スウィッチブレイド・ナイフ 第4話
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---------森さんが眠っている、その頃_______

「馨、ちょっと」

森さんの無事を確認した後、俺は夢の世界を彷徨いつつもなんとか大学にたどり着いた。
例のごとく授業は全寝。よだれの着いた教科書を誰にも見られないように袖口で拭い、
重い気分のままちゃっちゃと教科書をしまった俺は後ろから掛けられた声に弾かれたように振り返った。

「ゆ、ゆかり・・・・どうした?」

そこには長身の美女が立っていた。それも目に見えて解る不機嫌オーラを漂わせて。
やっべ、涎拭ったのばれたか?

「どうしたのはアンタのほうよ。最近授業マジメに受け始めたと思えばサークルにも顔出さないですぐ
バイト行っちゃうし、
何でもバイクで轢いちゃった女の子のところに毎日通ってるんだって?
それにどうしたの今日は。顔、死人みたいよ?」

早口で一気にまくし立てるのは同学部で、同じサークル。そして幼稚園のときからすべて同じ
学校・クラスであった因縁の存在、浅羽ゆかりだった。
物静かでおしとやかな森さんとは対照的に、明るく活発な所謂幼馴染。
肩まで伸ばして丹念に巻かれたセミロングを明るい栗色に染め、同じく対照的にはっきりとした顔立ちの
美貌にそれを引き立てる丁寧なメイクを施している。
格好はそれほどぶっ飛んでいないものの、季節感のない露出の多いお姉風である。
森さんが谷間に咲く涼しげで可憐な百合であるならば、ゆかりは太陽の祝福を一身に受けて咲き誇る
真夏の向日葵。周りのレベルが上がるほど輝き、目立つ存在だ。
本人曰く処女であるが、裏で何をやっているかは不明だ。
まぁコイツのことだから、ヤルことはやってるだろう。

「そ、そうか・・・??ちょっと気に掛かることがあってな・・・・しかたねぇだろ。
あと、心配してくれてんのか。サンキュな」

「べ、別に心配してるわけじゃにゃいわよ・・・・」

「噛んでるぞ」

ゆかりは大きな胸を強調するように腕を組んだ。口を尖らせて不満をアピールしている。
不機嫌なときにアヒル口をするのは昔からのクセ。それを一瞬で理解してしまう自分に少しうんざりした。

「入院してる女の子のこと??」

うう、いきなり確信か。どう答えたらいいかわからねー

「ま、まぁな」

「なによぉ、その反応??もしかしてその女の子にフラれた、とかぁ?」

突き刺さる言葉。まぁ事実フラれたようなもんか。
俺が黙っていると、ゆかりは急に真剣な表情になった。

「あ、あんたねぇ・・・・仮にもバイクで轢いちゃった子と仲良くなれはしても付き合うなんてムリでしょ!!
きっと向こうの子もあんたの顔を見るたびに事故のこと思い出すのよ。
だから、もうお見舞いに行くのなんてやめて変わりに慰謝料上乗せして誠意を見せればいいのよ」

いつものように強い口調で、ゆかりはブーツのヒールを鳴らして言った。

「いや、だからそれはちが・・・・」

「言い訳はいいの。ちゃんと女の子に謝りなさい。私も着いて行ってあげるから」

「・・・わかりました」

有無を言わさないゆかりの強い視線。昔からこれだけには逆らえなかった。

・・・・・
・・・・・・・・・・・へヴィだぜ。

最近の馨はおかしい。
おかしいといえば昔からおかしいんだけど。
最近のおかしさは近年のおかしさでも群を抜いておかしい。

この男、馨は昔から『人』にモテる。
人というのは異性だけでなく同姓、年下年上邦人異人変人奇人宇宙人未来人超能力者・・・・
問答無用で惹きつけてしまう。
もはやこれは才能や生まれ持ったものだといわざるを得ない。
何しろこの私も・・・・・・・・くやしいけど・・・・・・・・・・惹きつけられてしまった一人なのだから。
大学でも馨は目立つ。高校まで野球部で鍛えられた無駄のない筋肉によく日焼けした肌。
人より頭半分飛びぬけた長身は人ごみの中にいても難なく発見できる。
硬い黒髪を短髪にまとめ、鋭さを持った顔つきはどこか近寄りがたいオーラを発しているが、
コヤツの笑顔を見ると一発でその印象は崩壊する。
そう、コイツほどギャップというものを体現している存在はいないのではないだろうか。
しかも馨の場合天然だから性質が悪い。
そしてその天然をはるかに超越した『鈍感』これはもう犯罪だ。
今まで何人もの心を気づかないうちに破壊してきたのか、エクセルで計算してメールに添付してやりたい。

