Bloody Mary 2nd container 第20話A
[bottom]

 迂闊と言う他なかった。
 もしも、マローネが団長の命も狙っていたとするなら此処で待ち伏せするのは
 簡単に予想できたはずだ。
 だけど実際に気付いたのは岩陰からマローネが団長に銃口を向けているのが見えてからだった。

 例の火薬が爆発して、師匠が死んだ山道まで来るとマローネの姿が見えた。瞬時に全身が総毛立つ。
 その銃口の先―――――俺の前を歩いている団長に狙いを定めているのが直ぐにわかったからだ。

「だん―――――!!」

 俺の警告にいち早く反応したのか、それとも俺より先にマローネの存在に気付いていたのか。
 とにかく団長はすぐに剣を鞘から抜いた。マローネの不意打ちが失敗した瞬間だった。

ズダンッ!!

 遠くから放たれる爆音と共に、団長が剣を薙ぐ。

ガギィィィィィン………!!

「くっ!!?」
 まるで何かが削れるような金属音。団長が刀身で弾丸の軌道を反らしていた。
 相当威力が凄まじかったのか、団長の剣が彼女の手を離れ、弾き跳ばされる。

 これでマローネの勝機は消えた。少なくとも後数十秒は次弾を撃てない。
 俺はマローネに向かって全力で走り出した。

 弾丸を弾かれたマローネが茫然とした表情をしている。
 彼女が構えている銃は銃口以外のあちこちからも煙を上げ、もう使い物にならないのが
 一目瞭然だった。

 マローネを捕らえて問いただしてやる。
 姫様が殺された絶望と、殺した人間がマローネだったことへの失意をない交ぜにしながら。
 俺は叫んだ。

「マローネェェェェッ!!」

 走っていた俺に気付いて、マローネが口をニタリと歪ませた。
 姫様を撃ったときと同じ、鋭い笑みを浮かべながら俺に向かって何か言っている。

『ア ン シ ン シ テ。 オ ニ イ チ ャ ン』

 そう口を動かすと構えていた銃を投げ捨て、足元に置いていたらしいもう一本の銃を拾い上げた。

 ―――――え?
 瞬間、頭の中で警鐘がやかましく鳴り響く。だけど、俺の脚はこれ以上速く動いてくれない。
 すぐ後ろを振り返る。 団長はまだ剣を拾っていなかった。
 思えば初弾は弾くのではなく避けるべきだった。
 最初から。マローネはこれを狙っていたんだ。
 戦姫も剣を持っていなければ只の娘。次に迫る銃撃に対処できようはずもなく。

「団長ッ!逃げ……」
 団長を突き飛ばそうと踵を返す。
 だいたい、何故団長が弾を避けずに剣で弾いたのか。あれだけ余裕があったのなら
 かわす方が楽だったはず。

『避けていては仲間が流れ矢に当たる危険性があります。単独行動でなければ避けるよりも
 矢を捌くのが理想的ですね』

 戦争中、ある弓隊と戦ったとき団長がそう言っていたのを思い出した。
 単独行動でなければ―――――また、俺が足を引っ張ったのか…?また俺のせいで誰か死ぬのか…?

 団長に必死に手を伸ばす。
 けれど彼女との距離が酷く遠くに感じて。ちっとも手が届かなくて。

『私がずっと側にいます』

 俺を助け出したあの一言。

『姫様が待ちくたびれるくらい、長生きしてやりましょう』

 ついさっき言っていた言葉。
 団長なら安心だと勝手に思っていた。団長ならこんなことは起こり得ないと過信していた。

 もう少しで手が届こうかというとき。団長と視線が交錯した。次いで背後から聞こえる発破音。

 ―――――ぱすんっ

 随分滑稽な破裂音と、視界に拡がる潰れたトマトのような紅。
 それに遅れて俺の手が彼女の身体を突き飛ばした。

 ばたんと倒れる俺と団長。俺は彼女に顔を埋めたまま顔を上げることができなかった。
 団長を見るのが怖い。とてつもなく怖い。直前に見た光景が幻覚であってほしい。
 歯をカタカタ震わせてゆっくり団長の顔を覗き見る。

 ――――――――なかった。

 俺が抱きしめていた団長の身体にそんなものはなかった。首から上が、ない。
 団長の顔の代わりに得体の知れないピンク色の物体が、俺の顔や地面のあちこちに散らかっていた。

「うわっ…うわっ、うわっ!うわっ!!うわっ!!」

 頭の中が真っ白になりながらも、そのピンク色の物体をかき集めた。
 心臓が口から飛び出しそうだ。とにかく気分が悪い。

「だんちょう!だんちょうっ!!」
 はやくだんちょうをもとにもどさないと。
 手当たり次第かき集めてくっつけようとするのに、なぜかどうやってもくっついてくれない。
 まだ、たりないのか?
 きょろきょろ辺りを見渡して見落としていた物体を拾い集めた。
 未だドクドクと血が噴き出す団長の首に、くっつけようと試みる。なのに全然くっついてくれない。

