煌く空、想いの果て 最終話B
[bottom]

 梓と手を握ってやれたのは幼稚園の間だけ。小学生になると女の子と恰好悪いと風潮があり、
 表面上はあいつと仲良くしてあげられなかった。
 でも、家に帰ってからはいつも一緒に手を繋いで遊んでいた。それが俺たちの子供の頃の思い出だった。
 だから、虚ろな瞳で物騒な代物を振り上げている梓は決してよくないのだ。俺が好きだった梓は
 誰かを傷つけることなんて絶対にしていけない。

 足が震える。
 喉が乾く。
 二人が殺し合う金属音が響き合う度に二人が大怪我をしないか身体全体が硬直する。
 手遅れにならないうちに止める。
 臆病な俺は今で終わりだ。
「もう、二人ともやめるんだ!! こんなことして一体どうするんだよ!!」
「先輩(翔太君)は口を挟まさないで!!」
 二人が呼吸に合うように罵声を飛ばす。
 が、そんなもので怯える俺じゃない。
「挟むわぼけぇぇっ!! 二人とも大怪我しないうちに物騒なモノをしまえってんだ。
 てっやんでちくしょう」
「先輩(翔太君)のいうことはてゃんでいだよ」
「お前等の言うこともしゃらくせぇ!! けどなっっ!!」
 二人とも器用に互いの凶器を捌きながら、俺の言葉を敏感に返していた。
 そんな器用の事できるなら、神の一手でも極めておけ。初手は天元なっ!
 と、俺の天然ボケはともかく、二人の少女の戦いは終わる気配を見せない。
「儚さの共に消えなさいっっ!!」 
「やめろっっ!!」
 梓の放った鋸が問答無用に猫乃の両目に斬撃が入った……。

 目蓋から頬へと切り裂いた箇所は勢いよく血液を噴出する。倒れ伏す猫乃に、とどめを刺すために
 鋸を大きく振りかざした。
 だが、梓の思い通りにはさせない。
 慌てて走りだして、猫乃を庇うように両腕を広げて、鋭い視線で梓の憎悪に満ちた瞳に立ち向かう。
「どうして、こんな泥棒猫の事を庇うの?」
 まるで信じられないように梓は乾いた笑みを零して、鋸を振り落とす手を止めた。
「ねえ? 翔太君」
「もう、やめるんだ? これ以上、やってしまうとお前は殺人鬼になっちまう」
「そんな事はどうでもいいよ。翔太君を奪った泥棒猫をこのまま許しておくわけにはいかないよ。
 翔太君の優しい心に付け込んだこの泥棒猫には相応しい死を与えなきゃ。だから、翔太君。
 そこ、どいてね?」

「どかない。お前を殺人犯にしたくないんだ? 今なら引き返せるんだぞ」
「私の大好きだった翔太君がこんな泥棒猫に奪われてから、本当にわたしは生きる価値が
 なくなったんだよ。翔太君こそが私の全てだったから。だから……」
 目に涙を浮かべて、梓は鋸を構えて俺の背後にいる猫乃を狙おうとしたが……。
「せ、せ、先輩。どこですか? 目が、目が見えないんですっ!!」
 猫乃が助けを求めるように首を左右に動かしてオロオロしている。流れている血が痛々しく見えた。

「きゃはははっはっはは。目が見えなくなったの? 泥棒猫に相応しい展開ね。
 胴体を切断して焼いてやろうと思いましたけど、翔太君のお願いだから殺さないであげる。
 殺すよりもこれから光のない生活の方が殺すよりも断然に堪えるもん。
 あなたはもう一生、翔太君の顔を見ることができないし、そんなゴミ虫以下に成り下がった人を
 恋人として扱われることはない。捨てられるわよ。泥棒猫っ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっっっーー!!」
 猫乃の叫びが静かな校内全体に響き渡った。

 それからの事を語ろう。
 狂った猫乃の姿を見て、満足した梓はそのまま姿を消し去った。
 猫乃を殺すという目的は光を失ったことで達成したのか、殺人までは発展しなかった。
 傷ついた猫乃を救急車で病院に運ばれた。担当医者から猫乃の状態を聞くと、

