Bloody Mary 2nd container 後日談3
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「あーうぅー……」
 昼食の時間のピークがすぎ、閑散とした宿屋の食堂にて。
 机に突っ伏して呻き声を上げる、銀髪の女性がいた。
 今現在、彼女の心の色はブルー。もう真っ青。
 まぁ、朝起きたままのボサボサの髪、何処を見てるのか解らない虚ろな瞳を見れば、
 普段の彼女を知っている者なら誰でも容易に推測できることではあるが。

 彼女がここまで落ち込んでいるのには一応のワケがある。
 なに、大したことじゃない。第三者にとっては取るに足らない、とても些細なことだ。
 …些細なことではあるのだが、当の本人には再起不能になるほど重大なものであるらしい。

「う〜……あの背伸びロリロリ王女め〜。
 早朝からウィルをデートに誘うなんて……。ウィルは私のなのにぃ…」

 もうお分かりだろうか。
 この御仁、マリィ元騎士団長様は“背伸びロリロリ王女”に意中の人を連れ出され、
 大変ヘコんでおられるのだった。
 今日は私に付き合ってもらおうと思ってたのに、だとか。
 多分今日は日が暮れるまで帰ってこないだろう、とか。
 今、二人が何をしているのかetcetc・・・を考えると料理も喉を通らないようである。

 と、そんな彼女の横を通り過ぎる能面を被ったウェイトレス。
 いや違った。ウェイトレスと言っても着てるのは女中服だし、
 能面についてもただ表情が全く変わらないだけだった。
 ……マリィの旅の仲間、シャロンである。

「ベイリン様、パスタ入りミネストローネでございます」

 シャロンは、だらしないマリィをちらりと横目で見ながら、
 隣のテーブルで注文の品を待っていたベイリンの前に、料理を置いた。

「おぅ、サンキュー」

 さっそく件の料理をすすり始めるベイリンを尻目にシャロンは
 未だ腑抜けた声を上げるマリィの隣に立った。

 

「マリィ様、いつまで不貞腐れているおつもりですか。
 そろそろ身だしなみをきちんとなさってください。
 そんなお姿をウィリアム様が見れば千年の恋も冷めるというものですよ」

 諭すように叱りつけるシャロンだが、一方のマリィはぶぅ、と頬を膨らませて。

「シャロンさんまで私をイジメるんですか?
 酷いです、私はただウィルと一緒にいたいだけなのに」

 本来、その顔は駄々をこねる少女のようで可愛らしいものなのだが。
 如何せんボサボサの髪のせいで、ただの生臭な女性にしか見えない。

「嬢ちゃん。駄目だぜ、そんなことじゃ。手が空いてるなら剣の手入れでもしたらどうだ?
 なぁ?マリ――――――――シャロン」

「ベイリン様の言うとおりです」

 ベイリンもシャロンに助け舟を出すが、結局はますますマリィを不機嫌にさせるだけだった。
 バタンと突然立ち上がり、一声。

「もういいですっ!こうなったら呑んだくれてやるっ!」

 やさぐれ宣言をした後は肩を怒らせながら食堂を去っていった。
その後ろ姿を見て、誰が彼女を救国の戦姫だと思うだろうか。全く情けないことこの上ない。

「やれやれ…」
 肩を竦ませてため息をつくベイリン。

「マリアンヌ、追加注文頼めるか?」
 既にミネストローネを脅威の速度で平らげていたベイリンはシャロンを見ながらそう言った。

「ベイリン様。私のことはシャロンとお呼びください、と以前申し上げたはずですが」
 いつも無表情のシャロンにしては珍しく、少し不機嫌そうに眉根を顰めている。

「かっかっかっ!いいじゃねぇか、ウィルたちはみんな居ねぇんだし。
 それに、お前に様付けで呼ばれると鳥肌が立って仕方ねぇ」

 ベイリンのその一言で、ますます不機嫌そうな表情になり。
 不意にシャロンを取り巻く雰囲気が変化した。

 

