一掴みの優しさを君に 第5回
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『……おねぇさん……だれ?』
『ふふ……初めまして。僕。私は、遠藤佐奈って言うのよ……』
広い屋敷。隔離された様に生えている林。そこにいつも住んでいた、一人の女性。
『僕はね、笹原亮夜。はじめまして。』
『笹原……。お父さんたちは元気?』
『うん。昨日も騒ぎ合って喧嘩してた……仲悪いのかな?』
『あははは……相変わらず、ね。…違うのよ、坊や。彼らはあれでも仲が良いの。
決して破れることのない絆なんだから……』
『ふぅーん…』
『あ、そうね、紹介しておきたい人がいるのよ。』
…嗚呼、まただ。ここまでくると、視界が……白く……
『こ…娘……って…言う……よ。……ろしく…「……君……君。…夜君!亮夜君ってば!!」
「っ!……ん、ああ?」
「どうしたの?急にぼーっとしちゃって……話しかけても返事してくれないし。」
「いや…よくあるんだよ。……白昼夢ってやつかな?」
「それって、起きながら夢見るの?」
「うん、毎回同じ内容なんだけど……いつも肝心なところで覚めちまうんだな。だから見たあとはこう、
気持ち悪いってかなんというか。」

「だからって、ボーッとしてたら危ないよ?そのまま車道に飛び出したりしたら。」
幸いそれは今までにない。……まあ、あったらここには居ないが。
「んー…オッケー。」
夢の続きを思い出そうとするが、なかなかうまくいかない。気付けば夕焼け。こういうきれいな夕日を
見ると、あの夢を見る。夢の中でも夕日だからだ。
「いやー。今日は助かりましたよ、本当に。町の案内までしてもらっちゃって。」
「いやいや、礼はいらないさ。」
沙羅が夕焼けをバックにこっちを向く。この町は夕焼けがとても強く、明るいのが有名だ。
その明るさのせいで、沙羅の表情が逆光で見えない。
「……本当はね、亮夜君に案内してほしかったんだよ?だから、キミ以外の人からの案内は、
断ったんだ。」
「え?」
それは……どういう…
「それに、私達、はじめまして、じゃないんだよ?どっちかというと……久しぶり、なのかな?」
「前に……会ったことあったっけ?」
「うわーぁ、ひっどいなぁー。私なんて、名前と顔見ただけで、一発で思い出せたのですよ?」
そこまで早く思い出せる仲だったのか……沙羅…沙羅……

「ダァーメだぁ!思い出せん!いつ会ったっけ?」
情けないが、他力本願。こういうモヤモヤは早くなくしたいものだ。
「だめですよーだ。自力で思い出すまで、頑張って悩んで下さい!」
むう。この調子だと当分かかるような気がする。そのことについてさっそく思考をめぐらしていると………
「兄妹は……結婚できないんですよ?」
「は?」
なんの脈絡の無い、唐突な発言。それはいままでの雰囲気とは違い、いっきに場の空気が
凍て付くのがわかった。抑揚の無い発音。逆光でただ黒く見える顔……
「兄妹は結婚できない…故に、愛し合えない……復唱……」
そういいながらゆっくりと近付いてくる。その顔は無表情。なんの色も無い顔。
「き、兄妹は結婚できない……故に、愛し合えない………」
「よろしい!」
そう言うと、いつの間にか目の前にあった顔が、花のように明るくなった。
スッ
「え?」
その顔の近さにドギマギしていると、腕を首の後ろに回され、更に距離が近くなる。
「うん、それじぁ……」
反応できなかった。その突然の行動に。
「んっ…」
キスされた。

「え?…え!?」
「ふふ……これは、私を思い出してくれるようにっていうおまじない。それと……」
再度顔が近付く。でも今回はキスではなく、口を耳元へ持ってきて……
「私以外の女の子を見ませんようにって言うノ、ロ、イ。」
ゾクリとした。別にMとかじゃなく。その冗談混じりの一言が、背筋を撫でるような
寒気を引き起こした。冗談ではなく、本気なんじゃないかと思う程に。
「あはは……破ったら、どうなるかなぁ…呪いって言うぐらいだからぁ…シンジャウカモネ?」
その笑顔はさっきまでとは違う、目に色の無い笑い方だった。
「それじゃあまた明日!じゃねー。」
そんな呆然とした俺を置いていき、振り返って走り去ってしまった。
しばらくほおけるように立ち竦んでしまう。
唇を指でなぞると薄く口紅がついた。嬉しいのやら恐ろしいのやら。その二つの感情が入り交じる。
「はははは……はは…は。」
そんな俺のファーストキスだった。
「お兄ちゃん?…ここで何してるの?」
「え?」
振り返って見ると、美夜が立っていた。
「……え?あ、と。み、みた?」
動揺すんな!俺。
「…なにを?」
良かった。気付いて無い。
「あ、ははは。いや、何でもないさ。さ、かえろ。」
美夜を催促する。
『兄妹では結婚できない。』
…まさか。俺は鬼畜じゃない………


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