 あの鋸の傷が目にある神経を傷つけたらしく、猫乃は両目とも失明したらしい。
 更に、梓によって放たれた言葉が猫乃の心を見事に壊した。
 精神状態は幼児退化を引き起こし、聡明だった猫乃の姿はもはやない。
「あうあうあう。あにゃ〜」
 まともな言葉も喋れなくなってしまった猫乃。
 その姿はもう俺の事を恋人として健気に好きだと告白してくれた猫乃の姿はなかった。
 猫乃の両親は無責任に俺のせいだと叱咤し、猫乃と俺を引き離した。

 次に病院に来た時はどこか遠い病院に転院させられていた。
 居場所を聞くと患者の個人情報を他人に伝えることはできないと申し立てられ、
 俺は猫乃の看病をすることができなかった。
 そんな感じにあの出来事から一ヵ月の月日が立とうとしていた。
 俺は事件のショックと猫乃の事でこの一ヵ月間学校に通うことができなかったが、
 あの事件の次の日に梓が退学届けを提出して、学校を辞めていたのだ。
 正直、梓が学校を退学していたことに何からのショックを受けている。
 かつて、好きだった女の子をあんな風に壊してしまった事を今でも悔やみながら。

 さあ、今日も何もない一日が始まろうとしていた。

「ホームルームを始めます」 
 担任教師が教壇に立ち、連絡事項を伝えようとしていた時だった。
 教室のドアが乱暴に開かれて、見知った顔が落ち着いた足取りで教室に入ってきた。
 それは学校を辞めてしまった、風椿梓であった。
「風椿。お前はもう学校辞めただろ。部外者は……くぎゃーーー!!」
 梓の鋸が担任教師の心臓を突き刺していた。早業である。
 クラスメイト全員が息を呑むようにあっさりと殺されてしまった担任の姿を見る。
 殺した相手に驚愕の眼差しを向きながら、怯えていた。
 それも、一ヵ月前までは同じ机を並べていた級友なのだから。
「騒がない方がいいよ。今日の朝、この教室に爆弾を仕掛けたんだ。私が持っているスイッチで
 いつでも起爆することができるから」
 薬をやっている以上にイカレた瞳で梓は教室全体に睨みつけた。そのような相手が
 嘘をついているわけがないと皆は察知しているのか。
 おとなしく、梓の要求に従った。

 この日、一人の少女によるクラスジャックが行なわれた。

 机と椅子は警察の突入を恐れたために椅子と机で積み重ねられ、クラスメイトたちを
 梓が事前で用意した縄で互いを互いに縛り合った。
 梓は携帯電話で高らかに警察相手に何かを要求していた。
「全学校の共学を全て取り消し、男子女子別に分ける事。この学校に女という泥棒猫がいたおかげで
 私の翔太君が奪われたの!! だから、」
 と、すでに狂った梓は他の人間が聞いても、意味のわからない要求ばかり高らかに叫んでいるが、
 首を傾げるしかない。
 ただ、翔太君翔太君と連発しているおかげでクラスメイトの俺を見る視線が冷たい。
 このクラスジャックの原因が俺のせいにあるのは確かだ。
 狂った梓を止めることができなかった俺の責任。縛られた縄をほどこうとさっきから努力しても
 無駄に消える。
「おい、水野。風椿さんどうしたんだよ」
 事情も知らない山田がこの状況下にいつもと変わらない調子で俺に尋ねてくる。
「知らん。気が付けばあんな風になってた」
「風椿さんから溢れだしてる黒いオーラは無我の境地なのか? あん」
「いやいや」
「百錬自得の極みか、それとも才気煥発の極み? 」
「たぶん、天衣無縫の極みだと思う」
 興奮している山田はもうあっちの世界にいっちゃったようです。
「うるさいわね。あんた、私の翔太君に話し掛けるんじゃないわよ!!」
 教壇に立っている梓は山田に殺意の視線を向けながら、ゆっくりと歩いてくる。
 鋸の刃の先から垂れている血の雫が落ちる。