きっとちょっと前にバイクで轢いてしまった女の子もそんな馨の特性にヤられてしまった子なのだろう。

病院の窓口で面会手続きを済ませ、事故に巻きこんでしまった女の子の話をききつつ長い廊下を
馨と二人で歩く。私がどんなに高いヒールを履いても、馨のほうが目線が高い。ちょっと悔しい。
夫婦同じ高さで歩くのが夢なのに。

「で、その女の子、また怪我したの?」

「ああ。階段から落ちて更に三ヶ月退院延期らしい」

「はぁ〜合計半年の入院ね・・・私なら背中にコケ生えるわ。
まぁ、それで・・・・アンタはその子が階段から転げ落ちた前の日にちょっと揉めちゃって、
その日も険悪だったのね〜そりゃ階段から飛び降りたくなる気持ちもわかるわ」

馨はお前に何がわかる。という目線で睨んでくるが、ぎろりと睨み返す。
すると馨は盛大にため息をはいた。

きっと私の推測は当たっている。
先述のとおり、こいつはダントツで天然鈍感勘違い三冠王だ。
女の子が忘れられないといったのは馨が起こした事故のことではなくて、『馨の献身と優しさ』
更にこれは推測の域をでないけど『馨に対する想い』のことだろう。
それをコイツはお得意の勘違いで大暴走してしまったわけだ。
まぁ、大変ねイロイロと。その女の子も。
そっちのほうが好都合だからいいけど。
勘違いで暴走した馨の心を繋ぎとめるためと、二人きりの時間を誰にも邪魔されたくなかったからだろう。
昔から馨にまとわりつく異性だけでなく同s(以下略 を何度も退けてきた私も今回ばかりは冷や汗が出た。
だから私も積極的に行動することにした。十五年以上馨のそばにいる私。
ここまで本気にさせた子には正直驚いたし、ライバルと認めてあげてもよい。

でも・・・・話を聞くうちに認識は変わった。
目障りだからさっさと消えてもらおう。

――――――――――――――――馨の心を占めていいのは私だけなんだから。

「それじゃあ、ゆかりはここで待ってろ」

病室の前で、馨は珍しく真剣な顔つきをした。
まあいいわ。二人きりで会わせるのはちょっと癪だけど。こっちもイロイロ聞きたいことがあったから、
大人しく了承する。

カツカツとヒールを鳴らしながら病院を歩き回り、
私は先ず始めに女の子の担当医の所へ行った。
私が馨の姉を名乗ると壮年の優しそうな医者は、しきりに首をかしげながらも真剣に話してくれた。
私は馨のことを嗅ぎ回る時、姉を名乗る。
馨の体つきは立派で大人びているように見えるが、しゃべりだすとあどけなさと少年のような輝く瞳は
隠せない。だから私のほうが不思議と大人びて見えてしまうのだ。
特にバイクのことを話すときのあいつは一番輝いていた。
だから、一番輝いていた馨の楽しみを事故で奪い。
その後の関心をすべて独占していた女の子を私は許せなかった。

『妙なんですよ・・・・今回の怪我は。いくら体力がなかったとは言え・・・受身も取らずに自分から
突っ込んでいく形でないと、この部位を痛めることはまずあり得ません。
腕の骨折ですが、こちらも折れ方も変でして・・・』

私は頷きながらも医師の言葉の端々を反芻していく。
詳しくは知らないようだが、バイク事故のこと、そして階段から落ちたときの詳細・・・・
やっぱり私の予感はほとんど的中していた。
あの子、やるじゃない。

口の端が邪悪な形で歪むのを感じる。

さぁて・・・・・

どうやって馨の心から退場していただこうかしら・・・・

 

――――――――――――――――――――――――――――――――泥棒猫さん?


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