スウィッチブレイド・ナイフ 第7話
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部屋を追い出された俺は、とぼとぼと駅前通りを歩いていた。
やっと赦して貰えた、と浮かれていれば次の瞬間には奈落の底に真逆様。
いったいこれを何度繰り返したかわかない。
いっそこのまま死んでしまうか・・・・・

暗い夜道、焦りに任せて単車を駆っていた光景が脳に浮かぶ。
路地から現れた一つの小さな人影。
右手を絞る、右足を全力で踏み込む。背中を突き抜けていく恐怖。
ヘッドライトに照らされた若い女性の凍り付いた顔。

いかんいかん、俺は贖罪に生きると決めたのだ。
いくら拒絶されようとも自分の胸に刻んだ決意を下らん逃避で汚すのは、あまりにもアホ臭い。
少し散歩して頭を冷やすか・・・・・

あ、そういえばゆかりを病室に残したままだった。
最近すこぶる機嫌が悪いから後でフォローしておかないと。
またヤツの一方的な教育的指導と銘打ったわがままにつき合わされるのはごめんだからな。
とりあえず携帯にメールを発射。

『久々に呑まないか??今ならアフターのカラオケつきだぞ。九時に新宿集合でどう?』

用件を短くまとめて送る。
すぐに返事が来ってきた。
いつもながらよくあの爪で早打ちできるな・・・・と感心しつつボックスを開く。
絵文字がキラキラと自己主張する長文が帰ってくるかと思ったが、本文にはあっさりと用件だけ。

『今日はバイトがあるからムリなの〜代わりといったら何だけど、よかったら明日私のアパートで
家飲みしない?ゆかりさんの特製手料理と取っておきのスペシャルメニューつきよ☆』

アイツは二週間前にバイト辞めたような・・・・・?という疑問はとりあえず端に寄せておくことにする。

先ずゆかりが怒っていないことに安心。
そしてゆかりの手料理という意外な単語に胸が躍る。
ヤツは遊んでいそうに見えて実は家庭的なのだ。
事故を起こしてからご無沙汰だったが、長い爪を気遣うようにゆっくりと作業する料理の腕は一級品。
十年来食い続けてきている俺が言うのだから間違いない。
これまでは一回ご馳走になるたびに見返りを求められたが、今回は無料奉仕でしかも
スペシャルメニュー?とやらも用意してくれるらしい。
あいつなりに励ましてくれるのだろうか。
何だが元気が沸いてきた。

もうお見舞いに行くのは止そうと思っていたが、気まずい雰囲気をものともせずに
森さんに謝りにいけそうだ。
ありがとよ、ゆかり!!!!
身を切るような十二月の寒気をものともせず、俺は少し歩調を速めた。

すると、再び携帯が鳴った。
今度は何だ??
メールじゃなくて電話。
相手は――――――――――――――――森さん?
ゆかりのおかげで元気を取り戻した心が急激に醒めていく。
妙な悪寒が全身に浸透した。
恐る恐る、通話ボタンをプッシュ。
震える手で受話口を耳に当てる。

『――――――――――――――――て、よ――――――――――――――――』

ぼそぼそと何かを言っているようだがほとんど聞き取れない。
後ろでは轟々と音が鳴っている。

『森さん?・・・・どうしました?』

反対の耳を指で塞ぎ、雑音が入らないように意識を集中させる。
電話だというのに何故か薄ら寒い狂気のようなものが伝わってくる。
本能が全力で告げている、ヤバイ!!!!!と。

「あの、森さ、
『――――――――――――――――早く――――――――――――――――き、てくださ、い
――――――――――――――――■んでやるから、来ないと、――――――――――――――――
飛■降■てやるから。――――――――――――――――ここ、
お、く、じょうだか、ら――――――――――――――――』・・・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・夢なら醒めろ。

『森さん??ととととにかく今すぐ向かいますから、落ち着いて、落ち着いてくださいよ!!!』

かろうじて聞き取れた、屋上という単語。
身を投げる森さんの姿が脳裏に浮かぶ。
やっぱり、俺の態度がまずかったのか!!!
浮かれていた自分を殺したくなる。

俺は電話越しで森さんを繋ぎとめようと必死だ。
彼女は言葉の端々に不穏な響きを匂わせて、信じられないくらいに低い声で訴えてくる。
死神がツケを回収するように、容赦ない現実を目前に押し付けられた。

『わ、たし
――――――――――――――――ずっと、かおる、さんが、■きでした――――――――
――――――――■■からおち、たのも、ぜんぶ、じぶんで、やったの―――――――
―――――――――か、お、るさんが、いなく、なっちゃうの、こわ、かった、から。
――――――――――――――――■き、■き、■き、■き――――――――――――――――
ちゃんと、いえたよ。
―――――――――――――――えらい、でしょ?わたしを、みずきを、
ほめて――――――――――――――――よくやったねって、ほめて。
――――――――――――――――そしてさいごに、
やさしくウバッテ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

この声・・・ほんとに森さんが発したものなのか?
地獄から響くような低音。
すべてを切り裂かんとする金切り音。
確かに聞いた言葉、ぜんぶ、じぶんでやった・・・・・?

嘘だろ・・・・・
いったい、どうしまったんだよ!!!!!!!!!

定期的に電話で声をかける。
さっきから全力疾走をしているために、息も絶え絶えだ。
俺が声をかけないと、受話口からは人を殺せそうなほどの呪詛が漏れてくる。

口が渇く。喉が焼ける。

『も、り、さん・・・・』

吐き出す音はほとんど言葉になっていない。
俺が息をつくたびに地獄のメロディは止むが、今度は代わりに湿った音が響く。

『ん――――――――――――――――ふ・・・・・かおるさん、すてき―――――――
―――――――――もっと、もっとんんんんん・・・・』

――――――――――――――――もう、訳がわからん。
目前は混沌を通り越した無秩序、心臓はツーバス連打、頭蓋の裏ではデスメタルが響き渡る。
俺は視界の隅に映った病院に一度冷静さを取り戻すと、予備電源を使ってラストスパートをかける。

はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・

ようやく屋上の扉にたどり着いた。
どうやって診察時間が終了した病院に入ったかなどは覚えていない。
そんなのものは『必死』の一言で全部片付いてしまう気がした。
倒れこむように重い扉を押し開け、広い屋上に視線をめぐらす。

いた!!!!!!!!!ピンクのパジャマに黒のカーディガン。
内股で地面に座り込み、顔は前髪に隠れて見えないが間違いなく森さんだ。

「森、さん・・・・・・何が、あったか、せつめい、して、もらえます、ね・・・?」

膝に手をつき、手の甲で額に浮かんだ汗を払いのける。
とにかく無事な様子の森さんに油断していた。

だから気づかなかったのだ、噛み付くように唇を奪われたことに。

 

「―――――――――んんんん」

森さんの薄い体が目一杯押し付けられ、ギプスで固定された左が後頭部に、無事な右腕が背中に
蛇のごとく絡みつく。
暫く咥内をのた打ち回る舌に思考を奪われていたが、
フェイズシフトダウンした脳でようやく現状を把握すると、俺は全力で森さんを引き剥がした。
軽い体は屋上の強風にあおられて吹き飛んでしまうかに思われたが、
怪我人とは思えない膂力で押し返された。

「馨さん・・・・・待っていましたよ・・・・」

どこか恍惚とした表情を浮かべる森さん。

一陣の強風で暗雲が晴れていく―――――――――
雄大な満月が夜の帳に大穴を明けた。

その凶光を受けて黄金色に輝く上目遣いに、俺は文字通り石化した。


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