しゅらばとる その2
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辰真が部屋からつつつつつーー…とこそ泥の如く退室しても、椿と楓の睨み合いは続いていた。

「まったく、私がたっちゃんのお弁当を作っている隙を狙うなんて、相変わらず姑息なお人ですね椿さん」
「自分が出遅れたのを他人のせいにするなんて、滑稽だね楓。思わず鼻で笑ってしまうよ」
毒素100%の言葉の応酬。二人の間にスパークがバチバチと生じ、バックで炎が燃え盛る。

「いえいえ、昨晩たっちゃんの部屋に侵入しようとして失敗したどこかの雌犬よりかはマシですわ」
「おやおや、それはそれは。でもそれは同じように侵入しようとしてトラップに引っ掛かった
雌猫にも言えることじゃないかな?」
互いに笑顔なのに、その視線は絶対零度。
石化の魔眼にだって対抗できるかもしれない視線が伝えるのは、奇しくも同じ。

『私の辰真(たっちゃん)に近づくな雌ブタっ』

である。
ここでこの二人の紹介をしよう。
ショートヘアーに中世的な顔立ち。王子様のような雰囲気を極自然に醸し出す麗人。
名前を不動 椿と言い、辰真の実の姉…ではなかったりする。
細身の長身で、大柄な辰真と並んでもさして差の無いのがちょっぴり悩みな女子校生。
年齢は辰真の一つ上である。
で、腰下まで届くロングヘアーに柔らかな物腰の女性。
名前を不動 楓。椿と同い年で辰真の実の姉…ではないんだなこれが。
椿に比べるとややスタイルでは劣るが、身体全体から漂う大和撫子オーラに敵は無い。

この二人、本当は姉ではなく辰真の従姉であったりする。
諸々の事情で一緒に暮らしているが、その気になれば結婚だって可能。
故に

「私のたっちゃんに触らないでください、妊娠したらどうするんですか」
「辰真は男だよ。それとも何かい、私が男っぽいと暗に言っているのかい?」

愛する辰真を奪い合う毎日だったりする。

「さぁ、どうでしょう。そう思うならそうなのではないですか、『王子様』?」
「言ってくれるね楓、いや『楓の君』、そんな腹黒な性格じゃぁ辰真に嫌われるよ?」
「あらあら、私のどこが腹黒だと? 心の底から全て、たっちゃんに染めてもらう為に真っ白なのに…」
「戯言を。第一、私のこの性格も話し方も、全て辰真が似合っていると言ってくれたからね。
素敵だと言ってくれたよ…」
その時の辰真の言葉を再生しているのか、ウットリとした表情を浮かべる椿。
美人なだけに、その表情だけで絵になる。が、涎は少々あかんと思われる。
「わ、私だって、たっちゃんに楓姉の雰囲気は母さんみたいで落ち着くと言って貰えましたわっ」
「それは母性を見て言っただけで、君自身の魅力とは関係ないんじゃないかい?」
「(むかっ)…あら、それなら椿さんの素敵も、父性や兄に対するものではないのかしら?」
「(ぴきっ)……どうあっても私を男扱いしたいらしいね…」
堪忍袋の緒が大変な状態になりつつある二人。
楓は持っていた薙刀を構え、椿は制服のブレザーの懐から銀色に光る棒を取り出す。
「躾のなっていない雌猫に、少々灸を据える必要があるみたいだ…」
シャキンッと甲高い音を立てて伸びる棒、チタン製の特殊警棒。
「浅ましい雌犬に、少しばかりお仕置きをしてさしあげますわ」
カチャと音を立てて薙刀の切っ先が椿に向けられる。
一瞬即発の空気、互いに高い腕前であるためにタイミングを見計らう。
後の先か、それとも先の先か、さてどうするかと考える二人の聴覚に、常に最優先で拾われている声が
聞こえた。

『いただきま〜す』

「「辰真(たっちゃん)待って、一緒に食べるからっ!!」」

0,1の迷いも無くリビングに向かう二人。
彼女達の中では、宿敵よりも辰真との朝食の方が大事なのだ。
「ちょっと、椿さん邪魔ですよ、その無駄に大きい胸しまってくださいっ」
「無茶を言うなっ、そういう楓は狭い所も楽々で羨ましいよっ」
「むきーっ、言ってはならない事をーーーっ」
「おや失礼、そしてお先にっ」
「待ちなさ〜〜いっ!」

とりあえず、何だかんだで仲は良いのかもしれない。
そして話は最初のどんよりオーラに包まれた食卓へと戻るのであった。


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