「未来永劫、私以外の人間が翔太君に話しかけることを許されないんだから。
 それ以外の人間はこうやってっ!!」
 梓の鋸が山田の肩から下まで躊躇なく切り裂く。
「ぐぎぇぇぇぇぇぇーー!!」
 山田の絶叫と共に俺の顔にまで飛び血が走った。
「み、み、みずの。今日の風椿のスカートの中身は水色だぁぁ!! ぐふっつ」
 あの場面でどうやって確かめたんだと突っ込みを入れるべきなのか、彼の死を悲しむべきのか、正直迷う。

「い、い、い、い、今。翔太君に嫌らしい目線を送っていたでしょっ!!」
 怯えた女子生徒と目線が合ったらしく、梓は鋸で女子生徒の首を飛ばしていた。
「ど、いつも、こ、こ、いつも翔太君を奪う泥棒猫なのよ。翔太君に触れていいのは私だけ。
 見ていいのも触っていいのも、私だけなんだから。もう、二度と泥棒猫なんかに奪われてたまるか。
 あんたたちはここで死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっっ!!」 
 錯乱する梓が縛り付けられている女子生徒たちに凶器の牙を向ける。
 あちこちと散らばってゆく飛び血に皆は悲鳴をあげていた。
「やめろーー!! もう、やめるんだ梓っ!!」
「こいつら絶対に許さない。絶対に絶対に許さない。皆殺しにしてやる」
 スカートのポケットから取り出した起爆装置に手をかけようとしていた。
 この教室のどこかに仕掛けられている爆弾を起爆させたら、このクラスメイト全員爆死してしまう。

 縄に縛られて見動きできない俺は何もすることができなかった。
 狂った瞳でにこやかに起爆装置のボタンを押す梓の姿を最後に、教室は爆音と共に俺の意識は失われた。
 もし、俺が本当につまらない誤解していなければ、こんな惨劇は起こらなかった。
 一緒に手を繋いで歩むことができたはずだったのだ。

 平成○年○月○日
 学園クラスジャック爆死事件。
 かつての在校生である風椿梓容疑者が在席していたクラスに爆弾を仕掛けた。
 クラスメイトたちを人質にして、文部科学省に現在の共学制度の破棄と
 男子と女子を区別する学園制度の要求を行なってきたが、
 風椿梓容疑者は錯乱及び精神状態が正常とは言えずにその要求は却下され、
 憤慨した梓容疑者が仕掛けた爆弾を爆発させた。
 その結果、人質になっていた生徒達が全員爆死して犠牲になり、日本犯罪史に残る惨事となってしまった。
 ただ、惨劇になったクラスの死体の中には、風椿梓らしき死体は発見されることはなかった。
 粉砕した死体の中から風椿梓容疑者を特定することもできなかったのだ。
 それと同じく、担任含むクラスメイト28人の内、27人の死体は確認することができたのが、
 ただ一人だけ、風椿梓の幼なじみである水野翔太君だけの死体がこのクラス内に
 発見されることがなかった。
 容疑者の動機が水野翔太君に固執しているために警察は爆弾を起動させる前に彼を拉致して
 どこかに逃亡したと考え、行方を追っているが未だに確かな手かがりはない。

 ここに奇妙な学園七不思議がある。
 事件後。新たに校舎が作り直された時に出来上がった七不思議である。
 夕方の校舎に一人で残っていると声が聞こえてくる。

 一人は男性の悲鳴。
 もう一人は、女性の喘ぎ声。

 この声の主があの事件で行方不明になってしまった二人だという噂が学園中に流れているが、
 
 真偽は未だに不明である。

 

 (翔太君。これからもずっとずっと一緒だよ)

 

 煌めく空、想いの果て 風椿梓END

 ED: 二人はいずこ?


[top] [Back][list][Next: 煌く空、想いの果て 最終話C]

煌く空、想いの果て 最終話B inserted by FC2 system