Bloody Mary 2nd container 第14話
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 これは幻聴?それとも悪夢?
 目が覚めたらベッドの上。いや、まだ夢の中?
 だって。だってあり得ない声がするんだもの。

 さっきから嫌でも耳に入ってくるベッドの軋みと女の喘ぎ声。

「え…えへ……」

 火薬の爆音で耳がおかしくなったのかな?あれだけの量の火薬が爆発したんだから無理もないよね。
 浮かべた笑いが引き攣っているのが自分でも分かった。

『あっ……あっ…もっとっ、もっとっ!…もっと来てっ』

 う る さ い。

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
 薄い壁を通して聞こえてくる艶やかな声が酷くあの女に似ている。
 あの、女。ウィルお兄ちゃんを三年に渡って苦しめ続け、今なお付き纏う羽虫。
 そして―――――お父さんを殺した女。

「ぎっ!!?」

 山道のあの光景が鮮明に思い出された。制御不能の憤怒が脳細胞を破壊する。
 あれほど『やめて』と頼んだのにあの女は撃った。
 感情のない瞳でお父さんを殺した。
 お兄ちゃんを奪おうとしている女がお父さんまで盗った。
 この世にたった一人しかいない肉親なのに。
 殺した殺した。殺した殺した殺した殺した殺した。
 えへっ、殺した。
 だからいいよね、あたしがあなたを殺しても。文句なんてないよね?
 だってお兄ちゃんまで盗ろうとするんだもん。あたしにはもうお兄ちゃんしかいないのに。
 うん。殺す。ぐちゃぐちゃにしてあげる。
 えへっ。えへへへへへへへへへへ……ひっ、いひっ…いひひっ……。

 視界が狭まっていく中、あの女が無様に死ぬ姿を想像して嗤いを堪えることができなかった。

『強く、ああっ…もっと強く…抱きしめてくださいっ』

 ほんとさっきから五月蝿いなぁ。いい加減この幻聴、止まないかな。
 あの女にそっくりすぎてムカムカする。あぁ、早く殺したい。
 手足を引き千切って泣き喚きながら赦しを乞うあの女の口に、銃口を押し込んで
 その臭い脳漿をバラ撒いてやる。
 その匂いをお兄ちゃんに嗅がせれば、さすがに騙されてたって気付くよね?
 えへへっ。そうしたらお兄ちゃんも、もうあたししかいないって解るはず。
 その後はお兄ちゃんと二人っきりで死ぬまで一緒に暮らして、えっちしてお兄ちゃんの子供を産んで、
 えっちしてお兄ちゃんの子供を産んで、えっちしてお兄ちゃんの子供を産んで、
 えっちしてお兄ちゃんの子供を産むんだ。

 ずっと。ず〜っといっしょ。

 どんなときもいっしょ。

 死ぬまでいっしょ。

 死んでもいっしょ。

 生まれ変わってもいっしょ。

 は……あははっ。あひひへへへへへふふひひゃあははははははははははは――――――――――

『あっ、あっ、あっぁ…射精して、ください、だして!だして!!』

 ははははは――――――――――

『…ウィル!』

 は―――――――?
 なに?何て言ったの?今なんて言った…?

 アノオンナニ ソックリノ コエハ イマ ダレノ ナマエヲ ヨンダ?

 

『ウィルっっっっ!!!!』

 ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 殺してやる!殺してやる殺してやる!殺してやる殺してやる!殺してやる殺してやる殺してやる!!!
 殺してや殺してや殺して殺して殺し殺し殺し殺し殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――――――――

 殺意が。かつてない殺意があたしの身体を侵食していく。
 口角から泡を吹き、白目を剥きながら歯を食いしばっていた。

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――――――――

「ひひっ、殺……。殺す殺す」
 人間、その気になればここまで殺意を高められるのかと思うとなんだか可笑しくなった。

 ×す×す×す×す×す、×××××××××××あはっ、××××絶対×す――――――――

 心中で叫ぶ声すらも意味を成さないものになっていく。

「はっ…が……」

 心が黒く塗り固められ、呼吸すら忘れていたあたしはそこで再び気を失った。

 

 

 ――――――――・・・・・

 

 シャロンちゃんが帰ってきた後、報告を受ける前にマローネの様子を見た。
 まだ意識は戻っていなかったが、寝息は穏やかだったのは幸いだった。

「マローネさん、どうでした?」
 部屋に戻ってくると団長が沈痛な面持ちで尋ねてきた。
「よく眠っています」
「…そう、ですか……」
 俺の答えを聞いて更に表情に影を落とす。
 全戦無敗の戦姫の弱点。それは戦いには不似合いすぎる責任感だ。
 部隊内で死者が出たときもこんな感じだった。彼女は必要以上に自分を責める節がある。
 戦争では時には冷酷な決断をしなければならない。例えば今朝の戦いのような。
 それが彼女にとっては相当堪えるらしい。
 決断そのものに迷いはない。迷っていたらあの戦争で俺も団長も死んでいたに違いない。
 決断した後が問題なのだ。天才故の弱点なのか。
 思わぬ失敗や少しでも自分に責があると思う事柄には免疫がない。
 山道の戦闘で彼女にいつものキレがなかったのは二日酔いだけのせいではないだろう。
 少なからずアリマテアでの事が尾を引いていると見て間違いない。
 アリマテアの事件が整理できていないときに今日の出来事。彼女は心境は容易に察することができる。
 俺にそれを吐露したのは意外だったが。
 いつもは独りで塞ぎこんでいた彼女が今回は俺に助けを求めたのはいい傾向なのだと思いたい。
 それでも完全に吹っ切るには時間が必要なのかもしれない。今はそっとしておくべきだ。

 

「で、シャロンちゃん。あいつらの詳しい場所が知りたいんだけど」
 先刻、偵察から戻ってきたシャロンちゃんに声を掛けた。

「はい」とだけ答えて机に地図を広げる。
 ここから西の町へ向かう際に良く使われる、山道の地図だ。

「襲われたという山道からやや北に外れた場所に山小屋がありました。
 人影も見えましたのでここで間違いないようです」

 山道から少し離れた位置にバツ印を書き加える。
 ここに、姫様と。あの男がいる。

「シャロンさん、人数はどれくらいいましたか?」
 真剣な表情で剣を腰に挿す団長。戦に向かう前と同じ顔だ。

「恐らくは十人足らずかと」
 数は大丈夫そうだ。団長と俺だけで充分相手にできる。問題は……
「姫様の姿は確認できた?」
 尋ねてから俺はぞっとした。死んでいたらと思うと気が触れそうだ。

「安心してください、ウィリアム様。縛られてはいましたが無事なようです」
 良かった。胸を撫で下ろす。額にはうっすら汗が滲んでいたことに今気付いた。

「私たちで賊の相手をします。シャロンさんは隙を見て姫様の救助を。ウィル、それでいいですね?」
 じっと目を見つめる。こっちの気持ちをを見極めようとする団長の紅い瞳に俺の姿が映っていた。
「はい、大丈夫です」
 鞘のついたベルトを腰に巻きながら答えた。はっきりと。
 これは復讐じゃない。姫様を助け出すための戦いだ。
 自分の中にある火箱に何重にも錠を掛ける。

「行きましょう」

 その鍵が強く火箱の蓋を押さえているのを確認して。
 俺たちは反撃の狼煙を上げた。


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