Bloody Mary 2nd container 第15話
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「モルドさん、早くここから離れましょうよ」
 下っ端の一人が怯えながらオレに提案してきた。
「あ?」
 苛つく。何ビビッてやがんだ。
「ヤバイっすよ、あいつら。絶対此処に来ますって!こ、この人数じゃ太刀打ちできませんし…」
 そいつが回りを見渡しながら無様に歯をカチカチ鳴らす。

 ……ンなことは判ってる。もうじき傭兵どもの生き残りが此処に来ることも、オレに勝ち目がないことも。
 ベイリン傭兵旅団の戦力は知っているつもりだった。充分に勝てる人数を寄せ集めた。
 だが、実際襲ってみたらとんでもないヤツがいやがった。傭兵に混じって戦っていた
 アリマテア王国の英雄。
 どうしてこんなところに居るのか解らないが、強さだけは噂通りの糞女だった。
 おかげでものの数分でカタをつけるつもりがズルズル長引いて結局最後はドカン、だ。
 どうもオレはアリマテアに関わるとエライ目に合うらしい。ムカっぱらのたつ話だ。

「…ですから、早く逃げましょう」

 まだグチグチ何か言ってやがる。今オレは気が立ってるって解んねぇのか、こいつ。

「…るせぇよっ」
「はがっ!」

 情けないツラに拳を叩き込んだ。そいつは地面を転がりながら悶えるが、
 今度は痛い痛いと叫ぶ声が五月蝿い。
 鬱陶しいので踏みつけて前歯をへし折ってやった。気を失ったのかやっと静かになる。やれやれ。

「誰が逃げるなんて腐ったマネするか、屑が」
 前歯のない男に唾を吐きかけて少しでも苛つきを抑える。

 オレが命を賭して此処に残っているのにはワケがある。
 傭兵の中にいた一人の男。戦闘の最中にブチ切れてこっちに殺気を飛ばしてきた青臭いガキだ。
 あいつの目がやたらとオレを苛付かせる。
 それというのもヤツの目が昔戦った一人の男に似ているからだ。
“あの男”と同じ目。
 あの目に出会ったのはこれで三回か。一度目はあの男。二度目は三年前に殺し損なったクソガキ。
 そして今日。
 ベイリン傭兵旅団とツルんでいるとなると今日のあの小僧は三年前のガキなのかもしれない。
 ズキン、と眼帯の下の目が痛んだ。…嗚呼、苛つく。
 オレの左目を奪ったあの男。あの男の亡霊が。いつまでもオレに纏わり付いてくる。
 十年以上前のことにまだ拘ってるあたり、オレも女々しい性格らしい。
 それに気付いてまた一層ハラがたってきた。
 たとえオレが今日くたばろうが、あの目だけは潰したい。

「今度こそ殺してやるぜ、ガラハド」

 

 

 

 

 目が覚めて早速あの女たちを葬ってやろうと銃に火薬を詰めたのに部屋には誰も居なかった。
 残念。気を失ってる間に逃げられた。
 おまけにお兄ちゃんまで盗られた。ほんと、つくづくムカつく女たちだなぁ。えへ。

「……?」
 机の上に何かある。
 あいつらの代わりに一枚の紙切れを見つけた。山道の地図だ。

「………山道か」
 お兄ちゃんの部屋に置き去りにされた地図。ある一点に印が置かれている。
 あの女どもがお兄ちゃんを連れて行ったんだ。
 攫われたあの王女を助けるために。
 早く助けなきゃ。お兄ちゃんが死んじゃう。お父さんみたいに。
 あいつらが死なせてしまう。あたし独りになっちゃう。お兄ちゃんが酷い目に合っちゃう。

 だから。あいつらを消さないと。お兄ちゃんは、あたしが守るんだ。

『――――――――助けてくれ、マローネ』

 呼んでる。

『――――――――死にたくない』

 お兄ちゃんがあたしを呼んでる。

『――――――――マローネ!』

 あたしに助けを求めてる。

「……大丈夫。今からみんな殺すから。すぐに助けてあげるからね、お兄ちゃん」

 あたしがそう答えるとお兄ちゃんは安堵の笑顔を浮かべてくれた。嬉しい。

 そんなに喜ばれたらあたし、張り切っちゃうよ。無茶苦茶に殺しちゃうよ?えへへ。

 ―――――うん。あははっ。お兄ちゃんもそう思う?

 ―――――え?そうだね。あの女は直視できないくらい顔面を砕いちゃおう。

 ―――――小娘の方は?肝臓を破壊して苦しませて殺すなんてどぉ?…ん。わかった。

 お兄ちゃんのリクエストにどれだけ答えられるか判らないけどあたし頑張るね。

「……だから、愛してるって言って」

 ―――――えへ。あたしも愛してる。今から、そっちに行くね。待ってて。

 予備の銃を背負い、火薬の量が充分にあるのを確認してあたしは宿を出た。

 

 

 ――――――――・・・・・

 

 

 すっ、と音も立てず小屋の入り口にいる見張りに背後から近づく。
「ひゅっ……」
 見張りは声を発することもなく頚動脈を切断され、切り口から紅い飛沫を飛ばしながら絶命した。

「もう大丈夫です、ウィリアム様」
 彼女の一部始終を隠れて見ていた俺と団長に合図を送るシャロンちゃん。
 小屋の見回りをしていた三人をたった一人で気取られることなく全員殺してしまった。

「相変わらず怖いな、シャロンちゃんは」
 小屋の扉に近づきながら彼女のその手際の良さに正直戦慄した。
「炊事・洗濯・掃除に暗殺はメイドの嗜みですので」
 ……敢えてツッこむのはやめよう。
 騎士団に入った頃に何度か彼女の腕前を見たが、あれから全く鈍っていないらしい。
 なんで侍女がそんな暗殺術知ってるのか訊いたことがある。
 でもシャロンちゃんは「女性の過去を無用に尋ねるのは失礼と言うものです」とはぐらかすだけで
 肝心なことは聞けていない。
 侍女になる前はあちこち旅していたって言うからその間に身に着けていたのかも知れない。
 流石にそれ以上訊くのはもう諦めたけど。

「それでは私は小屋の裏に回ります。ウィリアム様、マリィ様。御武運を」
「えぇ。シャロンさんも」
 こんな血生臭い場所でも団長の激励を受けて律儀に頭を下げる。
 その後は足音もなく小屋の裏に回って行った。

「さて」
 シャロンちゃんが視界から消えたのを確認して団長が扉に手を掛けた。
「準備はいいですか?ウィル」
 彼女の問いに一度深呼吸する。……大丈夫だ。火箱はちゃんと閉じてる。

「はい」
 俺は静かに頷いた。

「それでは行きます!」
 団長の掛け声と共にバンッ、と扉が勢いよく開け放たれた。

 ――――――――今、助けます。姫様。


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