Bloody Mary 2nd container 第17話
[bottom]
null

 危惧していた通りの展開になってしまった。
 ウィルはまんまと向こうの挑発に引っかかり、頭に血が上っている。
 あれでは眼帯の男――――モルドの思うツボだ。
 どういうわけか、あの男は自分が勝つことよりもウィルの内心を掻き乱すことに執心している。
 実際ウィルは既にモルドの術中に嵌っていた。その証拠に彼は戦争中の、
 一切の防御を捨てた戦法に戻っている。
 アリマテアの頃の。そう、復讐に囚われていた頃の戦い方。
 たとえあの状態でウィルが勝ったとしても後々の彼の心に大きな禍根を残すことになる。

「…っと!……危ねぇ。さっきより太刀筋が速くなったじゃねぇか!オラ!それで限界かッ!?」

「あああああぁぁぁッッッ……!!!!!」

 ――――なんとかしなければ。
 だけど今の私に何ができる?剣は遥か向こう。
 今の私は武器を何一つ持っていない。…悔しい。ウィルが矢面に立っているというのに
 私は何もしていない。
 ただ見ているしかできない自分が歯痒かった。

 不意に。
 気絶していたはずの王女と目が合った。
 気が付いている…?

『上を見よ』

 口だけを動かして目線を上に向ける姫様。
 ……上?
 賊たちに気取られないように姫様の上方に目をやる。そこには。

『………』

 天井の梁で息を潜めている一人の侍女がいた。姫様の側にいる男の命を刈り取らんと
 じっと下を凝視している。
 驚いた。ウィルから気配を殺すのが上手いと聞いていたけれど。あれでは本業の暗殺者顔負けだ。

『一・二の三、でいきます』

 指を折りながら私に目配せするシャロンさん。私も彼女に微かに頷いて返答した。
 彼女に合わせて私も飛び出そうと身構える前に、ちらりとウィルを見た。
 彼の眼には山道での戦いを思い起こさせる狂気。早く打開しないと。

 ―――壱。

 シャロンさんが手投げ用のナイフを二本取り出す。

 ―――――弐。

 姫様がじりじりと這いながら、男から距離を置く。

 ―――――――参!!

 合図と共に、姫様が縛られた無理な体勢のまま男から飛び退く。
 同時に私も姫様のもとへ走り出した。

「なっ!?」

 姫様の近くにいた男の顔が驚愕に染まる。
 姫様を連れ戻そうと腰に挿してある短剣の柄に手を掛けるが、彼に出来たのはそこまでだった。

「ふっ…!?」

 天井から飛び降りてきたシャロンさんが落下の勢いを利用して男の脳天にナイフを突き立てていた。
 目がぐるんと後ろを向いて、誰に何をされたかも解らないまま絶命するその男。

「シャロンさん!」

 シャロンさんからナイフを一本受け取り、姫様の戒めを解く。その頃になってやっと他の賊たちが
 こちらの異変に気付いた。

「貴様らァァァ!!!!」
 さっき殺された男の次に近くにいた山賊の一人が剣を抜きながら襲い掛かってくる。
「近づかないでください」
 シャロンさんがさっき殺した男の頭蓋から投擲ナイフを引き抜き、その男に投げ付けた。
 避ける間もなく額にもろに刺さり、どうっ、とその場に倒れ込む山賊。これであと二人。

 彼女が賊の相手をしている間に私は姫様の猿轡を外した。
 口が開放された途端、姫様はぷはっ、と大きく息を吸い込む。

「ウィリアム!わらわはもう平気じゃっ!!」

 こちらの様子に目もくれず、ひたすらモルドに斬りかかっていたウィルに向かって。
 姫様が叫び声を上げた。

 

 

 

「――――――!!!!!」
 姫様の声で真っ白になっていた思考がわずかに戻ってくる。
 助け出された姫様が団長とシャロンちゃんの側で俺を見ていた。

「ちぃッ!!まだ仲間がいやがったのか!!」
 残っていた二人の山賊が団長を斬り伏せようと駆け出した。まずい。団長は今、丸腰だ。

「団長!!」
 俺は手に持っていた剣の一本を団長に投げ渡す。
 ――――――――剣さえあれば団長に叶う者はいない。側にはシャロンちゃんも控えている。
 あの山賊二人には荷が重過ぎる相手だろう。
 俺は安心してモルドに目を戻した。

