教授と助手とロリコンの微笑み 第2部 第8話
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ここはトーキョー、アキハバラ。
マンガ、アニメ、ゲーム、家電などなどオタク産業が花開く街である。
そんなオタクの、オタクによる、オタクのための街、アキハバラにおいて
今ちょっとしたブームなのが「メイド喫茶」だ。

「お帰りなさいませ御主人様」
「行ってらっしゃいませ御主人様」

などと、かわいい女の子と擬似主従関係を体験できるとあって、アキハバラのみならず
全国的に現在店舗も増えている。
もちろん店舗内においてもウェイトレスの人気取りは激しく、この熾烈な戦いに勝利した者だけが
ナンバーワンの座に座ることが出来るのだ。
そしてそれはアキハバラの一角にある新装開店したばかりのこの「メイド喫茶」にも当てはまった。

「さて皆さん。ついにこの「冥土の土産」も無事オープンしましたが、
今この業界は過当競争の真っ只中です。一人一人の努力で勝ち抜きましょう!!」

「「はい!!」」

店のオーナーの激励に従業員は気合をいれた。唯1人を除いて……

「お帰りなさいませ御主人様。空いてる席へどうぞ。」
「雌犬と御主人様コースですね。首輪と鎖をお持ち致しますので、少々お待ち下さい。」

夏休みもあと僅かということで、この店に限らずアキハバラ全体が人で溢れていた。
そしてこの「冥土の土産」でアルバイトをしている、ある1人の女性がいた。

「注文したいんですけれど」
そう呼ばれてめんどくさそうにテーブルまで近づいた。
「えーと、このミックスピザ1つ」
本来ウェイトレスは接客業なので、スマイルを絶やさず、お客に対して失礼のないようにするのが
基本なはずなのに、それを完全無視して

「ピザ〜?あんたそんなに太っているのにそんなもの食べたらさらに太るよ。
ウーロン茶でも飲んでさっさと帰りな。」

その瞬間言われたお客はのみならず、店全体が凍りついた。
それを察したのか厨房からオーナーが真っ青な顔をしながら飛んできた。

「お客さま申し訳御座いませんでした。なにぶんまだ新人なもので口の聞き方も知らないで……」

しかし言われた相手はキョトンとしていたが、なぜか笑顔になって
「いやいや、中々良いサービスですね〜。逆にオーナーは邪魔しないで!!」
オーナーは訳が分からなかったが、とりあえずお客が怒っていないようなのでひとまず安心した。
言われたお客はウェイトレスの名札を見て
「えーと、五十嵐さん?いい「ツンデレ」だね。ちょっと感動しちゃったよ。
じゃあウーロン茶で。」
「最初からそうすればいいのよ。ウーロン茶ね。」

お客から注文を取って厨房へ戻るとオーナーが
「晴香ちゃんまずいよ。お客さんに対してあの態度は……」
顔を真っ青にして晴香に注意したが、当の晴香は
「何言ってんですか!あんなデブにピザなんか食わしたら大変ですよ!」
まるで悪いのはお客と言わんばかりに言うのでさすがのオーナーもちょっときつく叱らなきゃと
思ったその時
「お、オーナー大変です!!」
1人のウェイトレスが血相を変えて厨房へ入ってきた。
「ん?ちょっと後にしてもらえる?」
「それどころじゃないですよ!お客さん全員が「自分もツンデレコースを」
って言ってるんですよ!!」
「な?!」

―――数日後―――

「すいません、「ツンデレコース」で。」
「ふんっ!!わかったわよ!!」

「べ、べつにあんたのためにコーヒー持ってきたんじゃないんだから!」

「もう帰っちゃうの?ちょっとだけ寂しいからまた来てもいいわよ。」

噂が評判を呼び、「冥土の土産」はアキハバラでも有名な「ツンデレ喫茶」として
連日大行列が出来ていた。しかし肝心の張本人の晴香は……

「晴香ちゃん、ちょっと。」
オーナーは厨房で軽食を作っていた晴香を事務所まで呼んだ

「何です?」
「晴香ちゃん、お願い!ウェイトレスをやって下さい!!」
実はお店に来るお客の殆どは評判の晴香目当てで、いないと分かると
注文すらしないで帰る客がけっこういるのだ。

「いやです!何であんなデブやオタクの相手をしなきゃならないんですか!」
「お願い!他のウェイトレスでは「ツンデレ」がよく分かっていないらしくて、
お客さんが怒らせちゃうケースもあって、ほとほと困ってるんだよ。
助けると思って、ね。」
「い・や!じゃあ無理にツンデレなんかしなければいいんですよ。大体私は料理の修業の為に
このアルバイトを選んだんですから。あんなオタクのデブなんか相手にしたくはないです。」

