽霊なんざ邪魔者以外のなんでもない。じゃあ、生前についてだ。歳は?」
「17。」
……最近の17歳はこんなガキなのか……まあいい。
「学校は?」
「…わかんない。」
「家族と家は?」
「……わかんない。」

「……友達や知り合いは?」
「………覚えてない。」
「てめぇっ、成仏する気あんのか!?」
あまりの無意味さに、手が出る。が、やっぱり立体映像のようにスルリと抜けてしまう。今気付いたが、
体を通り抜ける時、少しだけ抵抗感がある。
「うわわ、そ、それやめてぇ。なんか体がぞわぞわするー。」
面白いから体に手を突っ込んで見た。なにやら不快な感じらしい。これが他人に見られて
いようものなら、即、犯罪者扱いだ。
……こいつは幽霊でも女だったんだ。それを思い返すと恥ずかしくなってきた。
「は、晴也さんは、私の事知らないんですか?」
話題を変えようと、葵から質問をしてくる。
「いや、知らん……知っていたとしても、忘れたかもしれんな。」
「忘れたって……ここ数年の知り合いの顔を忘れるなんて酷い痴呆ですよ?」
「……記憶喪失なんだよ。」
「え?」
「去年一年分の記憶が丸々消えてんだ。覚えてるのは今年の元旦から。だから、去年お前に
会ったとしても覚えてないんだよ。」
「へぇー。あ、じゃあ私と同類……」
「俺は死んじゃいねぇ!!」
「ふああ!つ、突っ込まないでぇ。」

そんなふうに葵をいびりたおしていると……
「あ、やっべ、もうこんな時間……そろそろ行くか。」
「え?どこ行くの?」
「バイト。アルバイトだ。親から仕送りもらって無いからな。ほぼ毎日バイトて埋まってんだ。
いわゆる、フリーターってやつだがな。」
「あ、私も……」
「憑いてくんな。仕事の邪魔だ。……ここにいろ。」
最後の一言は不満だったが、仕方ない。あのまま成仏しきれず悪霊になられたら最悪だからな。
半泣きの葵を置いて、外へ出る。ちょうど桜が咲き終わる季節。寒くもなく、暑くもない、
暖かいと言える気候だ。これぐらいが一番いい。
バイト先のレストラン、『Fan』へは、スクーターで15分ほどにある。雰囲気も明るくて、
働くにも苦にならないところだ。ただ、ここの店長の趣味でやっているため、店はかなり狭く、客も少ない。
店員も俺と店長と、あと一人だけだ。
「ちぃーっす。」
いつもの挨拶を済まし、ロッカールームへ。店長は大抵厨房に籠っているため、滅多に顔を見ない。
……いいのか?それで。
そして、もう一人の店員が……
「やーん!晴也ぁ!」
勢いよく抱き付いてきた……
「セレナ……」
相沢セレナ……クォーターなため、外人のような名前らしい。そのため、日本人と比べると
ずば抜けて美人だ…そんなセレナは…………俺の恋人…らしい。
消えた記憶の時に、俺の方から告白した…らしい。実はそれも全く覚えてないのだった。


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