教授と助手とロリコンの微笑み 第2部 第3話
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教授が弥生に消されたデータのバックアップCD―Rをノートパソコンにインストールしていた頃、
まだバトルは続いていた。

(何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ何でよ!!!!!!!!!
何であのチビが同棲してんのよー!)
今晴香は暗闇の中で叫んでいた。
(はあはあ…くそ、砂浜も海も青空もなにもかも見えないわ。
今私はここに本当に存在しているの?私の存在が証明できないわ…。)
するとそれに答えるように、晴香の前に樹が現れた。
(ああ、樹さん…あなたがいれば私は存在できるわ…あの時高校生の私は
先輩の樹さんに告白して、ずーっと付き合ってきたけど私の気持ちはまったく変わっていません…
好きです!大好きです!!愛しています!!!)
すると今度は樹の隣に寄り添うようにチビ弥生が表れた。その表情はとても幸せそうだ。
(な!?なにくっついてんのよ!離れなさいよ!……!そうか!そうだったわ!
すっかり忘れてたわ…私と樹さんの絆…)
晴香は自分の手を見た。すると小指に闇に向かって伸びる赤い鎖が巻かれていた。
(これが繋がっている限り、私と樹さんは結ばれる運命なんだわ。少し目を離したスキに
泥棒猫が侵入したとしてもこの絆は切れないわ……。)
樹と弥生の幻は消え、また暗闇の世界が広がった。
「私は五十嵐晴香!樹さんの最愛の人!泥棒猫なんかに負けないわ!」
晴香はこの自分の心の暗闇の中で叫んだ!
すると光が溢れ、暗闇を消していった。

「晴香ちゃん!晴香ちゃん!どうしちゃったの?」
晴香は先程の弥生との言い合いで同棲という言葉を聞いた途端、ふらふらと腰を落として
体育座りのままブツブツと呟いていた。
「一体どうしたの?なんか空気も重いよ!」
樹が声を掛けてもまったく反応が無かった。
そんな二人のやり取りを弥生は冷ややかな目で見ていた。
(ふふん、いい気味だわ。まさか同棲にここまで反応するなんて。)

呼べど叫べど返事が無いので困り果てた樹は
「どうしよう…」
と途方にくれていたら弥生が樹の手を握ってきて
「樹、オーナーが呼んでるぞ。たぶん店仕舞いの手伝いだろう。そんな奴ほっといて行くぞ。」
見ると店の前でオーナーが手を振っていた。周りもすっかり人が減り、
夕日に浜辺は赤色に染まっていた。
「ほら、早く!」
弥生に引っ張られるまま樹も店に行こうとした時
「ちょっと待ちなさい!!そこのチビ!!!」
振り向くと晴香が立ち上がった。
太陽を背にしているため表情は窺い知ることはできなかった。
「散々舐めた真似してくれたわね!」
「…………………」
弥生は何て言おうか考えて、樹の方を向いて
「樹、先に行っててくれ。こいつとサシで話をしたい。なに、すぐに終わるから待っててくれ。」
樹は何か言いたそうだったが、見えない気迫に押されて何も言えずに店に向かった。
(まるで噴火寸前の火山だ……)

対峙する二人、交差する視線、固く握られた拳、爆発しそうな
感情を押さえて晴香と弥生は睨み合っていた。

口火を切ったのは晴香だ
「まず始めに言うわ!樹さんのことを呼び捨てにしないで!いくら従妹でも
年上に対して失礼でしょう!」

弥生は少しビックリしたが、すぐに理解した。
(そういえばこいつ、私の正体知らないんだった…)
それを聞いた弥生は鼻で笑った
「失礼も何も樹が良いよって言ったんだからあんたにあれこれ言われる筋合いはないわよ。
…それとも羨ましい?」
「なっ!」
たぶん図星だったんだろう、晴香の肩は小刻みに震えていた。
「別に羨ましくなんかないわよ!そ、そんなことよりあと樹さんのアルバイトの邪魔をしないで!
ガキは一人で遊んでなさい!」
「………ふっ、」
「?」
「あはははははははははははははははははは……ああ可笑しいわ、
あなたあまり笑わせないでよ。」
「なに笑ってんのよ!!なにがそんなに可笑しいの!」
腹を抱えて笑っていた弥生だが、笑いが止まった弥生はその切れ長の目で晴香を睨んだ。
その目は明らかに晴香を馬鹿にしていた。
「あなたなんにも知らないようだから教えてあげるけど、私も樹と一緒に
同じアルバイトをしているのよ。もちろん泊る場所も同じよ。」
「な、なんですって!!!」
今晴香は顔面蒼白になっている。あまりの悔しさに歯軋りがギリギリと鳴り、
拳からは爪が食い込んで血が垂れてきた。
(まさかここまで泥棒猫に好き放題されるなんて!油断したわ。)
ぐうの音も出ないのか、晴香は黙ってしまったが、弥生は勝ち誇った顔をして
「話はもう終わり?じゃあ樹が待っているから行くわ。じゃ〜ね〜♪。」
弥生はゆっくりとお店の方へ歩いていった。
「待ちなさい!」
晴香は弥生を呼び止めたが、弥生は振り向きもせず無視して歩みを止めなかった。
「なんで…なんで同棲してんのよ!」
それを聞いた弥生は歩みを止め、顔を少し横にして言った。
「…だれだって好きな人がいれば一緒に暮らしたいって思うでしょ?ま、そういうこと。」