そうよそうよ。なんで私があんな奴らの相手なんかするのよ。
場所柄しょうがないとはいえ客がオタクか物珍しさかのどちらかで、なんか気持ち悪いし……。
大体御主人様なんて呼ばれて嬉しいのかしら。全然分からないわ。
そんなに奉仕の精神なんて無いし……
あ、でも樹さんだったら奉仕の精神はあるわね。ああ……樹さんに御奉仕したいわ。
そうだ!今度このプレイしてみようかしら。
「この薄汚い雌豚めを調教して下さい。」って……
うん、ちょっと良いかも……。今度樹さんに言ってみよっと。

お昼も過ぎ、客足が鈍くなった頃交代の時間になった
「晴香ちゃん、ここはもういいから店前に出て呼び込みして。」

えー!こんな暑い日に外出て呼び込み?冗談じゃない!……と
言いたいけれどさっき我侭言い過ぎたからここは仕方ないか。

「わかりました。」

「いらっしゃいませー、今評判のメイド喫茶「冥土の土産」でーす!」

はあはあ……あちぃ……なによ、少しはチラシ受け取りなさいよ。
こんなに暑いんだから……それにしても……今日は歩行者天国だからなのか道路のど真ん中で
コスプレの写真撮影なんかやってるわね。バッカじゃないの?
通行者の邪魔なんだからどっかいきなさいよ!

「あの〜、すいません。写真一枚良いですか?」

ああん?写真だあ?ふざけんじゃないわよ!!あんた何考えて
んの!このクソ暑い日に写真だなんて。でもまだ理性は残っているわ。
キレる前にさっさと追い返さないと

晴香はカメラ小僧の胸倉を取って、耳元で優しく言った

「カメラ壊されたくなかったらさっさと消えろ。」

笑顔で言ったつもりだったが、逆に怖がらせたのか、
カメラ小僧は泣きながら走っていった。
はあ……もうイヤ!…………ん?蜃気楼の向こうに樹さんが見えるわ…
んなわけないか。
でも幻でも見えるなんてラッキー。……あ、こっちに近づいてくるわ。

「やっぱり晴香ちゃんじゃない!こんな所で何してんの?しかもその格好は……」

え?え?幻が喋った!……いや、どうも本物のようね。嬉しいーーーー!!
今日は酷いことばっかりだったけど、こんな所で会えるなんて……愛ね。

「樹さん!私今近くの喫茶店でアルバイトしてるんです!ちょっと冷たい物でも飲みませんか?」

きゃ♪言っちゃった。でもこれってちょっとしたデートよね。これぐらいの役得はなくちゃ。
「あ、いいね。でも今やよ……夕子ちゃんと待ち合わせしてるから
ここにいなちょちょっと何で引っ張るの?」

何よ何よ!!またあのチビが邪魔するの?そうはさせないわ!お店に入ればこっちのものよ!!
「お帰りなさいませ……って晴香ちゃんじゃん。どうしたの?その人?」
「うん!お客さん。私が席まで案内するね。」
メニュー片手に樹を窓際の席まで案内し、座ってもらったが、その間中周りから
ヒソヒソ話が聞こえてきた。

(おい、あの子はもしかして……)
(ああ、間違いない。ツンデレの晴香だ)
(本物は初めて見たけど、あの笑顔……ツンじゃなくてデレのほうか?)
(噂じゃデレを見た者はいないと言われていたが……あの男何者?)

そんな会話が飛び交っているとも知らず、樹はお店の雰囲気に少々驚いていたら、晴香が
ちょっと大きい器にジュースを入れた飲み物を持ってきた。

「御主人様、お待たせ致しました。晴香特製ラブラブジュースです。」
「ラブラブジュース?御主人様??」
「はい。こちらは持ってきたウェイトレスさんと一緒にジュースを飲むことが出来ます。
……というわけで樹さん、一緒に飲みましょ♪。」

晴香はストローを二本入れて飲み始め、樹も一緒に飲んだ。
周りの羨望の眼差しを受けながら飲むのは、樹はちょっと恥ずかしかったが晴香はご満悦だった。

うーん、幸せ。まさか樹さんとこうしてジュースを飲み合えるとは思わなかったわ。
ちょっとだけこのバイトしてて良かったわ。それにしても樹さん、
さっきから周りばかり気にしてるわね。周りのオタクどもなんか気にしなくてもいいのよ。
正面にいる貴方の忠実なメイドの五十嵐晴香だけ見て下さい。身も心も捧げているのですから……

