甘獄と青 第1回
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「おはようございます、青様」
 最近の朝の日課であるストレッチをしていると、ナナミが入ってきた。基本的に無表情なナナミは、
 しかし眉を寄せる。理詰めで動く彼女は無駄が嫌いで、僕のこの行動が非常に気に入らないらしい。
「おはよう」
「いつまで続けるつもりですか?」
「飽きるまでかな?」
「二年間も続けて、まだ飽きないのですか?」
 もうそんなになるのか、長い間生きていると時間の感覚が希薄になってくる。
 最近始めたばかりだと思っていたけれど、思いの外長く続けていたらしい。
 これは昔にハマったジグソーパズル以来じゃないだろうか。
「そんなになるんだねぇ」
 思わず感嘆の声が漏れた。
「二年前の誕生日に開始したので、間違いありません。それと、今日は873歳の誕生日です。
 おめでとうございます」
 時間が経つのは早い、僕がここに入ったのは18のときだからかれこれ855年も経つことになる。
 変化の確率を抜かれたから時間なんて関係無いけれど、それでも毎年感慨深く思ってしまうのが
 人情というものだろう。
「今日は誕生日の宴会をするので準備中は、主役は外に出かけて下さい」
「手伝うよ?」

「手伝うよ?」
「オブラートを取って話しますと、邪魔です」
 このやろ…。
 メイドロボのくせに、こちらを敬う気が欠片も見られない。だからこそ屋敷を出るときに
 こいつを選んだけれど、たまに後悔をする。
「早く行きなさい」
 しまいには命令系かよ、泣きたくなるけど我慢する。男、それもいい年をした人間が泣いては
 いけないのが昔からのお約束。
 そう考えてから、不真面目な思考をする自分が嫌になった。
 何で、よりにもよってこんな未熟な時に確率を抜かれてしまったんだろう、せめてもう少しまともなら
 良かったのに。監獄に入った理由も自分の青さが原因で、過去の自分に呪いの言葉を投げ付けたくなる。
 そう、ここは監獄であり僕は只の大罪人。
 刑罰は『変化確率』を抜いての無期懲役。だから年も変わらないし、精神が変化することもない。
 だからこそ、辛い。SSランクの罪人としては文句も言えないけれど、
「きついんだよなぁ」
「うだうだ喋ってないで、早く行きなさい」
 僕はメイドである筈のナナミに急かされて、渋々部屋を出た。
「おにーさん、おはよ」
 軽い衝撃。
 抱きついてくるのはお隣さんのリサちゃん、こちらもSSランクの大罪人。
 罪は3000人の大虐殺らしいけれど、本当のところは分からない。彼女はまだ十歳の少女で、
 初めて会ったときにはまず自分の正気を疑ったものだ。
 それに、
「お誕生日おめでとう、あたしも準備を手伝うね」
 とても良い娘なのだ。

 この罪人都市ではそんな人が多い。罪を犯したけれども、悪人ではない人の方が圧倒的に多いのだ。
 だから、都市の名前も悪人ではなく罪人なんだろう。
「リサ様、おはようございます」
 僕がリサの頭を撫でていると、ナナミが出てきた。
「あ、ナナミちゃんおはよ。あのね、あたしも…」
「邪魔です」
 最近入ってきたばかりな上、まだ十歳のリサには少し辛かったらしい。それはそうだろう、
 心が17歳の僕でさえ最初は何度も分解をしようと思ったくらいだ。物心はついているとはいえ、
 精神が未熟な幼女には大分堪えるだろう。
 そしてもう一つ。
 思うのはリサちゃんの辛さだ。こんなに弱いのに、弱いままで僕と同じ刑を受けているという
 現実に心が痛くなる。いつまでも強くなれないままで過ごさなければいけないのは、酷く残酷なこと。
 せめてもの救いは、それすらも分からないということだけだ。
 守らなければ。
 そう思わせる無邪気さが、リサちゃんにある。

「おにーさんとデートしようか」
「うん、する」
 泣き顔を笑みに変えると、小さな手で僕の指を握ってくる。
「行ってらっしゃいませ」
 自分から追い出したくせに、とは言わない。
 綺麗な声に二人で手を振りながら、リサちゃんと街に出た。


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