「晴香ちゃん……。」
夕暮れの浜辺にただずむ影が二つ。
口をキッと結んだ晴香と心配そうに見つめる麻奈美だった。

「悔しい……。」
晴香は肩を震わせながら呟いた。しかしその目は既に燃えていた。
「だけどまだよ!やられたら三倍で返してやるわ!」
「わ〜さすが晴香ちゃん、不屈の闘志だね。」
「とりあえずキャンピングカーに戻るわよ!これからの作戦を考えるわ!」
「お〜!」

「ふー、疲れたわ…。」
「お疲れ〜。」
二人はキャンピングカーに戻ってシャワーを浴び、ラフな格好に着替えてソファーに腰掛けた。
もちろん悔しさいっぱいの晴香はイライラしていた。
「とにかく、このままやられっぱなしじゃないわよ!手始めに…そうね、
樹さんに夜這いしようかしら。」
晴香はよほどいい案と思ったのかニコニコしていた。
それを見ていた麻奈美は驚いた顔をしていた。
「え?今から?疲れているから明日にしたら〜?」

反対する麻奈美に晴香は睨み付けた。
「馬鹿言わないで!もしかしたらあのチビ、一緒にいるのをいいことに
樹さんにちょっかい掛けるかもしれないじゃない!私が守らなきゃ……」
(佐藤さん“が”ちょっかいを掛けるとは考えないのね…)
そんなことを考えながら麻奈美は栄養ドリンクを持ってきた。
「行くにしても体力は回復しないと。これでも飲んで元気だして。」
「あら、ありがとう。」
晴香は一気飲みして勢い良く立ち上がった。
「よし!樹さん待っててね!今いくからー………あれ?」
晴香は足がふらふらになり、ソファーに倒れこんだ。
「おかしいわね…目眩がひどいわ…疲れがでたのかしら。」
麻奈美が近づいてきて心配そうな顔をしながら言った。
「疲れが出てきたのよ〜。少しだけ横になったら〜。」
「そうね…そうするわ。」
晴香はソファーに横になって暫くしたら静かに寝息を立てはじめた。
それを確認した麻奈美はカーテンを閉め、電気を消して、静かに晴香の服を剥がした。
全裸になった晴香を見て、麻奈美は歪んだ笑みを浮かべていた。
「綺麗よ…晴香ちゃん…」
麻奈美は写真を撮って、晴香の太股、そしてお腹を舐め回した。
「うふふ…おいしいわ…今日は全然遊べなかったからその分た
〜っぷり…ね。楽しいね、晴香ちゃん…ず〜っと一緒だよ。」
麻奈美の夜はまだまだこれからだった。

弥生は樹に貰った麦藁帽子を被って夜の海を浜辺で眺めていた。
(そういえば昔、体のコンプレックスを苦にして自殺を一瞬だけ考えたことがあったけど、
夜の海はなんか吸い込まれそうだわ)
ふと、今日の晴香とのやり取りを思いだした。
(あいつに言った言葉に自分が驚いたけど、私…樹のこと…好きだったんだ…)
顔が真っ赤になりながら、波の音に耳を傾けていたら頬に冷たい物が当たった。
「ひゃっ!」
後ろを振り返ると、樹が飲み物を持っていた。
「どうしたんですか?一人で」
「樹か?驚いたじゃないか…ちょっと考え事を、な」
樹は弥生に飲み物を渡して隣に座った。
「それにしても今日は楽しかったでしたよ。」
「え、そうか?」
樹は笑顔で
「そうですよ。あんなに感情豊かな弥生さんは初めて見ましたよ。
今笑っている弥生さんは本当にあのクールビューティーの弥生さんなのか…ってね。」
「……………」
(確かにちっちゃくなってからよく笑ったり泣いたりしたけど…)
「特に海に来てからはハイテンションだったじゃないですか。
それを見てなんか俺も嬉しくなって…。」
「樹…。」
「ほら、弥生さんって責任感強いから、もしかしたらあの事件のことも少なからず
責任を感じているのかな、と思ったんで気分転換に海に誘ったんですよ。」
確かに樹を危険な目に合わせたことについては大なり小なり弥生は責任を感じていた。
「俺は何にも気にしていませんから、弥生さんも責任を感じないで下さい。悪いのは教授ですから。」