しかしそんな至福の時間は長くは続かなかった。
「ん?着信だ。ちょっとごめん。」
樹はポケットに入っていた携帯を開き、着信の相手をみた瞬間顔色が変わった。

「しまった……忘れてた。」

おそるおそる通話ボタンを押し、耳に当てた。
「はい、もしもし……えーと、近くの喫茶店で……たまたま晴香ちゃんに会って
それで誘われて……え、場所ですか?」
む?まさかあのチビじゃ?また私の邪魔をするのね。そうはさせないわ。
この至福の時間は邪魔させないわ!!
晴香はわざと聞こえるように大声で
「あー、樹さんと二人で飲むジュースは美味しいですねーー!!」

樹は驚いて
「晴香ちゃん!何を言って……え?い、いやただジュースを飲み合いしているだけ……
いやそれだけですよ……」
ふふっ、チビめ、慌ててるわね。トドメをさすわ。
「あ、樹さん、あとお持ち帰りもできますから今日はわ・た・し・をお持ち帰りして
食べて下さいね。」
もう樹の顔は真っ青を通り越して血の気が引いていた。
「……え、あ、場所ですか?えーと」
その瞬間晴香は、樹の手にあった携帯をひったくった。
「あ、駄目ですよ。ここ携帯禁止なので電源切りますね。」
電源を切る直前、なんだかギャーギャー聞こえてきたが、無視して切った。
「ふう……まったく五月蝿いですね、あいつ。さ、邪魔者はいないですしゆっくり楽しみましょ。」

―――数十分前―――

はあ、はあ、いないわ……暑い……樹どこいったのよ!確かにこのパチスロ屋の前で
待ち合わせなはずよね。一体何処に……
大体さっきから私に声を掛けてくる奴らが多すぎるわ!しかもなんか気持ち悪いし……。
まあ声掛けてきた挙動不審者は鉄拳制裁したからいいけど。
携帯も中々繋がらないわね……あ、やっと繋がった。

「あ、樹!一体どこにいるのよ!……喫茶店?なんでそんなとこにいるのよ!!
私を待たせて……何?晴香がここにいるの?あいつ何処にでも現れるわね。いいわ。
今どこにいるの?直ぐ其処に行くわ」

何でここにもあいつが現れるのよ!!せっかく二人だけで買い物に来たのに……
しかも喫茶店に連れ込んで……樹を守らなきゃ

「……ん?今晴香の声が聞こえたわね。目の前にいるの?しかも二人で飲むジュース?
ちょっと!!何やってんのよ!!……嘘!!あいつのことだからエッチなことでも
してるんでしょ!!……いいからさっさと場所を教えなさい!!!」

ああ、この暑さでイライラするわ。それもこれも全部晴香が悪いんだから!!

「……は?お持ち帰り?晴香を?ふざけんじゃないわよ!!しかもそんなもの食べたら
食中毒かO−157にでも感染しちゃうわよ!!愚図愚図言ってないで
さっさと場所を言いなさい!!……あ、晴香!!電源?あ、ちょっと!!もしもし、もしもし、
………切りやがった。」

晴香…………許さない………ここまで私をコケにして……樹を拉致監禁までして…
わかったわ。晴香の顔……ピカソにしてやるわ!!
とはいえ……どこに捕らわれているかわからないと……喫茶店っていってたけどそれだけじゃ……
弥生が思案にくれていた時、ふと見たら道路に一枚のチラシが落ちていた。
何気なくそれを拾ってみたら

「新装開店!!喫茶「冥土の土産」!!」

(もしかして………)

「はい、樹さん。あーーん。」
「ちょ、ちょっと晴香ちゃん、恥ずかしいよ」
晴香はジュースの中に入っていたアイスをスプーンで取り出し、樹に食べさせようとしていた。
「いいじゃないですか、これぐらい。はい、あーん、あーん。」

周りのお客は羨ましそうに樹を睨んでいたが、当の樹は生きた心地がしなかった。

(弥生さんに会ったらなんて言うんだよ……)

そんなことはお構いなしに晴香は楽しそうに、スプーンにアイスを乗せて、
樹の口へ運んでいた。

「あん、もう樹さんったら食いしんぼうさんなんだから。あ、もう最後の一口ね。
はい、あーん。」

晴香がスプーンにアイスを乗せて樹の口へ運ぼうとしたその時、乱入者が現れた!
樹の前に出て、テーブルに身を乗り出して差し出されたアイスを食べてしまった。

「な?誰よ!邪魔するのは!!……やっぱりあんたね!チビ!!」

チビこと弥生は銜えていたスプーンを吐き捨てて、晴香を睨みながら

「まさかこんなとこでバイトしていたなんて、迂闊だったわ。」
二人が睨み合っていたら、晴香が
「そういえば、よくここにいるって分かったわね。」
すると弥生はポケットから一枚のチラシを出してきた。
「待ち合わせの場所に落ちていたから、もしかしたらってね。」

