煌く空、想いの果て 第6話
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 わたしはキャンバスと一生懸命睨めっこに没頭していた。
 すでに誰もいない美術教室で居残りの課題を仕上げるため。
 とっくの昔に下校時間は過ぎていて、周囲の風景はすでに陽は落ちており、暗闇が世界を覆っていた。
 猫乃は大好きな先輩のために頑張って課題を仕上げてるんですよ。
 その課題は肖像画を描く。相手は誰でもいいので、クラスの人間か親や友人など
 いろいろな選択肢があったのに私は先輩を描くことに決めた。
 先輩の顔なら、見なくても描けます。でも、先輩を描くと決めたからこそ、
 全ての工程において丁寧に描きたかった。
 それで他の子よりも時間がかかって、居残りするはめになっちゃったけど。
 その分、やりがいのある事だと私は思う。好きな人を想い浮かべて描く事は私の胸に充実感で一杯になる。
 この作品が完成したら、真っ先に先輩に見せよう。先輩は喜んでくれるかな。
 猫崎猫乃作『愛する人』を捧げるイメージを浮かべるだけであっちの世界の住人になりそうで恐いです。
 でも、今思うと先輩と恋人関係でいられることは不思議にならない。

 

 いきなり、ここで告白しますが、実は私は猫なんです。

 

 そう、猫崎猫乃は私が猫だった時を意味する名前。
 先輩に出会った日、そのとき私は猫だった。

 学校帰りに先輩は私の頭を優しく撫でて、餓えていた私に餌をくれた。それが日課になっていて、
 私はいつも餌と頭を撫でてくれる男の子の事が好きだった。
 だから、彼の下校時間になると決まった場所に行き、彼が来るのを待っていた。
 それが猫にとって、最上の幸せであった。野良猫に優しくしてくれる人間は今までいなかった。
 この男の子だけが私に優しくしてくれる。温もりをくれる。
 その人間が好きで好きでたまらなかった。
 でも、所詮は人間と猫。結ばれるはずもなかったが、先輩が傍に来てくれるだけで満足だった。
 そう、満足だったんです。

 あ、あ、あ、あ、あ、あの女が邪魔さえしなければ。
 今も忘れはしない、あの女の顔。
 風椿梓。

 いつものように待っていた私に、殺意の視線を向けた女がやったこと。

「翔太君が餌をくれるから、勘違いしないでよ野良猫……。翔太君は私にだけしか
 優しくしないといけないんですから!!」
 猫の首をぎっちしと掴んで、尋常なる圧力で絞めてゆく。

 苦しい、苦しいよ。やめてよ。
 助けて……。
 猫は泡を吹いて、失禁してゆく。
「あはははははは。死んじゃったの。でも、猫さんが悪いんだよ。わたしの翔太君を奪おうとしたから。
 これに懲りて、来世も翔太君に近付かないことね」

 その言葉は聞こえなかったが、嘲笑した笑みは私の瞳に焼き付けられていた。

 死んだと思われた私は次に目が覚めた時は人間の女の子になっていた。
 そう、生前の死の記憶と人間である猫崎猫乃の統合人格の元で生まれ変わったのだ。
 あの愛しい人がいる時代にと。
 何より嬉しかったのは、人間に生まれ変わることで私は翔太君と結ばれることができる。
 彼の赤ちゃんを産むこともできるのだ。
 そして、もう一つ。

 憎々しい風椿梓に復讐できることだった。あの女が大切にしている人を私が奪い、
 永遠の敗北を突き付ける。
 それが私の描いた理想のシナリオだった。
 だから、先輩とあの女がギクシャクした関係にどれだけ私が喜んだでしょうか。
 傷心した先輩を癒すために下駄箱にわたしは精一杯の想いをラブレターに込めた。
 先輩が屋上に来てくれた時、どれだけ胸がときめいたことやら。
 そして、交際してくれると言ってくれた時は私は心の中で感涙した。

 

 狙い通り!!

 これで風椿梓を完璧に下すことができた。もう、先輩は私だけモノだ。絶対に離さないし、
 傷つけることもしない。
 私の完全勝利だ。

 このキャンバスを完成させて、今宵は先輩に抱いてもらう。
 これで王手ですよ。風椿梓。

 筆をとって、色の色彩を丁寧に塗っていく。難易度の高い技術はいらない。
 わたしの想いをキャンバスに込めるだけ。大好きな先輩を愛している私の純白な心は絵に描かれてゆく。
 常にイメージするのは理想の先輩。描き上げる前は真っ白な用紙が魔法のように
 一人の男の子の肖像画を描いていた。
「よし、これで完成かな」
 えへへとにこやかに頬が緩んでいた。これで先輩を見せて誉めてもらうんだから。

 一人、妄想に酔う私は気付かなかった。
 暗い廊下から静かに聞こえるが、重々しく響く足音を。
 それは一歩一歩と近付いていることさえも。
 ただ。
 私の中で笑ってくれている先輩の肖像画が告げていたかもしれない。
 ここから逃げろと。


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