スウィッチブレイド・ナイフ 第5話
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私が病室に戻ると
華奢で白絹のような肌に、瑞々しいほどの黒髪が映える女の子が馨の腕を取って熱心に話していた。
飾らなくても十分美しさを発揮できている。そんな彼女に二重の意味で嫉妬心が隠せない。
この角度からはよく見えないけれど、馨はきっと泣いているのだろう。
膝を地面に着けて土下座するような形で女の子に腕を抱かれている。

その薄っぺらい胸で馨の気を引こうってことかしら・・・・
生意気。

私は入り口の影から暫く二人を観測することにした。
黒髪の女の子は同色のくりくりとした大きな瞳を潤ませて、ゆっくりと説くように語り掛けている。
時折馨の腕を自分の体に擦り付けるのも忘れていない。
ひとしきり話し終えたのか、馨は女の子の腕をゆっくりと解いて立ち上がった。
少し寂しそうな女の顔にイライラが募る。
本当に庇護欲を掻き立てる大した泥棒猫だ。

馨の親切心を利用して大した怪我でもないくせに全力で依存している。
気づかない馨も馨だが、いい加減下腹部を渦巻くどす黒い感情が抑えられなくなってきていた。

「うふふふふ」

黒髪の女の子は口に手を当ててお上品に笑う。
あのあどけない笑顔の裏にどれだけの策謀が隠れているのか、皮を引き剥がして馨に見せてやりたい。

―――――――――――――――本当に幸せそう。
だから、その多幸感を最大級の絶望を以ってぶち壊してやることにした。

馨に気づかれないように接近。

女の子の黒い瞳とちょうど相対するようにして、言ってやった。

「―――――――――――――――じゃあ明日から馨がお見舞いに来なくても平気よね」

しばしの沈黙の後。

女の子の笑顔が、般若の形相に歪んだ。

「ゆかり??部屋の前で待ってろって言っただろ!!」

「べつにぃ〜私がどこに行こうと勝手でしょ。それにアンタ、デレデレしすぎ。
仮にも事故を起こした加害者なのよ。もっと恭しい態度に改めなさい」

膝までのブーツの踵を鳴らしながら、背の高い少し派手な印象を与える女性が近づいてくる。
漂う香水の芳香。
馨さんに着いたわたしの匂いを打ち消すような空気。

好きじゃ・・・・・ない。

馨さんは女性の言葉に、また顔色を失った。歯噛みしているようにも見えた。

女の人はわたしを品定めするかのように見渡し、極上の笑顔を浮かべた。

「初めまして、馨の幼馴染の浅羽ゆかりです。私の馨がご迷惑おかけしたようで」

――――――――――――――幼馴染・・・・・ケーキは・・・・この人??・・・・・・
――――――――――――――ちがう・・・・・それに、あなたの、馨さんじゃ・・・・ない・・・・。

背筋を悪寒が突き抜けていく。
馨さんは、もしかしたらこの人に連れて行かれてしまうかも・・・・・
この派手な女の人が、わたしから馨さんを奪っていく・・・・・

――――――――――――――思考が急に冷えていく。
それと同時に、目の前が暗くなって全身から血の気が引いた。
女の人は白いトレンチコートの裾を揺らしながらわたしに掌を差し出した。
握手、するつもり・・・・・
そのキラキラした長い爪――――――――――――――邪魔。
へし折ってやりたい。

「は、初めまして・・・・森瑞希です・・・・」

握手するのが嫌だから、視線を外して答えた。
私の態度に浅羽さんはまた嫌な笑みを浮かべた。

「お怪我のほうも大したことなくてよかった。私の馨は大袈裟でしょ?だから貴女がそこの窓から
『飛び降り』でもしないか心配だったわ」

言葉に含まれる毒。
この人・・・・・もしかして識ってる??・・・・・・
不安が膨張した。胸が痛い。
――――――――――――――助けて、馨さん・・・・!

「ゆかり、止せよ。昨日の今日なんだから、森さんも疲れてるんだよ」

ゆかり?・・・・・森さん・・・・?どうして、浅羽さんは呼び捨てなのに、わたしは森『さん』なの?・・・・・
痛い、痛いよ・・・・

「そうかしら?さっきはあんなに元気そうに笑っていたのに。まぁいいわ。無事だってわかったでしょ?
それにこの怪我はアンタの所為じゃないんだから気に病むことないわよ。ねぇ、森さん?」

やめて・・・・やめてやめてやめてやめてやめて・・・・・・

馨さんを誑かさないで!!!

「森さん・・・・・?」

わたしを訝る馨さん。
対照的に浅羽さんは満面の笑みだ。

気分が悪い・・・・・
なんて答えればいいのだろうか。
気にしなくていい、と答えればもう馨さんはお見舞いにやってこないかもしれない。
でも、責任を取ってっていったら・・・・
馨さんはお見舞いに来てくれるだろうか。

「ねぇ、森さん?もうお見舞いに来なくていいわよね?」

黙りこくるわたしに焦れたのか、浅羽さんは少し語気を荒くしている。
それでも貼り付けたような笑顔は崩さなかった。

どうしよう、どうしよう・・・・・・

「ちょっと、森さん?」

わたしがやっと搾り出した言葉。
それは――――――

「―――――――――――――――――――――――――その・・・・・・・・・・・・・・・・・忘れ、
ません・・・・・から・・・・・・」

馨さんの表情が凍りつく。

「さっき、赦してくれるって・・・・・」

「・・・・・・赦せるわけ・・・・ありません・・・・・・忘れることもできません・・・・もう・・・・・・・・・」

「あんた!!!」

浅羽さんが怒りを露にする。そのままわたしの胸倉をつかみあげて綺麗な瞳で覗き込んでくる。

「ゆかり、止せ!!俺が、俺が・・・・悪いんだから・・・・・すいません森さん。
でもお見舞いは続けます。森さんが赦してくれなくても、俺にできることはこれくらいしかないから・・・・・」

浅羽さんを羽交い絞めにして私から引き剥がし、馨さんは疲れきった顔でそう言った。
この話をまた利用するのは卑怯だと思ったが、こうするしかなかった。
あの時も、馨さんはお見舞いを続けてくれた。
だから、今回もきっとそう言ってくれるって信じていた。

「馨、アンタは先に帰ってなさい。私は森さんと話すことがあるから」

浅羽さんは短く告げて馨さんを追い出した。
二人だけの時間を邪魔されて腹が立ったが、わたしにも言いたいことがあったので好都合だ。
馨さんは落ち着かない様子で出て行った後、なんの前触れもなく浅羽さんが切り出した。

 

「あんた、いったいどういうつもり!!散々馨を苦しめといて・・・・・まだアイツを
縛り付けるつもりなの??」

 

咲き誇る大輪の花が修羅の擬態だと見抜くのに、そう多く時間は掛からなかった。


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