甘獄と青 第2回
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 歩き疲れたと言うリサちゃんを肩車しながら歩く。それは疲れるだろう、僕の身長は
 約2mなのに対してリサちゃんは約1mしかない。第二惑星と第四惑星の人間ではそれなりに身長差が
 あるのに、僕らは男と女、年齢的にも大人と子供と同じようなものなので恐ろしい程に
 差が開いている。ゆっくり歩いたとはいえ、歩幅の違いや過剰なスキンシップは疲れるだろう。
「どこに行くの?」
 リサちゃんが頭を軽く叩きながら訊いてくる。
「どうしようか?」
 今日は何か予定がある訳でもないし、夕刻までに帰ることの出来る範囲ではイベントもない。
 ただ追い出されるようにして部屋を出てきた訳だから、目的もありゃしない。ただ時間を潰すのは
 僕の専売特許だけれども、リサちゃんは暇で仕方がないだろうと思うので自主的に却下。
「どこに行くか、まず考えようか」
「うん、じゃあいつものとこ」
 リクエストがあったので、取り敢えずいつもの喫茶店に向かう。あの喫茶店は僕らが心からくつろげる
 数少ない場所の一つで、普段から肩身の狭い思いをしている人からすれば非常にありがたい。
 たわいのないお喋りをしながら歩いていると、目的の喫茶店『極楽日記』が見えてきた。
 いつもながらほぼ満席で、不況知らずらしい。僕はむずがるリサちゃんを降ろすと、
 手を繋いで中へと入る。本当は肩車をしたままが良いらしいけれど、かなり中腰にならなければ
 いけないので僕から出した妥協案だ。他の第二惑星の囚人も来るので、店の入口は結構高い。
 それでも中腰にならなければ入れない程度の高さなので、良い年をした男が
 腰を曲げて入ることになる。手を繋いで入るのも大して変わらないような気もするけれど、
 それは個人の価値観だ。

「お邪魔するぜい」
 勢い良くドアを開くと、先日一緒に見た西部劇のように入る。リサちゃんはこれが大層
 気に入ったらしく、最近はどこでもやっている。少し失礼だと注意しなければいけないと
 思うけれども、可愛らしく微笑ましいこれを見る度にどうにもならなくなる。それに、
 この程度の自由を奪ってつまらない監獄生活を送らせるのはかわいそうだと思う気持ちも。
 ある意味自分勝手な考えをしていたから反応が遅れたが、店の雰囲気がどこかおかしいことに
 気が付いた。いつもは皆のアイドルであるリサちゃんが来ると返事が返ってくるのだが、
 それがない。それどころか喧騒すらも静まりかえり、客が多いのにBGMしか聞こえないという
 不思議なことになっていた。この光景に、リサちゃんと見た西部劇の一場面を思い出す。
 まさか、皆もそれを見ていて真似をした、ということはないだろう。
 僕がマスターを見ると、何故か強張った表情をしていた。
 どこかがおかしい。
 この店が落ち着ける一番の理由は、色眼鏡の無いことだ。それは人間なんだから、
 誰でも恐怖心は持っているし否定もしない。だけれども、そうされると居心地が悪くなるし、
 だからこそリサちゃんをよくここに連れてくるのだ。SSランクでも気軽に話を出来る場所だからこそ
 来るのに、これはどうしたことだろう。
 リサちゃんも不思議らしく、首を傾げている。