「てめぇら、どこ見てやがったんだ!!」
 団長たちから完全に意識を外した俺に対して、モルドの方は手下に怒りをぶつけながら
 俺の剣を受け止めていた。
 団長たちの方にチラチラ目をやりながら。
 それがモルドの敗因。
 他のことに気を取られながら戦っていたことが俺に付け入られるチャンスを与えた。

「ッ…!!」

 その隙を突いて、モルドの死角―――――眼帯で視野が狭くなっている左側から剣を振りぬいた。

 振りぬき様に何かを切断した手応え。

 剣を握っているモルドの右手首を切り飛ばしていた。
「がぁっ!!?」
 柄に手首がくっついたまま、剣が空中に舞う。

 ダンッ…!

 驚いた表情でそれを見上げる眼帯男の足を払って地面に倒した。

「くそがっ!」
 今の状況にやっと危険を感じたのか、慌てて立ち上がろうとする。
 だけどもう遅い。

「ぐぇ…!」
 俺がモルドの胸を踏みつけ身動きを取れないようにすると、潰れた蛙のような
 モルドの呻き声が聞こえてきた。
 剣先をヤツの喉元に突きつけ。
「終わりだ」
 俺は冷ややかにそれだけ言った。モルドがぎり、と歯を食いしばっている。
 姫様の方を見ると団長たちも既に山賊を退けたらしい。後はもうこいつだけ。

 ふと。殺す直前になって吹き荒れていた怒りが弱まった。

 一瞬の逡巡。
 殺すのか。殺さないのか。

 キャスが死んだあの日の光景が頭の中で繰り返される。師匠や旅団の皆もこいつに殺された。
 俺はこいつを殺すために剣の修練を積み、戦争で数え切れない程の人間を殺した。
 ただ、こいつを殺すためだけに。
 だけど……その復讐はもう捨てたんじゃなかったのか……?
 アリマテアで、あれほど後悔したんじゃなかったのか…?

「なんだ、てめぇ。人を殺すこともできねぇのか?」
 俺の様子を見て、モルドがふっ、鼻で嘲笑った。
 ……なんだ。こいつのこの余裕は。…気に入らない。気に入らない気に入らない!
 俺の内心を覗き見て心底可笑しそうに。笑っていやがった。
 何が、何がそんなに可笑しいんだよッ!

 ―――――殺したい。
 そうだよ。どうせ此処で生かしておいてもきっとこいつはまた誰かを殺す。
 なら、さっさと殺ってしまった方が世のためだ。

 剣を持つ手に力を込めた。

 

「ウィル!決着はもう付きました!剣を収めなさいっ!!」

 団長がやめろと言っている。その声が耳に入ったときには突き刺そうとしていた右手の動きが
 止まっていた。
 くそ、どうするんだよ。どうしたいんだ、俺は。

「おら!どうした!?早く殺れよ!!腰抜けがッ!!」
 
「黙れッ!!」

 ヤツの声が耳障りだ。俺の心を掻き乱す。

「けけけっ!!!てめぇはやっぱり三年前と何も変わっちゃいねぇ!!
 …自分の女も守れなかった、ただの弱っちぃガキだ!!!」

 うるさい。うるさい。こいつを黙らせたい。早く終わらせたい。

「そうそう!ひとつお前に礼を言わねぇとな!!
 ――――――――――お前の女、なかなか旨かったぜぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 弱まっていた炎が、ボッと赤から蒼に変わった。
 怒りが最頂点まで上り詰め。

 俺は――――――――。

「ウィル!!やめなさいッッ!!!」

 俺は――――――――。

 

      A. ――――――――死ね。

      [top] [Back][list][Next: Bloody Mary 2nd container 第18話A]


Bloody Mary 2nd container 第17話 inserted by FC2 system