「バ、バカ…。」
弥生はむぎわら帽子を深く被って目元を隠した。
(お願いだからこれ以上何も言わないで…。でないと私…)
「まあ俺じゃ余り頼りにはならないかもしれませんが、必ず此処に、弥生さんの隣にいますから、
我慢できなくなったら頼って下さい、少しは役に立つかも…。」
それを聞いた弥生は、目から溢れる涙を止められなかった。
「ウッ…ウッ…ウッ…ウッ…。」
(バカバカバカバカバカ…樹のバカ、壊れちゃったじゃない…涙腺も、プライドも…)
「や、弥生さん!どうしたんですか?」
樹が弥生の涙にどうしたらいいか分からなくてオロオロしていたら、弥生が顔を上げて樹を見た。
その目は泣き腫らして真っ赤だが、真っすぐに樹の目を見た。
「樹…私は い、樹のことがす、」
そこまで言った瞬間、弥生の体に激痛が走った!!
体のあちこちが千切れていくような激痛だった!!
「ぐっ…なんだこれは…千切れそうだ…
痛い…痛い痛い痛い痛いーーーーーーーーー!!!!!!!」
余りの激痛に弥生は砂浜の上で転げ回った!!!
突然のことに樹は呆然としていたが、
(まさか教授の言ってた副作用って!!)
樹は痛がる弥生を抱き上げてお店に走った!
「弥生さん!しっかりして下さい!薬を持ってきてるのでそれを飲めば大丈夫ですから!」
懸命に励ますが、弥生は痛みに耐えるので精一杯だった。必死に歯を食い縛っている中、
小さい手が樹の腕を強く握っていたので痛いほど気持ちが伝わった。

(これぐらい大丈夫…)

店に着くと、二階の寝室に樹は痛がる弥生を布団の上に寝かした。
額には脂汗が滲み、鼻から血が出てきた。
急いで樹が持ってきた鞄を取ろうと、弥生から離れようとしたら、弥生は腕を離そうとしなかった。

(どこにも行かないでくれ…)

樹に縋るような目をする弥生に、樹は焦る気持ちを押さえて弥生に優しく言った。
「大丈夫ですよ、どこにも行きませんから。ちょっと鞄を取るだけですよ。」
そう言って優しく弥生の手を離し、持ってきた鞄から薬を探した
(教授の言ってたことはこのことか。)
樹は薬を探しながら、教授とのやり取りを思いだした。

(樹くん、ちょっと待ちたまえ!)
(教授!放して下さい!弥生さんを追わなきゃ!)
(追う前にちょっとだけ話を聞いてくれんか?…実はな…もしかしたら
このままでも若返り薬の副作用が出るかもしれん。)
(教授、それはどういうことですか?)
(わしなりに薬の成分を調べたんじゃが、どうやら弥生くんの精神状態によっては
副作用が発症するやもしれんのじゃ。)
(精神状態?どんな時に発症するのですか?)
(正確には分からんが、たぶん強いショックや激しく気持ちが動いたらあるいは…)
(え、じゃあいままで弥生さんが怒ったりした時はなんで発症しなかったんですか?)
(それは多分怒っていても本気じゃなかったんだろう。純粋な感情…怒りよりは、
例えば愛情や悲しみなどで心が一杯になれば発症するかもしれん)
(気持ち次第なんですね。じゃあ副作用って具体的にどんな症状があるのですか?)
(まず体全体に激痛が走り、口か耳か鼻かどこからか出血があって、全身に筋肉の痙攣、
五感の低下、末期には意識が混濁して…)
(もういいです!じゃあ副作用が発症したらどうすればいいんですか?)
(この薬を飲ませなさい。若返り薬の副作用を押さえることができる。
本当はアメリカから教授が来るまで手出しはしたくなかったんじゃが、万が一を考えてな)
(教授…)
(ただし一つだけ注意してくれ。この薬にも副作用があってな、
もちろん若返り薬の副作用みたいに命の危険に及ぶほどじゃないが…飲むとな)
そこまで考えた時、小さい薬の入った瓶を見つけた。
「あった!!」
急いで弥生さんの元にもどると、全身が震えていた。
「や、弥生さん!!」
「い、いつきか?ぐっ…どこにいる?なにも…みえない…」
瞳は開いているのに、弥生の手は空を彷徨っていた。
樹は弥生の手を握って
「弥生さん!此処に居ます!薬を持ってきました。飲んでください!」
持ってきた薬の瓶を開けて中の薬を弥生の手に置いた。
「い、いつき?どこだ?どこにいる?なにも…ぐっ……みえない…
あまりきこえな…いつき?ひとりにしないで…となりに…いて…」
もはや手の感覚や聴覚、視覚が低下していた。
「弥生さんっ!!」
樹は弥生の手に置いた薬と水を口に含んで、弥生の口に直接口移しをした。
(ゴクン)
弥生が飲み込んだのを確認して弥生の様子を見た。
「いつき…ちかくに…いるなら…てをにぎって…」
それだけ言って弥生は薬の効果か、静かに寝息を立て始めた。
(とりあえず間に合ったのか?)
顔色を見ると、先程の苦痛や額の脂汗が浮かんでいた時よりは良くなったような気がした。
樹は弥生の額の汗を拭き、小さな手を握った。
「俺は此処にいます。隣にいます。決して一人にはさせませんから。」


次回第四話「危機のキキ」


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