煌く空、想いの果て 第7話
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 第7話『鮮血・鮮血・鮮血』
 あのメールを見て、私は目障りな猫崎猫乃をこの手でバラバラにしたい衝動にかられていた。
 いや、誘惑に乗ってしまっていた。だって、翔太君と恋人関係にいる猫乃と表面上とはいえ、
 言葉を交わさなければならない。
 本音では絶対にそう思ってもいない白々しい言葉があの泥棒猫の口から出てくると考えるだけで
 耳が腐りそうだよ。
 それだったら、さっさと殺して、翔太君を私だけモノにした方がてっとり早いでしょ。
 うんうん。
 どんな勝負の世界でも勝者の椅子は一つだって決まっているんだよ。
 相手がその椅子に座っているなら、惨殺してでも奪ってしまえばいい。
 恋愛は命懸けの決闘。死と隣り合わせの戦いと言ったもんだ。そういえば、この鋸を買ってから、
 心が晴れ晴れして気持ち良すぎてたまらない。
 もう、こうやって握り締めているだけで何でもできる気がしてしまう。
 待っていてね。
 今、おいしい血を飲ませてあげるから。

 猫崎猫乃は居残り課題をやっているとメールに書かれていた。
 私の予想では学校内のどこかにいるはずなんだけど、すでに職員室は閉められて教師連中は
 帰っているらしい。
 だったら、すでにあの女は下校しているのか? いや、それはない。
 裏門から侵入して、昇降口から忍び込んだ。ちゃんと、下駄箱で猫崎猫乃の下靴があるのは確認済み。
 生徒一人がこの時間まで居残りをするのは物騒かもしれないけど、これは私にとっては神様がくれた
 チャンスだと思えた。
 ここで猫乃を惨殺しても、怪しまれるのはこの時間まで生徒を残している学園側に非があり、
 校内に侵入してきた変質者の犯行だとして片付けられる。
 ふふっ……。
 やれる。思い切りやれるわっっ!!
 
 さてと。
 わたしは明かりがついている部屋を下の階から見上げていた。
 あそこに泥棒猫がいる!!

 すでに暗闇に染まりきった校舎はわたしと猫乃しかいない。
 早歩きで廊下を歩いて、奴がいる教室の扉を静かに開けた。

「ね、猫崎猫乃っっ!!」 
 キャンバスに何かを書いていたようだけど、私は何も気にすることなく、
 この世界でもっとも憎い女の名前を大声で罵声して走り出す。
「う、うにゃ……?」
 椅子に座っている猫乃が振り向いたが、遅い。私はすでに間合いに踏み込んでいる。
 鋸を両手持ちで上から力一杯に振り下ろす。
 これで決まったはずだ!!

 もっとも憎い女、風椿梓が扉を開けてくると3ー4メートル程度の間合いをたった一歩で踏み込んできた。
 予想外の襲撃に私は反応すらできない。彼女の得物が私の首を狙うように真っすぐ一閃するはずであった。
 だが、振り向いた時に焦っていた私は足を踏み外して、あの女の一撃の軌道上から逃げるように
 こけていた。
「ちっ……」
 外したと思ったのか、2、3歩と後退して、鋸を突くような構え方をしている。
 私は現在の状況をまるで把握していない。頭は真っ白になってパニックを起こしていた。
 まさか、私を殺しに来ようとは一体どこの誰が思うんでしょうか?
 ふと、私は先輩に送る肖像画の事が気になって、危険を顧みずに後ろを振り返った。
 
 あれ?
 なんなの、これは?
 あれだけ頑張って仕上げた先輩の肖像画はさっきの一撃で先輩が微笑んでいる顔が見事切り裂かれていた。

 許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。許さない。
 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
 許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 許さないっっっっっっっっっーーーー!!

 頭のどこがぶっちんと音を立ててキレた・
 私の唯一の拠り所を無理矢理殺して奪ったくせに、現世まで私の大切のモノを奪うんですね。
 だったら、今度こそは容赦しない。
 今は猫じゃない。体格もだいたいと同じだから、何の抵抗もせずに殺されたりはしない。
 殺すという憎悪に関しても、あの女とはすでに同等のつもりだ。
 周囲を見渡して、あの女と同等の武器を探した。鋸よりも殺傷力のある武器が欲しくて欲しくて
 たまらない。

 

 そういや、隣の教室に日本刀が置いてなかっただろうか。この美術室の教師は日本刀マニアで
 バレないように真剣を隣の準備室に飾っていると話を聞く。
 しかも、その刀はある伝説のソルジャーが愛用した『正宗』だと聞く。詳しいことは知らないが、
 それがわたしの後ろの扉に置いてあるってことだ。
 あの女が様子を探って、間合いをとっている。動きがあれば私を問答無用に切り裂くことだろう。
 鋸は刃がギシャクシャしているから、あれに切られると傷が後に残ってしまう。
 あの陰湿の女が考えそうなことだ。
 とはいえ、このままでは私は無残に殺される。

 瞬発力、動態視力は前世が猫だった私が有利。後ろを振り返って。
 私は猛ダッシュで準備室に向かう。僅かに反応が遅れたあの女も追い掛けようとするが、
 わたしの方が断然早かった。ドアのノブに手をかけると急いで鍵を閉めた。
 真っ暗の部屋の中、月の明かりに反射して輝く一つの刀に目が映る。
 鞘に入りきらない程、長い刀身は通常の刀よりも長く、一人の人間が決して扱えることができない程に
 大重量でさえあった。こんなもん、何で美術室に置いてあるという疑問などなかった。
 すっかりとこの刀に魅入られてしまった。刀の鞘を掴むと少女である私の細い腕でも持てないはずの
 刀が持ち上げることができた。思わず、ほくそ笑む。

