さよならを言えたなら 第10話
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「ちーっす。」
今日も今日とてバイト漬け。今日はセレナが休みなため、一人でやることになる。
まあ一人だろうが、客が少ないから楽なんだが。
あまりに暇なのに見兼ねたのか、店長が新作の試食をしてみないかと聞いてきた。
見た感じへんてつのないショートケーキみたいだが………
「おお。」
なかに甘酸っぱいソースが入っていた。クリームの甘さと中和するようで、とてもうまい。
「うん、おいしい。」
素直な感想をいっていると………
カラン
客が来た合図の、ドアの鐘が鳴る。慌てて口の周りを拭き、接客に向かう。
「いらっしゃいま……あ。」
「あ、あの、どうもです。そのぉ…また来ちゃいました。」
その客は、昨日表で百円が足りないと悩んでいた少女だった。昨日の今日でくるなんて。
そんなリピーターでもなかったきがしたが。
「それじゃ、御席へご案内します。」
適当なところへ座らせてメニューを渡す。
「…今日はちゃんとお金持ってきたか?」
「あ、あたりまえですよぅ。そこまでボケてませんって。」
なんだか天然に見えるのは俺だけか。

「あ、それより昨日のチョコケーキおいしかったですよ。噂になってるだけはあります。」
「へぇ、噂にまでなってるのか。……っと、ちょっと待っててくれ。」
そう言って厨房へ戻る。店長に話してさっきの試作品を食べさせていいかきいてみる。
二つ返事でOKだった。
「はい、お待たせ。」
「え?これは…」
注文もしてないようなのがでたためか、少しこまっているようだ。
「これ、ウチの店の試作品なんだよ。今度メニューに加えるらしいんだけどさ、
まあ、美味しいかどうか感想を聞きたいわけよ。」
「ほ、本当ですか!?あ、でも…」
「大丈夫、試食なんだから、タダ。」
それを聞いて、そっと胸を撫で下ろす。フォークを手に取り、ケーキに差し込む。
……人が食べてるのを見てるってのも趣味が悪いな。
「じゃあ、俺厨房に戻ってるから、またなんか用があったらよんでくれ。」
そう言い残して振り返ると……
「あ、ま、待って!」
背中に声を掛けられる。
「はい?」
「そのー…良かったら、一緒に食べませんか?私だけ食べるのも気が引けるし………」

「いや、俺いまさっき食ったばっかなんだ。大丈夫だ。味の方は保証するから。」
そう言ってまた厨房へと向かう。
「あぅ……そうじゃなくって……一緒にいてほしかったんだけどなぁ。」
まだ何かつぶやいていたが、良く聞き取れなかった。
結局あの試作品とは別にケーキを食べ、帰るようになった。
「どうだった?あれ。旨かったか?」
「はい、私ああいう酸っぱいの好きなんですぅ。だからちょうど好みの味でした。」
「そら良かった。まずいだなんて言われたら店長ショックで寝こんじまうかもな。」
まあ、この娘の性格なら不味くても旨いと言いそうだが。
会計が終わり、帰る頃になると……
「あの、秋沢…さん?」
「?」
いきなり名前を呼ばれて驚いた。確かまだ自己紹介もしてなかったはずだが……
ああ、ネームプレートを見たのか。
「なに?」
「えっと…えっと…わ、わた、わた……」
「綿?」
この娘は吃り症でもあるのか。
「私、葵っていいます!喜瀬葵です。」
「…はあ。」
それが彼女の名前なのか。
「そ、それじゃあ今日はありがとうございました!」
そう早口で言うと、カァーッと顔を赤くして、出ていってしまった。
喜瀬葵……面白いやつだ。


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