煌く空、想いの果て 最終話A
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 殺戮は神ですら止めることができない。
 非力な俺は猫乃と梓の決闘を黙って傍観することしかできなかった。
 普段から学校の問題児の扱いを受けるような行動を起こしている俺でさえ、
 この状況を直視することができない。
 死闘を止めるとならば、あの武器の餌食になってしまう。
 ただ、拳を握り締めて、二人とも無事でありますようにいないはずの神に祈るしかできなかった。
「もらいましたーーーー!!」
 猫乃の武器『正宗』が梓の心臓を貫き。更に深く押し込んでだ。捻りながら、
 愉快な笑みを浮かべている猫乃はすでに俺と交際していた少女の顔ではない。
「死ね死ね死ね。お前なんか死ねばいいんだ!!」
「ぐっぎぇぇぇぇーーー!!」
 悶絶し、正宗の刃を握り締めて手から血を流して梓は引き抜こうとしているのか。
 すでに体に突き刺さった時点で梓の死は確定であった。
 悲鳴に似た断末魔と共に梓は逝き絶えるように倒れこんだ。
 だが、猫乃は手を休めるようなことはしなかった。
 長身の正宗を突き刺しては抜いての行為を繰り返している。

 梓は死んでいるというのに、梓の死体から休むことなく血が様々な箇所から噴出していた。

「あずさぁぁぁっっっーー!!」

 大切だったはずの幼なじみの無残な死体を見て、欝憤していた想いが豪雨のように解き放つ。
 わかっていた。わかっていたはずだった。
 この戦いを放置していれば、どちらかに死者が出てしまうのに。俺はこの二人に恐怖して、
 足が震えてしまっていたんだよ。
「先輩。わたし、やりましたよっっ!! ついにあの女を殺すことができたんです。いっぱいいっぱい、
 誉めてくださいっ!!」
 制服の大半が血塗れになっている猫乃が嬉しそうにこちらに寄ってきた。俺は本能的に
 後ろへと後退していた。
「どうしたんですか? 先輩」
「や、や、やめろ。こっちに来るなっっ!!」
「えっ……」
 思わず動揺の表情を浮かべた猫乃がまるで何を言っているのか信じられないような目で見ている。
 俺は怯えていた。人を一人を殺しているのに、何の躊躇なく笑顔でこちらに駆け寄ってくる殺人者に。

「もう、意地悪しないでくださいよ。わたし、ようやくあの憎き風椿梓を殺したんですよ。
 先輩も本当は殺したぐらいにうざかったはずでしょう?」
「違うっ!! 梓は俺の大切な幼なじみだったんだよっ!!」
 そう、大切な幼なじみだった。俺が誤解さえしなければ、こんな無残に殺され方はせずに済んだ。
 俺がこいつらを止めていれば、誰も死ななかったのに。
「大切なのは、恋人の私じゃないの?」
 恋人……。
 果たして、本当に俺はこいつの事が好きだったんだろうか?
 今になって、あの頃の俺に問い返す。
 正直言うと誰でもよかったんだ。梓の事を忘れさせてくる女の子がいてくれれば。
「先輩?」
 虚ろ瞳が真っすぐに俺を見据えている。その視線を合わせただけで、俺は恐くなって逃げ出した。
 猫乃の顔も、廊下の上で死んでいる梓も全てが恐かった。
「せ、せ、先輩。待ってよっ!!」
 暗闇の廊下を駆ける。猫乃の声が響いて山彦するが、俺は振り返ることなく闇の彼方に消えていた。

 真っ先に警察に電話をして、すぐに学校に来てもらった。
 猫崎猫乃は現行犯として逮捕されて、俺は警察に取り調べで事情をあれこれと聞かれた。
 梓の葬式は明後日に開かれるが、俺は行くこともできずに、ただ梓が存在していたことを
 記憶から消去していた。

 俺の中では過去も未来も現在ですらもいなかったことになっている。
 女子生徒たちが夜の校内で男を巡って殺し合いを行なっているのがマスコミによって、
 過激に報道されていた。
 その渦中にいた俺は何度もマスコミにしつこく追い掛けられ、学校の生徒たちの冷たい視線にも
 耐えきれずに学校を転校した。
 俺の存在を誰も知らない、事件の影もない心の傷を癒せる場所へと逃げ込んでいた。

 

 女子生徒殺傷事件から数十年後。
 猫崎猫乃は罪を償い刑務所から出所する日。
 彼女は復讐の炎に身を燃やし続けていた。

 もしも、あの日、あの場所で違う未来があったとするならば。
 私は大好きな先輩と幸せの一時を過ごしていただろう。
 ちゃんと、二人の間に二人ぐらいの子供がいて、新しく買った新築の家には犬が飼われていて、
 そのまま何事もなく先輩とわたしがおじいちゃんとおばあちゃんになるまでずっと幸せに暮らすという
 本来あったはずの未来。
 そんな未来を私は暗い牢獄でずっと思い浮かべていた。
 学生時代からずっと願い続けていた夢というべきだろうか。
 それは色褪せることなく、どれだけの年数が変わることがなかった。
 
 なのに。
 なんで、先輩は他の人と幸せになっているの?

