Bloody Mary 2nd container 第19話A
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 おわりだ。おわり。はは……。
 ひめさまをたすけられなかった。がんばったけど、だめだった。
 モルドのいうとおりだ。あれから、なにもかわってない。ただのよわいこどもだ。

「ははは………」

 その場にへたり込んで乾いた笑いを漏らすとヒリヒリと喉が痛んだ。
 俺の両手は姫様の血で真っ赤だった。
 何もやる気が起きない。もうどうだっていい。俺はカラッポなのだから。

「ウィル!しっかりしなさいッ!!」

 団長が俺の肩を揺すっている。彼女の呼びかけが随分遠くから聞こえた。
 ……もう放って置いてください。俺はずっと姫様の側に居たいんです。
 嗚呼、でも。側に居ても彼女はもう笑いかけてくれない。俺に話しかけてくれない。
 あの酷い味のポトフも食べることは叶わない。彼女の眼が俺を見ることは二度とない。
 姫様はキャスと同様、過去の人になってしまったんだ。
 ちらりと姫様を見ると、依然として彼女は虚ろな瞳で俺に微笑みかけていた。
 その光景を目にする度、心が抉り取られそうになった。
 なのに、何度もチラチラと目を向けてしまう。そのうちひょっこり起き上がるんじゃないかと思って。
 そんなの、あるわけないのに。
 生き地獄だ。耐えられない。もう嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 こんなところに居たくない。早く姫様に会わせてくれ。会って謝りたいんだ。
 だから……誰か、俺を。

「おれを、おれをころしてくれ……」
 自分でも驚くくらい、か細い声だった。

 ―――――――ぱしんっ

 頬に鋭い痛みが走った。ぼうっ、としたまま現実に焦点を戻すと団長が俺の頬を張っていた。

「ふざけないでください」
 一筋の涙を流しながら、彼女は俺を睨みつけた。

 

 

『殺してくれ』と聞いた途端、目の前が真っ赤になって気が付けば手を振り抜いていた。

「あなたが死んだら私はどうすればいいんですか」
 溢れてくる涙を拭うこともせず、私はウィルを睨んだ。

 私も、姫様が死んだことにそれなりのショックは受けている。
 旅の仲間を一人失った寂しさと、私が近くに居ながら助けられなかった後悔も勿論ある。
 だけど、何より悔しかった。ウィルが私のことを無視して死にたいと言ったことに。
 たとえ前後不覚の状態だったとしても、間違いなく今のウィルは姫様のことだけを
 考えていたのだから。
 彼女が羨ましい。王女自身としてはやり残したこともたくさんあっただろう。
 だけどその死に方だけを見れば、私が望む最高の死に方だった。
 愛する者に看取られながら最期を迎える。
 ウィルは。私が死んでもこれほど悲しんでくれるだろうか。不意に不安になった。
 その不安に追い討ちをかけるようにウィルが死を口にして私の感情が爆発した。

「私を独りにする気ですか」
 いろんな感情が混ざって頭の中が整理できない。

「だけど……もう、嫌なんです。誰かが死ぬのを見るのは、もう耐えられない」
 ぼんやりと言葉を紡ぐウィル。
 彼もまた本当は弱い人間だったのだ。ただ硬い鎧で脆い生身を守っていただけだ。
 復讐という名の鎧を。
 だから、彼が本当の意味で強くなるまで私が支えてあげないと。ウィルが私にそうしてくれたように。

「そう思うのなら、私にも同じを思いをさせないでください」
 小さな子供を安心させるつもりで、私はウィルを抱きしめた。
「あ……」
 小さく声を漏らすウィル。
「私がずっと側にいます。だから、死にたいなんて言わないでください」
 できるだけ優しく囁いた。

「団長は……俺を、置いていきませんか……?」
「えぇ。姫様が待ちくたびれるくらい、長生きしてやりましょう」

「うぅ……ぅ…えぅ……うぁ…あ…ぁ…」

 嗚咽を漏らす彼を抱きしめながら、姫様は私を恨むだろうか、とふと思った。

 

 

 

「すいません。もう大丈夫です」
 ひとしきり泣いた後、俺は気恥ずかしさを堪えながら立ち上がった。
 まだ少し気分は優れなかったけど、これ以上迷惑をかけることはできない。
「これからどうしましょう」
 団長が落ちていた自分の剣を拾う。
「マローネを追います。彼女をこのまま放ってはおけない。……シャロンちゃん」
 脇に控えていたシャロンちゃんに声を掛けた。
「は、はい。なんでしょう?」
 少し俯いてた彼女がはっとして顔を上げる。
「姫様を街まで頼むよ」
 亡骸に目を向けるとチクリと胸が痛んだ。
「え……でも……」
 俺を心配そうに数瞬見つめるが、やがて「わかりました」と言って引き受けてくれた。

