Bloody Mary 2nd container 最終話B
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「おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……」
 虚脱感で自分が何してるのか解らない。
 なんとなく、一室にみんなが集まってるのだけは霞がかった頭の隅で理解していた。

「ウ、ウィリアムっ!?どうした!?」
 誰かが俺の肩を揺さぶっている。……うぅ。誰?

「おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……」

「しっかりせよ!」

 ぱんっ、と頬を張られて、やっと意識がしっかりしてきた。

「あ、あれ?俺、いったい…………姫様…?」
 きょろきょろとまわりを見渡すと、
 団長やシャロンちゃんも合わせた四人でひとつのテーブルを囲んで座っていた。
 どうしてみんな集まっているのか状況が把握できない。

「何があったのじゃ、ウィリアム」
 さっきまでの俺の様子が余程おかしかったのか、恐る恐るこちらの顔を覗き見る姫様。

「えっと、確か……」
 ノイズの酷い記憶を辿りながら、これまでの経緯を思い出す。
 朝起きたら、団長と姫様に襲われて……凄く気持ちよくて。
 ええと、それから射精したモノがシャロンちゃんにかかっちゃって――――――――あ。

「う、ううぅ………おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……」
 恐怖が。死臭漂う戦場ですら味わったことのない恐怖がぶりかえしてくる。

「しっかりせよ、ウィリアム!!シャロンに何されたのじゃ!?」

 とても言えない。
 まさかシャロンちゃんの部屋に連れて行かれた挙句、
 俺の■■■を■■され、■■■■させられたかと思えば、さらにシャロンちゃんの■■が
 俺の■■■を■■■■し、最後にはその■■で■■■■■かのように■■されたなんて。

 言える訳がない。

「おっぱい、恐い……おっぱい、恐い……」
 うわ言の如く呟いて必死に心が潰されないように耐える。
 そうでもしないと裸でオークニーを闊歩してしまいそうだ。

「シャロンっ!」
 姫様の追求の目がシャロンちゃんに照準を合わせ。
 その瞳から目を逸らすようにこちらを見つめる女中服の大魔王。

「軽く注意させて頂いただけです。……ですよね?ウィリアム様」
 シャロンちゃんががががが俺の肩にににに手を置いたたたたた。

「ひぃっ!!?」
 驚きのあまり寿命が五年縮まった。……というか今一瞬死んだ。

「なっ、何したんですか、シャロンさん!?ウィルの怯えようはただごとじゃないですよっ!?」
 団長が椅子を蹴って立ち上がる。

「ダイジョブ デス。ダンチョウ。オレ ナントモ ナイ」
 とりアえず、誤解ヲ解いてオかナイと。なにもナいかラ、オチついテくだサい、団長。

「どうして片言なんですかっ!」

「いや、ホントに大丈夫ですから。それよりも何でみんな集まっているんでしたっけ?」
 おもいっきり話題を逸らした。そうでもしないと俺の身が危ない。あ、あんなのは二度とゴメンだ。

「そろそろ備蓄が切れる、という話でございます」
 よし、シャロンちゃん!ナイスフォローッ!!このまま一気に―――――――

「ウィリアム、やはりシャロンに何か脅され……」
 

「お願い!話を蒸し返さないで!俺のために!!」

 

 

 …………閑話休題。

 

「…で、みなさん。
 いい加減我が家の家計が火の車です。みんなの知恵を絞って何か打開策を練りましょう」

 ばん、と机を叩いて俺はみんなを見据えた。

「そりゃそうでしょう。ウィル、あなたが悪いんですよ。
 慈善事業でもないのに依頼を破格の値段で引き受けてばかりいるから」
 最初の意見はえらく俺に風当たりの強いものだった。言ってることに間違いはないが。

 

「おかげで街の者の中には"ハーレム"をボランティア団体か何かと勘違いしてる者もおる」
 更に姫様が追撃。

「いや、だって……困って此処に来た人たちに『金がないなら帰れ』なんて言えないでしょう」
 それに。
 これは完全な自己満足ではあるが、人助けが俺の償い方のひとつでもあると思っている。