「ようようよう、残りの悪党のご到着だ」
「こら、黙れティニー。すまんね、青君、リサちゃん」
 この店の名前の由来でもある極楽鳥型ペットロボットを叱ると、マスターは苦笑いを向けてきた。
 けれども気にはならないし、寧ろ静寂を破り、その理由も教えてくれた程なので感謝をしたいくらいだ。
 僕はマスターとティニーに笑顔を向けると、
「気にしないで下さい。それよりも、誰か来てるんですか?」
「言わずと知れた大悪党だよ、たまげたぜ」
「大悪党?」
 心辺りがない僕は店内を見回してみた。知り合いといえば常連の皆だけで、他に居るのは
 面識のない人ばかり。もしかしたら改築のためにSSランクの棟に住んでいたDランクの人が
 遊びに来たのかと思ったのだけれども、どうやら戻ってきてはいないらしい。
 不意に、奥の席に座っている美人が手を振ってきた。タートルネックのセーターを着ているので
 ランクは分からないけれど、知り合いではないことは分かる。こんな美女ならば一度会えば
 忘れないと思うけれども、どうにも記憶にない。
 黙って彼女を指差してマスターを見ると、軽く頷き返してきた。
「おにーさん、早く座ろうよぅ」
「ごめんね、じゃああっちに」
 僕の手を掴んで揺らすリサちゃんの頭を軽く撫でながら、彼女の元へと歩く。
 僕を指名してきたということは、それなりに僕を知っているということだろうけれども、
 だからこそ納得がいかない。SSランクの囚人と自分から関わろうとする物好きな人間は、
 それ程多くはない。

「こんにちは、お兄さん。何て呼べば良いかしら?」
 名前を知らないということは、物珍しさで寄ってきた人か。それとも、虎の意でも
 借りに来たのだろうか。どちらにせよ嬉しいことじゃないし、少し警戒をする。僕は普段は
 首が隠れるような服を着ないので誰が見てもランクが分かるが、今日はそれを少し後悔した。
 僕は不機嫌な表情を作ると、
「名前は無いよ。ここに入る前から、皆に好きに呼ばせてる。おすすめは、青かブルー」
「あぁ、瞳の色ね。とても綺麗」
「それよりも、まず自分から名乗ったらどう?」
 彼女は笑みを浮かべると、
「これを見たら分かるかしら?」
 セーターの襟を掴んで、下にずらす。そこに見えるのは、黒い色をした首輪。色は僕と同じだが
 数は僕より一つ多い。それが示すのはSSよりも一つ上、世界に唯一人の超大罪人。
 架空の人物だと思っていた。
「サラ・D・G・ハートスミス」
 僕の答えに、サラは笑い声で応えた。
「ねぇ、ブルー。もう一人のSSは? いつも一緒だと聞いているけれど」
「はーい」
 リサちゃんは軽く襟を下げると、二つの黒い首輪を見せる。なるべく人に見せないように
 首が隠れるような服を買ってあげたのに、あまり意味は無かったらしい。人にばれずに
 どこにでも行けるようにしたかったから少し残念だ。
 そんなリサちゃんを見て、サラは目を丸くした。それはそうだろう、誰もこんな子供が
 SSランクとは思わない。

「こんな子供がねぇ、驚き」
「で、何の用?」
 突き放すように言う。出来れば、これ以上サラとリサちゃんを関わらせていたくなかった。
 それどころか、僕自信の身さえ守れるかも怪しい。
 サラは再び笑顔を浮かべると、
「別に、顔を見たくなっただけよ。この都市のツートップさんの」
 この言葉を聞いて、やっと店の雰囲気が変な理由を理解した。分からなかった僕は相当な馬鹿だ。
 そりゃあ大罪人、しかもトップ3が集まれば何かおかしなことを考えそうだと思うだろう。
「それにしても、随分と愛されてるのねぇ。えっと、お嬢ちゃん?」
「リサだよ」
「リサちゃんもだけど、特にブルー。あなたが。あなたのことを訊いたときに皆に凄い目で
 睨まれたわよ、鳥さんにも随分酷いことを言われたし」
 自覚はあまり無かったけれど、そう思われているのは素直に嬉しかった。何より嬉しいのは、
 リサちゃんも愛されているという事実。特に健闘してくれたらしいティニーには、
 後で高級回路を買ってきてあげても良いかもしれない。
「本当に、羨ましい」
 僕の思考を切ったのは、その一言。
「わたしだって皆の為に頑張ったのに、ね」
 サラはそう呟くと、僕の目を見て唇を歪めた。


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