姉妹日記 第10話
[bottom]

 鼓膜の中に入り込んでくるドアを叩く音に僕は耳をふさいで聞こえないようにした
 逃げても逃げても音は僕を追いかけてくる
「どうしたの?お姉ちゃんよ?涼ちゃん?・・・・」
「まさか、近くにあの女がまだいるの!?はやくお兄ちゃんを返せ醜女!」
 ここに秋乃さんがいなくてほんとによかった・・・・僕がそんなことを考える間も
 ケータイが鳴りドアが叩かれる
 僕は早く終わってくれ終わってくれと念じながら瞳を閉じた・・・・
 
 いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか時計に目をやるともう深夜だった
 僕はケータイを取ってメールボックスをまた開いた

『冬香:お兄ちゃんはあの醜女に騙されてるの・・・・』
『夏美:今なら、許してあげるわ・・・・早く戻ってらっしゃい』
『冬香:お兄ちゃん・・・・・』
『夏美:涼ちゃんはなにも悪くないのよ?』
『冬香:逃がさない・・・・逃がさないから!』
『夏美:・・・・・・・・・・・』
『冬香:お兄ちゃんが戻ってこなかったら・・・・』
『夏美:・・・・・・・・・・・』
『冬香:あの女、殺してやるんだから!』
『夏美:涼ちゃん、涼ちゃん、涼ちゃん、寒いよ・・・・早く開けて』
『冬香:そうよ、全部ぜ〜んぶ、あの女が悪いのよ・・・・・』
『夏美:お姉ちゃん、涼ちゃんのためにおいしい料理たくさん作ったのよ』
『冬香:殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる』
『夏美:今持って来てるのよ?一緒に食べましょう』
『冬香:許さない、許さない、許さない、許さない、許さない!!!』

 もうこの程度の文面では恐怖を感じなくなっていた
 でも・・・・二人はこれからどうなってしまうのだろう?
 また秋乃さんの言葉が頭に響いた
 そうだ、二人と僕は兄妹なんだ・・・・どれだけ二人が祈っても望んでも結ばれる訳がない
 二人には死刑宣告に等しいほど酷なことをしている
 前向きに考えなくちゃ・・・・
 このままずっと一緒に居るなんて出来ないことを二人も解っているはずだ
 もう少し時間を置けば二人も解ってくれる
 今はそう考えるしかなかった

『夏美:二人は一緒、ず〜っと一緒♪』
『冬香:どうして!今までずっと一緒だったじゃない!』
『夏美:涼ちゃん、覚えてる?小さい頃お姉ちゃんをお嫁さんにしてくれるって約束したよね?』
『冬香:出てきなさい・・・・出てきなさいよ!!!!』
『夏美:寒い寒いよ・・・・涼ちゃん』

 僕が選んだのは秋乃さんだ
 僕が愛してるのは秋乃さんだ
 彼女の為に僕は生きているんだ
 心の中で本心を復唱する
 二人の涙を・・・・二人の叫びを・・・・忘れるために
 生暖かい空気が辺りを包み僕は息苦しさを感じ窓に近づいた・・・・
 白いカーテンを開いた瞬間僕は恐怖のあまり身を震わせた
 まず、目に入ったのは見開かれた瞳・・・・
 黒目が広がり喜びを表し目がギョッと動いた
 暗い夜の景色と部屋の間にも関わらずにその瞳だけは、はっきりと見えた
 そして僕を確認すると口元を緩めニヤっと笑んだ
 身震いし僕は後ろに下がった
 すると手がトンと音を立て窓のガラスに当たった
 なぜ行けないの?そういう顔をして影の手が窓をがんがん叩く
「あ・・・・・あ・・・・・うわぁぁぁ!!!!!」
 恐怖でその場に崩れ床を蹴り身体を引きずらして後ろに引く
「どうしたの?涼ちゃん・・・・怖いの?待ってていま助けてあげるから!」
 解りきっていたその人物に僕は絶望に似た気持ちを抱きながらただただ恐怖の叫びを上げた
「あ・・・・・あぁぁぁ!!!!!」
「待ってなさい、今すぐ・・・・助けてあげるから!!!!!」
 窓を叩く手に力が込められ窓に夏姉ちゃんの血が付着していく
 ドアを何度も力いっぱいに叩き、そして今度は窓だ
 華奢な夏姉ちゃんの手が壊れてもおかしくない
「やめて、やめてよ・・・・夏姉ちゃん!」
「心配しないで、大丈夫よ・・・・すぐにそこに行ってあげるから」
 ケータイがまた鳴った・・・・
 僕は怖くなって電源を切ろうとケータイを握った
 今度はメールでない・・・電源を押して切ろうとしたときだった
 留守番電話になる音がした

『いま、あなたの後ろに居ます・・・・』

 幽霊のような擦れた小さな声が僕の鼓膜に響いた
 僕はだらしなく口から唾を垂らしながら荒い息遣いで後ろをゆっくりと見た
「捕まえた、お兄ちゃん・・・・ふふ」
 いつの間にか夏姉ちゃんの声も聞こえなくなった
「涼ちゃん♪」
 その声に慌てて前を向くと満面の笑みの夏姉ちゃんが居た
 後ろから冬香の腕が僕の首に絡まり
 前から夏姉ちゃんの手が僕の肩を掴んだ
「あ、あ、あ・・・・あぁぁぁぁ!!!!!」


[top] [Back][list][Next: 姉妹日記 第11話]

姉妹日記 第10話 inserted by FC2 system