「だからってこっちの首が回らなくなったら元も子もありませんよ」
 ……仰るとおりです。

「と、とにかく!
 これまでのように仕事を受けていては今月分の家賃すらヤバイことになりかねません。
 ですので、このピンチを乗り切る起死回生の案を募集します」

 マローネが此処を発ってからおよそ半年。
 俺たちはオークニーのとある一角で何でも屋を営んでいた。

 何でも屋"ハーレム"。
 迷い猫捜しから要人の護衛まで来る者拒まず仕事を引き受けていたおかげか、
 街の中でも俺たちの存在は有名だ。
 やはり安価な報酬で仕事をしているのが好評らしい。オークニーでは困ったら
 此処に来るという人も少なくないようだ。
 まぁ、別の意味でも有名だが。
 ちなみに、店の名前である"ハーレム"の命名は約一名の反対を除いて全会一致で決まった。
 皮肉が多分に含まれていることは想像に難くない。……とほほ。

 その"ハーレム"が安価で仕事を請け負い過ぎたせいで、今看板を畳む危機に陥っているのだ。
 今日中に何とかしなければ本当に冗談ごとでは済まされない。…なんとかしなければ。

 ……召集をかけたのはいいけれども。
 無情にも時間だけが過ぎていく。

 四人集まれば何かいいアイディアが浮かぶと思ったんだけど。

 団長は「うーん」と天井を見つめながら、一生懸命考えてくれている。
 シャロンちゃんは黙々と林檎の皮を剥いていた。あの、林檎はもういいから…
 シャロンちゃんも何か考えて。
 姫様は……胸の前で両の手の平を合わせて、そこにぐっ、ぐっ、と断続的に力を込めていた。
 何やら「これで本当に胸が大きくなるんじゃろうか…」とか呟いてる。

 これはもう駄目かも…。

 

「……おっ、俺は何か羽振りのいい仕事がないかジュディスさんに訊いて来ます!
 みんなも何かいい案があったら帰ってきたときに教えてください」
 あまりに居た堪れなくなったので、俺は逃げるように家を飛び出した。

 家を出るときの俺を見る皆の視線が冷たかったような気がする。
 えぇ。そうですよ。全部俺が悪いんですよ、こうなったのも。

 "ハーレム"から程近い場所にある酒場。俺はそこに足を運んだ。
 街でも結構な賑わいを見せている場所だ。
 その酒場はさっき言っていたジュディスさん―――
 俺たちに家を貸してくれている人なのだが―――が経営している店で、
 彼女にはちょくちょく仕事を紹介してもらっている。

 今回もジュディスさんを頼るというのは全くもって遺憾であるが…背に腹は代えられない。
 俺が此処で踏ん張らねば皆が餓死してしまうのだ。

「……というわけで何かいい依頼は来てませんか?」

「ウィルちゃん、かっこ悪いわよ」
 グラスを拭きながら、いつものにこにこ顔で一笑に伏された。

「うぅ……でも本ッ当〜に何とかしないと、ジュディスさんに家賃も払えなくなっちゃいます…」
 ジュディスさんに家賃を払うために当の本人に仕事を紹介してもらうというのは、
 確かにかなりアレではあるけど。

「私はそれでも構わないんですけど。ウィルちゃんの身体で払ってもらえばいいんだから」
「それは堪忍してください…」
 終始変わらぬ笑顔が恐すぎる。そんなことになったら一体何されるか…
 第一、団長たちが黙ってない。実際にそうなったときの光景を想像して、俺は身震いした。
 この人、いつもニコニコしてるけど腹の底では何考えてるか解らないしなぁ…。
 俺はとんでもない人物に関わってるんじゃないかと今頃になって思う。

 

「家賃もそうだけど、マリベルちゃんのお月謝も二ヶ月分滞納してるわよ」

「あ……」
 そうだった。そっちは完全に忘れてた。
 借家や仕事の紹介だけじゃない。この人には姫様に護身術を教えてくれている。
 例の誘拐事件が原因なのか、姫様が身を守る術を身に付けたいと言い出した。
 姫様は刀剣類を嫌う傾向があったので、剣技専門の俺たちでは教えられることに限界がある。
 やれどうしたものか、と困っていたところを快く引き受けてくれたのがジュディスさんだった。
 何でも昔、極東地域出身の人物に格闘技を習ったのだそうだ。
 まさにうってつけということで、酒場を閉めた後、姫様に護身術を教えてもらうことになった。
 ジュディスさんにはタダでいいと言われたのだが、それだとあまりにもおんぶに抱っこなので
 月謝制で代金を支払っている。