 刑務所から出所して、まともな職に就くまでに時間がかかり。
 ようやく、貯めたお金で先輩の居場所を探偵に依頼して居所をようやく見付けたのに。
 先輩は他の女と結婚していた。
 あの、風椿梓やわたしの事が全くなかったように他の女と……。

 何の為に猫から人間に転生したんだろうか?
 それもこれも、先輩と結ばれて幸せになるためじゃなかったの?
 己自身に反芻するように問い掛けるが、応える言葉は何もなかった。
 幸せそうな先輩とその妻らしき女と子供が仲良く団欒している姿を悔しそうに見据えながら、
 立ち尽くすしかなかった。

 狂った笑みが零れる。
 そうだ。
 あの風椿梓をこの手で切り裂いた事を思い出せ。
 先輩に他の女がいるなら、奪ってしまったらいいんですね。
 あの女をメチャクチャに切り裂いたあの夜のように。
 殺した時の感触は今になっても忘れることができない。
 わたしから先輩を奪った女の最後の表情はまるでこの世界の終わりのような顔をしていたんだから……。
 あははははははっは。

 覚悟を決めると行動は何もかも早かった。
 私から先輩を寝取った女は探偵から調べさせた情報から、

 あの風椿の親友の『志織』だという。当時の私も先輩の周辺と敵の情報は掴んでいたので、
 その志織の事はなんとか覚えていた。
 まさか、先輩と結婚していたとは一体どこの誰が思おうか・・。
 その二人の間には二人の子供がいる。先輩に似て可愛らしい子供たちだ。
 でも、あの女の血が流れていると本当に頭に血管が詰まりそうになる。
 私が描いた理想の幸せな家庭を築いている光景を見て、心の奥底から抑えきれない衝動が溢れそうになる。

 先輩にはおしおきが必要だね。
 これは復讐。
 でも、先輩だけは生かしてあげる。私は執念深い女だから、この猫崎猫乃の生を捨てても、
 何度でも現世に蘇ってやる。
 その前に復讐を実行することにしよう。

 先輩とあの女の子供を誘拐して、数日間監禁する。あの女が泣き叫ぶ姿に優越感を感じながらも、
 私は躊躇なくその子供たちの首を切り落とした。
 それから、ご丁寧にあの女が一人になる時間帯を狙って、その子供たちの首を配達業者が配達してもらう。

 手紙に、子供たちの命が欲しければ、送られてきた箱の中身を見ろという指示を与えておいたので、
 あの志織は絶対に見ることになろう。
 恐怖に満ちた我が子の成れの果ての姿を。
 せっかくの先輩と愛の結晶をこう簡単に失うとは志織は思ってもいなかっただろう。

 絶望の奥底にこの女を叩き落とすためには手段は選ばない。
 私から先輩を奪った女は地獄に突き落とすに相応しい。
 そう、あの風椿梓のように。
 さてと、そろそろ最後のメインディッシュと行きますか。

 燃え盛る炎がリビングを包む。新築の家のあちこちに火が広がっていた。
 その中にある居間だけは誰も避難もせずにわたしと先輩だけが残っていた。
「ゴホッゴホッ……。おえっっーー!!」
 愛しい愛しい先輩が口から嗚咽を吐き出していた。先程食べたモノの正体を知って、
 先輩は必死に中のモノを吐き出そうとしている。
 そうそう。
 いくら、愛している愛しているという言葉を語っても、世の中はこんなもん。
 所詮は口だけだってことかしら? 私なら喜んで愛している人のためならどんなことでもする。
 ってことは、先輩は最初からこんな女の事を愛してはいなかっんだ。

 私がいなくなってしまったから、その代用品としてあの女が選ばれただけのこと。
 本物の恋人の私が帰ってきた以上は志織は必要ない。
「ゆ、許してくれっっ……」
 縄で身体で縛られて見動きできない先輩が懇願するように怯えた瞳で私を見る。
 そんな瞳で見られただけで、本当に私の心が癒されてゆく。あの頃のように。

「許すも許さないもないですよ。先輩。先輩はずっとわたしとずっと一緒にいるの。
 この永遠の炎に包まれて、二人はずっとずっと一緒にいることができる」
「い、い、いやだ……」
「だめです。これからは私のモノでいてくださいね」
「た、た、助けてくれ……。嫌だ……死にたくない。ちくしょっ!!」
「先輩」
 燃え盛る炎がわたしと先輩を包む。これでわたしたちは誰にも邪魔されることなく、
 もう一度やり直せ……る。
「あ、ああ、つい」
 死は常に平等に訪れる。その先は果てしない闇。無である。

 平成○○年○月○日
 子供誘拐殺人事件の被害者宅が全焼。
 かつて、女子生徒殺傷事件でマスコミの恰好を受けた水野翔太さんのご子息が
 犯人と思われる人物から誘拐され、
 自宅に首だけになったご子息を送られる残虐な行為が先週あったばかり。
 前回の事件の経緯を何も話さずに今回の事件も警察は疑惑の人物だとして水野翔太氏をマークしていたが、

 当の本人はこの火災で焼死体と発見された。もう一人の女性の焼死体は発見されるが、
 その妻の水野志織さんではないことがあらゆる検査と身内の人間の協力で確定。

 その正体不明の女性が今回の誘拐事件及び水野家放火事件に関与したと警察は
 身元不明のまま書類送検することに決定。
 ただ、水野夫人は今回の放火事件の被害者宅から焼死体としては発見されてはいない。
 彼女の姿は全焼した焼き跡から発見されることなく、行方不明者として扱われる。
 あの犯行時間に彼女が水野宅にいることは不明。
 
 水野志織の両親が捜索届けを提出するが、未だに見つかってはいない。
 犯人らしき女性に殺されたのかも不明。

 水野志織の死体はどれだけ探しても見つかることはなかった。

 

 

 あははははっははははっっっははっはははっはははっははっははは
 あはははっはははっはははっはははっはははっはははっははあは
 (BGM 女性の声)

 煌めく空、想いの果て  猫崎猫乃END

 ED 死体はどこへ行った?


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