Bloody Mary 2nd container 第16話
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「来たか」
 その声にぞわりと全身の血液が泡立った。
 ――――――落ち着け。俺は姫様を助けたいだけだろ。
 ガタンガタン、と暴れだす火箱を押さえつける。

 小屋の中にいた五人の男。その中にヤツはいた。
 木箱の上で足を組んでいる眼帯の男。旅団の皆を殺し、キャスを殺した男。そいつは俺を見て、
 にやりと口を歪めた。

「やっぱりな。お前、フォルン村のガキだろ?久しぶりだなぁ、おい」
 何が嬉しいのか、この男は。思わずその場で剣を抜きそうになった。
 平静を装って眼帯の男の言葉を無視し、目だけで周囲を見渡す。
 小屋の隅に控えている賊の一人の側で、姫様が縛られたまま気を失っていた。

「姫様を返せ」
 なるべく感情が表に出ないようにそれだけ喉から搾り出す。
「おいおい。こっちは人質がいるんだぜ?そんな芸のない戯言が通ると思ってんのか?」
 目配せを受けた賊が姫様の首にナイフを押し付けた。
 カッと来て飛び出しそうになるのを団長が手で制する。

「要求は何ですか」
 埃っぽい小屋の中を団長の透き通った声が響いた。
「何、簡単なことだよ。そのガキとタイマン勝負がしたい」
 眼帯野郎の出した要求は随分こちら側にリスクが少ないものだった。
 俺が危険に晒される代わりに姫様が助かる。こっちから願い出たいくらい理想的な要求だ。

「なっ!?駄――――――」
「いいだろう。その要求を呑む」
 団長が拒否しそうになったので俺が遮って前に出た。

「ウィル!」
 団長の非難の声を背中に受けて、剣を抜く。
 眼帯の男がくくっ、と哂い、他の賊は臨戦態勢の俺に警戒して一歩下がった。

「まぁそうがっつくなよ。じゃあ女は剣を置いて下がれ。一騎討ちの最中に邪魔されちゃあ叶わん」
 しっしっ、と団長に手を振る男。
「…くッ」
 団長は悔しそうに唇を噛んだ。
「団長」
 渋る彼女に声を掛け、下がらせる。
「ウィル……危険です。あなたとあの男は戦うべきじゃありません」
「大丈夫です、俺は問題ありません。それより他の奴らを頼みます。
 向こうはああ言ってますが隙を見つけてこちらに襲い掛かってくるかもしれない」
 団長は暫く俺を説得しようとしていたが、俺の決意が固いことを解ってくれたのか
 俺の言うとおり剣を捨てて下がってくれた。

「まさかあのクソガキがオレに剣を向ける日が来るとはな」
 そう言いながら、幅広の剣を抜きつつ立ち上がる眼帯の男。

「………御託はいい。早く始めよう」

「……つまんねぇガキだな。…いいぜ、来な」

 かつて渇望した男が目の前にいる。キャスを殺した男が。
 ―――――いや。そんな私怨は今は関係ない。ここでやらなきゃ姫様が殺されるんだ。あの時みたいに。
 だから。
 沸々湧き上がる殺意を。
 今だけは鋭く。ヤツの心臓を射抜くように鋭く。
 俺は殺意を解放した。

 

 全速力で男との間合いを詰め、剣を振り下ろす。
 男は一歩引いてその斬撃をかわし、詰め寄らせまいと剣を横に薙いだ。
 それを避けるために後ろに下がると今度は向こうが攻撃を仕掛けてきた。

「けっ、田舎のガキがよくここまで鍛えられたもんだ!師匠は誰だ?
 ん?今朝おっ死んだベイリンかぁ!?」
 ゲラゲラ笑いながらブロードソードを力任せに叩きつけてくる。

 ギィィィィィン……!

 両手で剣を交差させて相手の剣を受け止めた。擦れあう刃から散る火花。
「ッ!!」
 ……重い。相手の剣圧に両腕が軋む。
 ギリギリと剣に力を込めてくる男は俺の目を見て眉を顰めた。

「嗚呼ッ!やっぱその眼ムカつくぜぇぇぇ!!!」

 怒声と共に腹に蹴りを打ち込まれ、俺は後ろに吹き飛んだ。

「……げほっ、けほっ…」
 蹴り飛ばされたことで相手との距離が広がり、もう一度仕切り直しになった。

「オラオラ。どうした?早く来いよ」
 挑発してくるのを尻目にゆっくり思考を巡らす。

 相手の持っているブロードソードは一般的なものより刀身が長い。さっき殺り合った感じだと三尺ほどか。
 それに比べて俺の剣は二尺強。間合いの広さは圧倒的に相手の方に利がある。
 おまけにあの馬鹿力。そう何度も剣戟を受け止めていたら腕が痺れて隙を与えてしまいかねない。
 持久戦は不利だ。
 勝つためには向こうの間合いより更に深いところまで肉薄する必要がある。
 一度接近してまえば相手の剣の長さを逆手に取って勝機を見出すことも可能だ。
 それにはどうしてもあちらの剣を一度受け止めるか避けるかしなければならないが。

「あぁん?今頃足が竦んだのか?ガッカリさせんなよ。今朝みたいな勢いはどうした、おい?」

 ―――――相手の剣戟を切り崩してから自分の間合いに入るか、それとも賭けに出て
 一気に懐に飛び込むか。
 前者なら長期戦になったときがまずい。後者なら―――――

「ったく……ビビッたんならオレが奮い立たせてやろうか?―――――そうだな…」
 俺が黙考しているのが気に食わないのか、にやにやしながら何事か考え始める。

「……そういやあの王女、似てると思わねぇか?」
 気絶している姫様にちらりと目をやりながら呟いた。

「…?」

「オレが犯してわんわん泣き喚いてたお前の女によ」
 俺を嘲るような、ふざけた笑み。

 ―――――火箱が知らない間に熱を持ち、鎖と錠を溶かしていく。

「顔が似てるってことは喚き声もあの女にそっくりなのかねぇ……」

 ―――――火箱の隙間から、荒れ狂う赤い炎が吹き上がる。

「あの王女も同じ鳴き声か試してみるのも面白いかもなァ? ははははははははは!!!!」

 ―――――炎の内圧に耐え切れなくなった火箱が粉々に爆発した。

「やってみろよォォォォォッッッッ!!!!!!」

 殺意の炎が全身の血液を沸騰させ、俺は前に飛び出した。
 相手の剣がこちらを捉えるより早く、自分の間合いまで飛び込む。

「ぎゃははははっ!!キレやがった!キレやがった!」

 俺の剣を受けながら男は愉快そうに笑っていた。


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