「あれ?…あれ!?」
 なんで、もとにもどらないんだ。団長の頭の“部品”らしきものは皆集めたのに。
 ああ……はやく、くっつけないと。もとにもどさないと。

 手がぬるぬるして上手くいかない。“部品”をひとつ落としてしまった。

「あ…」
 拾い直そうと手を伸ばす。でも。

「――――――――おにいちゃん」
 ぷち、と。
 俺が拾い上げる前に誰かの足がそれを踏みつけた。見上げるとそこには楽しそうに哂うマローネの顔。

「あ、マローネ。おまえもみてないで、てつだってくれよ」
 くっつかない。くっつかない。だんちょうがもとにもどらない。

「もう。何してるの?そんなのほっといて早く帰ろうよ。あのメイドが来ちゃう」
 責めるような口調で俺の手を掴む。その拍子に抱えていた団長の“部品”をバラ撒いてしまった。

「や、やめてくれ!だんちょうをおいてけるわけないだろ!」
 マローネの手を振り払って、急いで落とした“部品”を拾う。

「まったくもう…。頑張ったんだからもう少し褒めてくれてもいいじゃない」
 ぷうっ、と頬を膨らませるマローネ。俺はそれを無視して落とした物を全て拾い集めた。
「あ……あっ…あっ…」
 ボロボロと手から零れ落ちる。
 くっつかない。なんで?

「無駄だよ、お兄ちゃん」
 後ろからそっと囁くマローネの声。

「そんなことやったって意味ないよ」
 うるさいな。手伝う気がないならあっち行っててくれよ。

「だって、この女――――」

 うるさいってば。じゃまするな……それいじょういうな!よけいなことはくちにするなよっ!!

「もう、死んでるもの」

 ――――――――ッ!!!
 違うッ!!違う違う違う違う違う!!団長は死んでなんかいない!
 ちょっと頭が飛んで動けなくなってるだけだ!くっつければ元に戻るんだ!!

「くっさい脳漿撒き散らして……ぷっ……頭が粉微塵に…くくっ……」

 何が可笑しい。何がそんなに笑えるんだよっ、マローネ!!

「お兄ちゃんも見た?最期のこいつの顔。ぷっ…すご…不細工……あはっ、もうダメ……
 あはははははははははははははははははははははははっっっっっっっ!!!!!」

 堪えきれなくなったマローネの笑い声が頭に響いてきた。それがやたらと頭痛を引き起こす。

「あははははははははははははははっっ!!ひー……可笑しー…あんな顔ったらないよねっ!!
 顔がぐしゃ、って!!け、傑作すぎだよっ!!あはははっ、まー、
 この女にはお似合いの顔だったけど……はははっ」

 違う。団長は死んでなんかいない。だって、ついさっき言ってたんだ。長生きするって。
 脳が全力で現実を否定する。受け入れれば、俺自身が消滅してしまいそうで。
 とにかく目の前の光景を受け入れるのが怖かった。
 なのに、マローネが現実を無理矢理突きつけてくる。

「さっきからお兄ちゃん、変だよ?」

 しばらく笑った後、マローネが俺の様子に眉を顰めた。
 ……頭が痛い。身体がバラバラに引き裂かれそうだ。

「汚いよ。そんなの触っちゃ。早くそいつ置いて帰ろ?」

 やめろ。頼むから言わないでくれ。団長を、俺を壊さないでくれ。
 団長のおかげでやっと姫様の死と向き合えるような気がしてたんだ。これ以上は絶対に耐えられない。
 だから、やめてくれ。

「あ、わかった。あの最期の顔、見損ねたんでしょ?
 あははっ。もう無理だよ。あれは一回こっきりだって。いくらくっつけようとしたって
 もうあの顔は見れないよ?」

 言うな。言うな。言うな。言うな。言うな。言うな。言うな。

「だって…もうこいつ完璧に、綺麗さっぱり、死んでるもん」

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

「元に戻るわけないよ」

「ッ!!!!!!」
 その言葉を聞いた瞬間、バチンッと脳髄に重い衝撃。瞼の裏が何度も明滅する。
 心臓が引き絞られるように痛い。

 ――――――――団長が、死んだ。

 ――――――――――だんちょうが、しんだ。

 ――――――――――――ダンチョウガ、シンダ。

 

「ひっ―――――――」
 痛みと衝撃で一瞬だけ漏れた息を聞いたのを最後に、俺の意識は闇に落ちていった。


[top] [Back][list][Next: Bloody Mary 2nd container 第21話A]

Bloody Mary 2nd container 第20話A inserted by FC2 system