BLOOD 本編 第5章
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 上流階級の人間が住む住宅街の一角で誰もいないのをいいことに私は無茶なお願いをしたけど
 彼は私の言葉に従って静かに口付けてくれた
 情熱的に舌が絡み合う
 気持ち良い・・・・誰かと接吻するのは初めてだったけど
 とても気持ちよかった、彼の中に溶けてしまう感覚
 これが・・・・女の喜び?
 違う・・・・もっともっと気持ち良いことがあるはず・・・・
 教えてくれますよね?私に・・・・
 ゼルの首に腕を絡めて私はもっと深くと催促した
 なんのためらいもなくゼルは受け入れるとより深くと舌を絡めてきた
 幸せに包まれながら時を忘れている私の胸が不意に苦しさに悲鳴を上げた
「あ・・・・・く!」
 膝を付きその場に崩れる
 な・・・・なに?この感覚は・・・・キスの余韻などではない
 血が凍り全身の神経を通じて頭に危険だと知らせている
 胸が・・・・・かきむしる胸の痛みが私の頭に見知らぬ光景を教えてくれた
 私の手を取るゼルによく似た青年・・・・そして・・・・
 それから先は見えなくなった・・・・
 光景が消えたわけじゃない・・・・私の意識が持たなかった
 霞む景色が二重三重になって揺らめいた
「プレシア・・・・・まさか!」
 驚きでその身を震わせるゼルが呆然とある一点を見つめている
 剣を抜こうか一瞬ためらってゼルはそれをやめた
 少しの笑顔の後にゼルの身体がゆっくりと倒れた
 な、なに・・・・?
 はっきりしないまま私はある光景を思い返していた
 ゼルと初めて逢った時だ・・・・あのときのリルスと同じだ
 同時に怒りがこみ上げてくる・・・・どこの誰だか知らないけど・・・・よくもゼル

 どこかで声がした・・・・
『見つけた・・・・・ふふ』
 まだ幼さの残る声が私の頭に響いた・・・・
 ・・・・?重かった身体が不意に動いた・・・・立てる?
 立ち上がると同時に全身の血が右手に集中しているかのように熱を持った
 な・・・・なに?これは・・・・見ると右手にはしっかりと血塗れた剣が握られていた
 頭の中にまた声がした
『殺しあうの・・・・・あのときのようにね』
 身体が勝手に動く・・・・いや・・・・怖い!
 まるで操り人形のように私は駆け出した
 霞む意識の中で私は近くの迫ってくる少女を確認した
 うつむきかげんで表情は伺えない・・・・少しよろめきながら私の剣とは少し違う血塗られた剣を
 引きずりながら近づいてくる
『あなたの敵を・・・・彼女を!』
 頭の声が強くなる
 痛い・・・・苦しい・・・・辛い・・・・悲しい・・・・寂しい
 負の感情が込み上げる
 思い出した・・・・あの子はゼルの近くに居たあの少女だ
 一度きりだが見た限り彼女もまたゼルに好意を持っている
 負の感情の中にまたある想いが芽生えた
『あの女さえいなければゼルは私の物に!』
 声の主が私だと気づき私は己の感情に恐怖した
 止められない・・・・

 殺せ・・・・殺せ・・・・・殺せ・・・・彼女は彼の愛を独り占めした
 なにを・・・・言っているの?
 消してしまえ・・・・そうすればゼルは私の物になる
 やめて!これ以上私の心に入ってこないで!
 無駄よ・・・・私は・・・・・
『あなた自身なんだから・・・・・』
 頭に方目を潰された少女が浮かんだ
 顔の半分を血に染めている、その手には小さな眼球が握られている
 私は必死に逃げた・・・・けれども少女はどこまでも追いかけてくる
『無駄よ・・・・メシア・・・・・』
 顔が冷たい・・・・恐る恐る触れてみるとやはり冷たい
 手を確認すると鮮血がべっとりと付着して地面に落ちて弾かれた
 目が・・・・目が!
『言ったでしょ!あなたは私なのよ!』
 痛い・・・・痛い・・・・・痛い・・・・痛い
 苦しいよ・・・・苦しい・・・・助けて・・・・ゼル・・・・
『捕まえた!』
 少女の手が私の肩を掴んだ