 兎も角、家賃の上にそれが上乗せとなると益々ヤバイ。

「もしかして……忘れてた?」

「い、いえいえ!滅相もありませんっ!そそ、それより依頼は…?」
 雲行きが怪しくなってきたので、話の方向を元に戻した。
 期待しながらジュディスさんが依頼文のリストに目を通しているのを見守る。

「…そうねぇ。西地区に住んでるエリザちゃん(9歳)が
『犬を飼いたいんだけどママに反対されて困ってます。どうかママを説得してください』
 っていう依頼が来てるわね」
 リストに目を通しながら依頼文を読み上げていく。
 また…なんというか…その、ほのぼのした依頼内容だな。いや、まぁそれはいいとして。

「……えと、報酬は…?」
 まさか9歳の幼女に多額の報酬は期待できないだろうが、念のため訊いてみた。
「えーと、どれどれ……
『成功した暁にはあたしと一日デートできる権利をプレゼントしちゃいます。
 優しくエスコートしてね(はぁと)』……だって。
 まぁ、ウィルちゃんモテモテね」

「………」
 ガク。
 今まさに、仕事を選ばずに引き受けてきたツケが俺に圧し掛かっていた。
 よくよく考えれば最近はこんな依頼ばっかだった。
 こ、子供の依頼なら後で団長にでも頼もう……あの人、子供好きだし。
 今はそれよりも俺たちを潤してくれる仕事を受けないと。この際報酬を奮発してくれるなら
 3Kな仕事でもいい。

「ほ、他には何か来てませんか……?」

「今来てる依頼はそれだけね」
 僅かな期待を胸に尋ねる俺を余所に、ジュディスさんは死の宣告を下した。

「…さいですか」
 あまりに絶望的な状況に頭痛を禁じえない。
 とうとうジュディスさんの毒牙にかかる日が現実味を帯びて迫ってきた。……し、死ねる。

「…まあ、これでも飲んで一息ついたら?サービスにしとくから」
 がっくり項垂れる俺に気を遣ってか、目の前のカウンターに珈琲を置いてくれた。
 礼を言うことも忘れ、それをちびちび飲み始めながら思う。

(お、終わった……)

 

「私の方は別に待ってあげてもいいんだけどね。
 でもウィルちゃん、このままじゃ食費だって危ないでしょ?」
 ジュディスさんがいつもの笑顔をやや苦笑いに変え、そう言った。

「全くもってそのとーりです……」

「なんなら領主様に頼んでみたらどうかしら?ロット伯なら何だって仕事くれるわよ?
 ウィルちゃんのことも買ってるみたいだし」

「あー…いや、それは……」
 ジュディスさんの提案は最もなのだが、俺はとても乗り気にはなれない。
 と言うのも、ロット家は今の俺にとっては鬼門中の鬼門だからだ。
 いや、ロット伯は領主としても人間としても非常に出来た人物なので、それは問題じゃない。
 ……問題は"彼女"なのだ。
 暇を見つけては団長たちを焚き付けて騒動を起こし。
 またある時は、姫様に悪知恵を吹き込んで団長とバトルさせ。
 団長たちが俺を取り合う様を傍観して悦に浸る、超要注意人物。
 そういう女性がロット家に巣食っているのだ。とてもあの家に近づこうとは思わない。

「そう、それが問題だ」
 珈琲をすすりながら独りごちた。
 今のこの状況で彼女に会えば、どんな災難が降りかかるか解ったもんじゃない。
 ロット伯に助けを求めることは彼女の災厄を甘んじて受けることと同義なのだ。

 

「それじゃあ、どうするつもりなの?」

「みんなで分散して適当にバイトでも探してみます。当座はそれで凌げるでしょう。
 ――――――でも…」
 一区切りして嘆息。その後はただの愚痴だった。
「………高額報酬の仕事、どこかに落ちてないかなぁ……」

 嗚呼、我ながら情けない。
 自嘲しながら再び珈琲をすすり始めた途端。

 ――――――バタンッ

 …と勢いよく酒場の扉が開け放たれ。

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

 

「ぶふっ!!?」
 珈琲吹いた。


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