スウィッチブレイド・ナイフ 第3話
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俺がその報せを聞いたのは、事故を起こしてから回数を増やしたバイトが終わって
部屋で無気力を楽しんでいるときだった。
あぁ、もう静かに無気力すぎて笑えない。
体は疲労で今にも倒れこんでしまいそう。シャワーも浴びる気力もなく、
そのままベッドに沈み込んでしまいたいくらいだった。
意識が残像に消えていきそう・・・・・
瞬間、狂ったように携帯電話が電子音を吐き出した。
半目で覗き込んだウィンドウに映った名前は、『病院』
嫌な予感が電流のように駆け抜ける。
疲労と眠気は奇麗に壊れた。

寝間着のスウェットの上にダウンジャケットを着込み、滅多に履かないスニーカーで家を飛び出す。
上がる息と冬なのに全身の汗腺から噴出す汗をぬぐいもせずに駅前でタクシーを拾った。
肩で呼吸しながらも必死に行き先を搾り出す俺にタクシーの運転手もびっくりした様子だったが、
熟練の技を以って最小のメーターで、しかも彼曰く最高記録という速さで病院にたどり着いた。
面会時間などとっくの昔に終っていたが、今回の電話が伝える旨は『森さんが階段から転げ落ちて重態』
というものだった。
もしかしたら昼間に言った俺の軽口で傷ついたのかもしれない。
渦巻く不安と、恐怖、後悔を必死でシバきあげてなんとか看護士さんに連れられて病室に向かった。

「長い入院生活で体力もないのに十五階から階段で降りようとしたみたいですね。
幸い直りかけていた左腕の再骨折と新たに右足の靭帯断裂ですみましたが、三ヶ月の追加入院です。
可哀想ですが・・・・」
「重態というのは・・・・?」
「どうやら間違って連絡が行っていたようですね。彼女は薬で眠ってはいますが
意識はちゃんとしていますよ」

俺は糸が切れたようにその場でへたり込んだ。

「馨・・・・さん・・・・」
目覚め眼が映したのは、顔をくしゃくしゃにして泣き出しそうなわたしが焦がれて止まない人だった。

「おはようございます、森さん。そして、本当にすいませんでした!!!森さんの気持ちも考えずに、
あんなことをいってしまって。そうですよね、忘れられませんよね。自分を殺しかけた男のことなんて。
でも俺だってそんなことで赦されるなんて思っていませんから・・・・」

「馨さん・・・・わたしの話・・・・聞いてくれるかな?」

また地面に額を擦り付けている馨さんの腕を取って、わたしはゆっくりと話し始めた。
わたしの家庭のこと、数少ないお友達、意地悪な親戚のおばさんのこと・・・・そして、
何時も独りだったわたしに初めて優しくしてくれた、馨さんのこと。

「そ、それじゃあ忘れない・・・っていうのは?」

「うん・・・こんなわたしに優しくしてくれた馨さんを忘れることはできない・・・・ってこと」

「じゃ、じゃあ俺のこと・・・・」

「うん・・・赦すよ・・・・」

馨さんは声を上げて泣き始めた。
それと同時にわたしはほっとした。
ようやく誤解を解くことができて、よかった。って。
だからこれからの入院生活も楽しくなるよね・・・・!!

まだ馨さんと一緒にいられる・・・・

そう・・・・思索に果てにたどり着いたのは、自らの体を傷付けて馨さんの視線を無理矢理固定することだった。

手首を切るのはどうか――――――――――――――――これは更に誤解を与える可能性がある、却下。

窓から飛び降りてしまうのはどうだろう――――本当に死ぬ恐れがある、却下。
それに誤解を与えるという点では一緒。

馨さんは大勘違いが大得意なようだ。
どうすれば誤解を与えずに入院期間を引き延ばして気を引くことができるだろう・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

わたしは、最終的に自分の体を階段から突き落とした。
いや、『飛び降りた』というほうが適切だろうか。
これもすべて、馨さんと一緒にいたいため。
疎遠になってしまうことで別の女のところに行ってしまうのが恐かった私は、もはや病気だった。
怪我には馨さんの献身で打ち勝てたが、この胸に住まう病には勝てなかった。
もう独りはいや、いやなの。
こんなわたしのそばにずっといてくれたのはあなただけだよ・・・
みんな、わたしの性格を知ると離れていっちゃうの。暗い女って。
でもね、でもね。馨さんだけはちゃんと私の話を聞いてくれたんだよ?
ほら、今も言ってくれたじゃない。
『森さんが無事なら構いません、って』
だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・責任とってね・・・・・?
馨さん馨さん
馨さん馨さん馨さん
馨さん馨さん馨さん馨さん
もっと大怪我して置けばよかった。
いっそ腕でも切り落としてしまうべきだったかなぁ。変な気を回すんじゃなかったなぁ・・・・・
馨さんならきっと受け入れてくれたのに・・・・
馨さん馨さん馨さん馨さん馨さん・・・・・
もうあなた無しでは、生きていけませんからぁ――――――――

えへへ・・・

「森さんが元気でよかったです」

これからの入院生活のことを考えると笑いが止まらない。

「うふふふふ元気ですよ、ふふふ、困るくらいに・・・・」

不気味な笑みを浮かべるわたしを訝るように見た馨さん。
いつもの鋭い横顔も素敵だけど、きょとんとした顔も素敵・・・・
もう離しませんから・・・・
ふふ
ふふふ
ふふふふふ

でもそんな甘い高揚感は長くは続かなかった。

 

カツ・・・・・・

 

 

 

 

 

「――――――――じゃあ明日から馨がお見舞いに来なくても平気よね」

カツ、カツ、カツ・・・・・
ヒールの音と共に病室の入り口から現れた長身の美女。

わたしは顔筋が凄絶に引きつるのを抑えられなかった。


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