くっ、まさかチラシで嗅ぎ当てるなんて……目聡い奴ね。あんなもの配らなきゃよかった。
さてどうしよう……何とかこのチビを樹さんから引き離さなきゃ。

「さて、晴香の奢りでジュースも飲んだし、そろそろ帰りましょ。」

弥生は立ち上がり出口へ歩きだし、樹もそれに従った。
「ちょっとまった!チビはともかく樹さんは帰さないわ!」
「何馬鹿なことを言ってんの?お客さんが帰ろうっていってんのに何引き止めてんのよ。」

弥生の勝ち誇った顔や樹の不安そうな顔や他のお客の固唾を飲む顔などが、
晴香の頭の中でグルグル回りだした。

うう……どうしようどうしよう。引きとめはしたけどこの後どうしよう?
何も考えてないわ。かといって実力であのチビを排除しようとしたら、
店から「ちょっと」だけ五月蝿く言われそうだし……。何とかこの二人を引き離さないと……。
そうだ!!この手で行こう!ちょっと強引だけどこれしかないわ。
愛する樹さんのために私頑張るから!!

「ちょっと!!さっきから何黙ってんのよ!」

痺れを切らしたのか弥生が晴香に近づいたその時

「店長!私ちょっと用事が出来たので、帰らせていただきます!!」
「あ、ああ」

その店長の返事を聞いた瞬間、晴香は弥生を突き飛ばして樹の手を握って店から出た。

「走りますよ!!!!」
「ちょ、ちょっと晴香ちゃん、うわああああ!!」

全力疾走で店を出、人を掻き分け、ひたすら走った。
後ろから弥生の叫び声が聞こえてきたが、構わず走り続けた。
「愛の逃避行ね!!」



「はあ……はあ……。ここまでくれば……もう大丈夫ですね。」

樹の手を握りながら走っていたら、段々と楽しくなり、
晴香は方向も分からず、ただやみくもに走り見知らぬ公園に着いた。

ベンチに座り、息を整えて改めて今の状況を考えようとしたら
「生きて明日を迎えること出来るかな……。」
そんな樹の遺言を聞いた晴香は
「何言ってるんですか!!樹さんは別に悪いことはしてないじゃないですか!!
あんなくそチビなんかほっとけばいいんですよ!」

うんそうよ!あいつなんかほっといて二人だけで楽しんじゃえばいいんです!
ここ最近ゆっくりと遊んだり話したりすることもあいつのせいでままらなかったし……。

「それでは御主人様、どこまでもお供致します。まずカラオケなんてどうですか?」
樹に向かって微笑みながら手を差し出しす晴香を見て樹は
「よーし、もうこうなったらとことん遊んでやる!!」




今樹は人生の中で一番後悔していた。
時計を見ると日の出まであと数時間だった。
しかも携帯の電源を喫茶店で切られてからそのままだった。
電話の着信があったかどうかは分からないが、その代わりメールが……

「未開封 53件」

本文を開ける勇気は無いが、タイトルで大体わかった。

件名「今どこ?」
件名「電話が繋がらない」
件名「夕飯出来たよ」
件名「晴香のせいで…」
件名「殺してやる!!」
件名「淋しいよ……」
件名「死んでやる!!」

最後の方になるほど過激になっていたが、たまらず携帯を閉じた。
そしてゆっくりと部屋の前まで来た。
何やらただならぬ気配を感じつつ樹は意を決した

(何をびびってるんだ俺は?別に悪いことはしてないじゃないか!……たぶん)

ドアノブに手を掛けてゆっくりと回した。
(開いてる)
「ただーいまぁ……。」
静かに入って周りを見て愕然とした。
物が壊れて散らかり、荒れ果てていた。
「これは一体…。」
その時、暗闇から何かが飛んできた。
樹の頬を掠め、後ろのドアに突き刺さった。
ゆっくりと振り返ってみると……
(包丁!!)
包丁が飛んできた先へ近づいて見ると、樹は見てしまった。暗闇の中にただずむ

   鬼を

「うわああああーーーーーー!!!」

 

「ねえ奥さん聞きました?201号室の佐藤さん、昨夜痴話ゲンカですって!
かなり激しくやったらしくて窓ガラスは割れて、女の怒鳴り声と男の叫び声が聞こえたけど、
大丈夫ですかね?………


次回第八話「とある日常A」


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