「とりあえず街まで戻りましょう。可能性は低いですが宿に戻っているかもしれない」
 俺の提案に団長も頷いた。

「じゃあ俺たちが山道の安全を確認しながら下山するから、
 シャロンちゃんは暫く時間を置いてから来てくれ」
 ぶち破られた小屋の扉を踏み越えながら、夕暮れの陽に目を細めた。

 その夕日を見て、さっきのマローネとは思えない表情が頭の中をよぎる。

 ―――――――マローネ。いったいどうしたって言うんだ。

 

 

 

 

「えへっ。えへへ」
 お兄ちゃんが頭を撫でてくれている。
 ごめんね、お兄ちゃん。苦しませて殺すつもりだったのに張り切りすぎて火薬の量を間違えちゃった。
 肝臓に穴を開けるだけのはずが回りの肉ごと抉っちゃった。あれじゃあすぐ死んじゃうなぁ。

 嗚呼。ちょっと失敗したけど、お兄ちゃんはあたしに優しくキスをしてくれた。えへへ。
 ありがとう、お兄ちゃん。次も頑張るから。
 次は、あの女。お父さんを殺し、あまつさえお兄ちゃんを卑しい性の捌け口にした、醜い女。
 あいつは徹底的に殺してやる。苦しませるとかそんな小細工はしない。完膚なきまでに殺す。

 ――――――え?何?お兄ちゃん。
 あははっ。大丈夫だよ、いくらあの女が強いって言ってもあたしに勝てるわけないよ。
 ………だって、あたしにはお兄ちゃんが付いてるもん。そうでしょ?お兄ちゃん。
 えへへっ。うん、任せて。お兄ちゃんが居てくれるなら、あたしどんなヤツにも負けないから。

 特別調合した火薬を二本の銃にありったけ詰めた。
 今詰めた火薬はさっき王女に撃ったものと比べものにならない速度で弾丸を射出する。
 何処に被弾しようが死は免れられない。あの女にはうってつけだ。
 あんまり威力が大きすぎて銃身がガタガタになるから修理しなきゃならなくなるけど。

 細い山道で身を潜め、獲物が来るのをじっと待つ。
 そう、此処はあの女がお父さんを殺した場所だ。同じ場所であの女を殺してやる。
 あたしを追うにしても、一旦街まで戻るにしても必ずこの道を通らなければならない。
 遅かれ早かれあの女はここに姿を現すはず。あたしに狙われてるとも知らずに。
 早く来い。その醜悪な顔をこちらに見せろ。直ぐに矯正してあげる。

 予備の銃を傍らに置き、もう一本を肩に当てて構えた。

 宿で目が覚めてから時間が経つにつれて、少しずつ。少しずつ。
 お兄ちゃんがあたしだけを愛してくれている姿が鮮明に想像できる。
 もうちょっと。もうちょっとでそれが現実になる。お兄ちゃん……えへへ。
 あっ、駄目。なんか気持ちいい……。
 嬉しすぎて腿から悦楽の証がタラタラと流れて足元の土に染みていく。
 えへ。えへへへへへっ。

 ―――――ダメダメ。ちゃんと気を引き締めないと。
 頭から雑念を振り払って、銃床をぴったり身体に押し付けた。
 反動が大きすぎて肩が砕けなきゃいいけど。
 逆に言えばそれだけ向こうに打つ手がないってことだから痛いくらい我慢しなきゃ。
 これだけの威力があればどんな硬い鎧でも薄紙を貫くのと同義。
 それにあたしは絶対に的を外さない。確実にあのアバズレを殺せる。

 ――――――え?どうしたの?あぁ。今は鎧着てないんだっけ。じゃあぐちゃぐちゃだなぁ。あはっ。

 あたしの笑い声に合わせてお兄ちゃんも可笑しそうにお腹を抱えた。
 早く殺したいね、お兄ちゃん。人差し指がトリガーを引きたくてウズウズしてる。

 ――――――もう。酷いなぁ。ちゃんとあの女が来るまで我慢できるよ。
 いつまでも子供扱いするんだから。あ、でももう少ししたら、あたしがちゃんと
 大人になったって解るよ。
 えへっ。お兄ちゃんのえっちぃ。
 ……うん。そろそろだね。あの女の匂いと足音がする。それじゃあ、見ててね。お兄ちゃん。

 すっ、とお兄ちゃんが見えなくなったけど、あたしを後ろから抱きしめてくれているのが解った。

 風に乗ってあの女の匂いがあたしの鼻に、足音が耳に届いてくる。…もうすぐ此処に来る。
 神経を標的に集中させようと、右手でしっかりと銃を握り、左手で銃身を支え直した。

 ――――――――――――さあ、狩りの時間だ。


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