「あぁぁぁ!あぁぁぁ!あぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
 剣を握る力を強めながら私は猛然と正面に迫った少女に突進していく
「あぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
 上段に構えた剣を思い切り振り下ろした
 あの女は微動にせずにそれを自らの剣で受け止めた
 私何度も剣をあの女に向かって叩き付けた
 殺せ・・・・殺してしまえ・・・・殺すんだ!
 あの女が一歩引き剣をゆっくりと後ろに引いた
 気づいた時には私の鼻先を血塗られた剣がかすめていた
 私が回避したのを見ると無機質な瞳が一瞬光を持った
 瞬間突かれた剣が止まり横に軌道を変えて私に向かってきた
「メシアさま!」
 リルスが剣を構えてあの女に向かっていく
 それを見たあの女が地面を蹴り上げて後ろに下がる
 私とあの女の間にリルスの剣が割り込んだ
 私の身体がまた動かなくなった・・・・
 そしてそれは始まった・・・・

 プレシアは覇気に満ちたリルスの顔を掴んだ
 その瞬間まるで電池の切れたオモチャのようにリルスの身体から力が抜けた
 力なく地面に膝を付き悲鳴を上げるリルス
「あ・・・・・あぁぁぁ!!!!!!」
 プレシアはまるで氷のように冷たさを感じさせるその赤い瞳を存分に輝かせた
「あんたも邪魔するの・・・・なら・・・・殺してあげる」
 驚くほどに澄み切った声でプレシアはそう言うと
「知っているのよ・・・・あなた、ゼルに敗れてから・・・・ゼルのことばかり考えていたでしょ?」
 だらしなく唾を垂らしながらリルスは頭上の蒼穹を見つめた
「隠しても無駄よ・・・・知ってるんだから・・・・あなたはゼルに色目を使ってた」
 思い当たるふしはあったがいまのリルスにそのことを肯定するほどの力がなかった
 初めて自分を打ち負かしたゼルにリルスは恋心を抱いていた
 メシアの手前そのことは心の奥に潜ましていたが・・・・・いまリルスの心がさらけだされてしまった
「許さない・・・・ゼルに近づこうとする女は・・・・すべて!」
 リルスの両手が左右に上がり十字架のような形をとるとその身体がゆっくりと天空に登っていく
「あ・・・・ぎゃぁぁーーーーーー!」
 全身を焼かれるような痛みがリルスの身体を駆け巡ると体中が裂かれたように全身の至る所から
 血が噴出す
 天空から血の雨が降ってくる
「プレシア・・・・・」
 ゼルは痛む身体をゆっくりと起き上げて天空を見つめた
 顔に付着した血を拭うとゼルは絶望に満ちた瞳でその場に膝を付いた
 そして祈る・・・・どうか止まってくれ・・・・頼む
 願いが届く訳もなく磔刑の儀式が始まった

 全身の血という血がリルスの身体から噴出し無垢な表情のプレシアの顔を赤く染めた
「苦しい・・・・ふふ、これがあなたの罪よ」
 ゼルに近づいたことが罪
「断罪の時を静かに感じなさい・・・・・」
 プレシアの背中から純白を表すかのような真っ白な翼が一枚現れた
 羽根が舞い上がり振ってくる血と重なり地面にひらひらと無数に白と赤に塗れた羽根が落ちていく
 悲鳴を聞きながらプレシアは無邪気に笑ってくるくると回転し水浴びを楽しむかのように
 全身を赤に染めていく
「第一の断罪・・・・・」
 プレシアが宙に舞い上がると十字に天空に吊るされたリルスの腕が強張った
「あ・・・・・ぁ!!!!!」
 リルスの華奢なその腕が身体から引き裂かれるのにそう時間は要らなかった
 両手が身体から抜けて血がさらに噴出した
「痛い・・・・苦しい?これがあなたの罪の重さよ・・・味わいなさい」
 地獄のような痛みと胸の苦しみ・・・・そして血が溶岩のように沸き立つ
 リルスはまぜ自分がまだ生きているのか・・・はやく死にたい
 そう思った・・・・
「うぐ・・・・がは!」
 口から血が吹き出した
 抑えようと腕に力を込めようとしたが・・・・動かそうにももうその腕はない
「終わりよ!」
 血塗られた剣がリルスの胸を貫いた・・・・
 その瞬間さっきまで噴出した血が嘘のように止まり辺りに飛び散った血がプレシアの剣に集まっていく
「あ・・・・・あ・・・・・あ・・・・・・あぁぁぁぁ!!!!!!」
 死んでいてもおかしくないその身体でリルスが最後の叫ぶを発した
 城のベルがゆっくりとゆらめき綺麗な音を響かせた
 一人の少女の処刑を知らせるかのように・・・・・


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