「五月蝿いわね。私だってあなたなんかを敬称したくないわよ」

 高圧的な態度でベイリンを見下ろすシャロン。
 その変わりようは普段の彼女の姿からは想像し難い。

「うぉっ!?本当に凄ぇ猫の被りようだな」
 ベイリンは今の彼女の態度を見たことがあるらしかったが、
 それでもその変わり身の速さに驚いた。

「別に猫被ってるわけじゃないわよ。
 これはこれで都合がいいの。いろいろ自制できるから。
 ま、最近はもう演技なのか二重人格なのか解らないくらいシャロンのままだけどね」

 肩を竦ませながらやれやれ、とさっきのベイリンの真似をする。

「――――――ところで、ベイリン。
 アリマテアで渡した、モルドの契約書。役に立ったみたいね」

「おかげさんでな。一時はウィルも相当落ち込んでたが、何とか持ち直したみたいだな」
 少し誇らしげに話すベイリンの笑みは、息子の成長を喜ぶ父親のそれだった。

「当然よ。ウィリアムはあんなことで駄目のなるような人間じゃないわ」
 こちらはこれでもかと言うほどに誇らしげだ。

「よく言うぜ。むちゃくちゃ心配してたくせによ」

「うっ、うるさい!ウィリアムのことは私が一番よく解ってるのよっ!」
 突っつかれながら茶化されると、シャロンの顔は茹蛸のように真っ赤になった。
 どうやら今の彼女は冷やかされるのにとんと弱いらしい。

「だいたいどういう風の吹き回しだ?ウィリアムとは離れて見守るんじゃなかったのか?」
 真剣な表情に戻ったベイリンにバツが悪くなったのか、目を逸らすシャロン。
「………我慢、できなくなっただけよ」
 恥ずかしそうに。注意していなければ聞き取れないほどの声でそう返答した。

「……そうか。そこんところはオレも賛成だからいいんだけどよ。
 それでもやっぱりウィルに何も話す気はないのか?」

 痛いところを突かれた、とシャロンは眉間に皺を寄せる。

 

「―――――ないわ。それだけは絶対あり得ない。
 言わなくていい、ウィリアムにとっては知らなくていいことよ。
 余計な問題を抱える必要なんてない。……あんなの、彼の幸せには邪魔なだけ」

 決意は固いようだが、それを話すシャロンの顔はどことなく辛そうだった。
 ベイリンもなまじ彼女の事情を知っていたので、『さて、どうしたものか』と
 腕を組んで嘆息した。

「オレがとやかく言う問題じゃねぇが……やっぱり―――――」

「やめて」
 ベイリンの声を途中で打ち切った。辛そうな表情ではあったが、彼女の目に迷いはない。
 そんな顔をされてしまっては出しかけた言葉も飲み込んでしまう。
 結局シャロンの気持ちを汲んで、ベイリンはそれ以上何も言わないことにした。

「……お前がウィルの傍に居るならオレも多少安心できるってもんだし、別に構わねぇけどな。
 あーあ。オレもトシだねぇ。こりゃ迎えが近いのかもな」
 ベイリンのいつもの癖―――――重い話の後は冗談を言って場を和ませる。
 ただいつもと少し違うのは、最後の部分がやや冗談ではないかもしれない、
 という危惧が彼の中にあった。

「あら。“ニ太刀のベイリン”が弱音かしら?本当に年なんじゃないの?」
 ベイリンの気遣いに感謝しつつ。
 シャロンはほんの少しだけ顔を綻ばせた。

「……るせっ」
 肘を突いて不貞腐れるベイリンに背を向け。

「―――――ウィリアムのことは心配しないで。ちゃんと私が見ておくから」

 そのまま厨房の方に去って行った。

 

「……………」
 そのシャロンの背中を見送ってから、ベイリンはふと思った。

 

 ――――――――――追加注文まだ頼んでねぇんだけど。


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