 さあ、始めましょう。
 一人の男の子を奪い合う、命懸けのゲームを。

 私はもう一つの美術教室の扉から抜け出し、廊下に出た。
 暗闇の廊下は私が猫であり、夜行性だったために視えている。

「さあ、風椿梓。あなたの望み通りに殺し合いましょう!!」
 広い場所で充分に戦える場所に相手を引き寄せる。梓はすぐに廊下に出て、鋸を構えている。
「そうだね。あのあなたが書いた醜い絵のようにバラバラに切り裂いてあげるわ!!」
「大切な先輩の肖像画のことか!!」

 全ての努力を無駄にした女に殺意のこもった視線で睨み付ける。
 もはや、互いに言葉はいらない。
 憎い相手をこの世から消し去るためだけにこの場にいるのだ。
「死んじゃえーー!!」
 離れていたはずの距離を一瞬にして埋める風椿梓の身体能力に驚きながらも、
 わたしは正宗を振り回していた。
 カチン。カチン。
 互いの武器が重なる金属音が深淵なる廊下に響き渡った。

「きゃっはははははは」

 狂った笑顔を浮かべて、あの女の笑い声が五月蝿い。すでに正常の人間のものではない。
 狂気を犯された殺人者。
 ファナティック。
 愛ゆえの狂信者。

「し、翔太くんのために、ど、ど、泥棒猫をこ、殺すわっ!! ふふふふはははは」
「いい加減にしてください」
 わたしの込めた必殺の一閃。
 それをたやすく受け止める風椿。すでに同年代の女の子の身体能力を大きく上回っている。
 長期戦になってしまうと、こちらの体力がもたない。
「きゃっははっはっははっは。死ね死ね死んでよっっっっっ!!」
 笑い声と共に鋭い乱撃が襲いかかってくる。

「いっ、」
 鋸が肩を擦った、その痛みが私の集中力を奪ってしまう。
「よ、よ、よ、よ、くもやってくれたわね!!」
 正宗が咆哮するかのように神速の一撃が風椿の胴体を切り裂いた。
 散らばってゆく血をわたしも浴びるが、あの風椿に相当のダメージを……。
「あはははっははははは」
 切り裂かれた場所を気にすることもなく、ただ笑っていた。その呆然としていたことが
 隙になってしまった。風椿の鋸が迫っていた。

「約束された勝利の鋸(泥棒猫虐殺闃)ーーーー!!」
 必殺技なのかは知らないが、高らかに叫んで、わたしの首元を振り下ろすように切り裂いた。
 あの女よりも血があちこちに飛び出している。
 これはさすがに激痛を通り越して、正直ヤバイ……。だが、私は倒れることもなく、
 正宗を構えていた。そう、すでにわたしもあの女のように肉体が精神を凌駕し始めている。 

 こちらも奥義の一つや二つお見舞いしてやらないといけませんね。
 正宗を構えようとした時。私たち以外の足音が聞こえてきた。

「もう、やめるんだーー!! 二人とも!!」
 この戦いを一番見られたくない先輩の姿がそこに在った。

「一体、何をやっているんだ。お前等は!!」
 狂った梓を追い掛けて、学校まで無我夢中に走っていた。
 猫乃が殺されることを阻止するために、惨劇を止めようとしていたのに。
 すでに遅かった。
 猫乃と梓は互いに凶器を持ちだして、殺し合っている。
 すでに両者が致命傷だと思われる箇所から信じられない程の血が出血している。
 このまま、殺し合っていたら二人とも出血多量で死んでしまう。

「何で殺し合っているんだよ。意味がわかんねえよ」
「翔太君。今、あなたを惑わす泥棒猫を殺してあげるから。そこでおとなしく待っていてください」
 壊れた笑みを浮かべて、いつもと変わらない調子で俺に語りかける梓。
 だが、俺の知っている梓はもうここにはいない。ただ、狂気に犯された殺人快楽者に変わりつつある。

「先輩。大丈夫です。この私が守ってみせますからね!!」
 可愛らしい声で言う猫乃も梓と同じく壊れていた。そう、虚ろ瞳で語りかける仕草は
 俺の体全体を凍えさせてしまう程に。
「泥棒猫が私の翔太君に喋りかけるなっっっっ!! 耳が腐るんだよっっっ!!」
「その言葉、あなたにお返ししますよっっっつ!!」

 二人が駆け出す。
 奔る刃、流す一撃。
 互いの技量は常に互角。斬り合う二人の姿に見惚れていた。
 一体、同世代の少女たちはいつ人外を超える領域に辿り着いてしまったのか。
 恋する乙女の想いに限界はない。常に想いの果ての上限を目指し、好きな異性のために
 己を犠牲にしてまで、外敵を排除する尊く儚い強い意志。
 それが彼女らの根源衝動であるのか。
 不意に俺は思う。
 二人の少女の血を流している根本の原因は俺の勘違いであること。
 あのとき、勘違いをして梓を避け続けていなければ? 
 猫乃と付き合わなければ、この惨劇は起こらなかったのでは?

 と、夢想してしまう。
 だが、もう遅い。
 あの老婆の企み通りに惨劇を起こってしまっている。梓が猫乃を虐殺するまで
 この死闘は終わる事なく続く。

 ならば、俺にできることはないのか!?

 分岐ED

 

 1・このまま、傍観する。(猫崎猫乃END)

 2・二人を止める。(風椿梓END)

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