Bloody Mary 2nd container 第13話
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 師匠たちを失った喪失感と、姫様への不安が俺を苛む。
 火薬を爆発させた後、俺たちはオークニーに逃げ帰った。俺は無傷だ。
 旅団のみんなはマローネを残して全員死んだ。姫様はあいつらに攫われた。
 俺は、無傷、だ。

「くそ……」
 部屋のベッドで項垂れた。山道での光景がぐるぐる頭の中をまわっている。

 隻眼の男を見た瞬間、我を忘れて陣形を乱した。
 過去は断ち切ったつもりで自惚れていた。結果がこれだ。
 守らなきゃならないものを放って復讐に走ったんだ。
 生きている姫様より、もう死んだキャスの仇討ちを優先した。愚行にもほどがある。
 それだけじゃない。マローネの目の前で師匠を死なせた。
 あの後、マローネは気を失ってしまった。もう大分経つが一向に目を覚ます気配がない。
 昏睡しているマローネの顔色は泥人形かと思うくらい悪かった。
 ……師匠に頼まれていたのにこの有様。自分の役立たずっぷりに反吐が出そうだ。

――――――いや。
 今は自責も断罪も後だ。姫様を助けることだけを考えないと。

「……姫様」
 絶対に助け出す。キャスのような目にあわせてたまるか。

 今、シャロンちゃんが山賊たちの塒を探ってくれている。
 あの辺で人が集まりそうなところなど多くはないはずだからそう時間はかからないだろう。
 むこうも火薬の爆発で相当人数が減ったはずだ。救い出せる可能性は決して低くない。

『ウィリアム!ウィリアム!!助けて!!』

 俺に手を伸ばす姫様の姿が脳裡に浮かぶ。
「ふぅー……」
 目を瞑って少しずつ息を吐いた。焦りたくなる気持ちを息と共に追い出す。
 …大丈夫だ。姫様はまだ生きてる。あの場で殺さずにわざわざ攫ったんだ。
 後で殺すなんてマネはしないはず。
 それにあの隻眼の男がモルドとするなら、姫様を拉致してもおかしくはない。
 モルドはゲイル=トレイクネルと面識があった。アリマテアの王女の顔を知っている可能性は十分にある。
 単に王族出身の奴隷として高値で売り捌くのか、もしくはアリマテアを脅すための道具にするのか。
 姫様をどうする気なのかは分らないが、すぐに殺すことはまずあり得ない。無論、だからと言って
 楽観はできないが。

「――――――とにかく、シャロンちゃんが戻ってきてからだな…」
 冴え渡った思考が脳に広がる。もうあんな失態はしない。
 余計なことを考えなければ山道でやってしまったことは二度と起こらない。いや、起こさないんだ。

 

 コンコン

 不意に部屋をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
 返事をして扉を開けると。
「……あ、あの…ウィル」
 団長が立っていた。落ち着きがない。何かに怯えきった表情だ。
「団長…?」
「えっと……ご、ごめんなさい、わ、私…」

 蒼い顔で声を震わせながら口を開く団長。
……そうだった。団長は師匠を結果的にとはいえ、殺した。それを気に病んでのことだろう。

「とにかく座ってください」
 俺に促され、重い足取りでベッドに腰掛けた。
 目を合わせようとしない。彼女の目には恐怖がありありと映っていた。

「ウィル……わた、私が…に、憎い、ですか…?」

 言葉を詰まらせながら尋ねられた。彼女の目は地面を見つめたまま。
 俺もゆっくり団長の隣に座った。

「……あれは仕方なかったことです。団長の責任じゃない。
 あのとき撃たなければ俺たちはみんな、あそこで死んでいました。
 俺も、それに…きっと師匠だって恨んだりするわけありません」

 本当は俺が背負うべきものだった。旅団のみんなが死んだのは俺の所為も同然だ。
 俺があんなことをしなければ団長が決断を迫られることもなかった。
 団長は俺の代わりにしょい込まなくていいものまで背負ってしまった。

「でも私は……」
「いいんです、団長。悪いのは俺です。俺が勝手なことをしたからあんな事態になったんです。
 団長が罪悪感を感じる必要はありません。
 それでも罪に苛まれるなら…俺を罵ってくれて構いません。俺にはそれを受け止める義務がある」

 

「違うんですッ!」
 俺に縋り付きながらかぶりを振って。
 顔を上げた彼女の目には、涙。

「そうじゃ、ないんです……
 わ、私はおじさまを殺したのに、罪悪感よりも…本当はそれで苦しむのが当たり前なのに……
 それよりもウィルに嫌われることが怖かったんです!!
 おじさまのことより、自分がウィルに憎まれるかもしれないのが不安だったッ!」

 懺悔するように。きゅっ、と俺の服を掴む手に力が入った。

「今だって…こうやってウィルの機嫌を取ろうと必死なんです!
 おじさまを殺しておいてあなたに言い訳することばかり考えているんです!
 憎んでないと聞いてほっとしてるんです!
 本当に……本当に汚い女…。あはっ、見損なったでしょう?ウィル」

 目を腫らしながら自嘲ぎみに笑う。

「だったらどうしてそれを俺に打ち明けるんです?団長が悔やんでいる証拠でしょう?
 泣けるのなら、大丈夫ですよ。自分を汚いと言える人なら師匠もきっと赦してくれる。
 俺も見損なったりしません」

 ぽかんと俺の言葉を聞いていた団長の目が再び涙を溜め始めた。

「汚いところのない人間なんていません。それに俺は団長の綺麗なところたくさん知ってますよ?
 戦に出る前日はいつも教会で何時間も祈っているのを知ってます。
 部隊から戦死者が出たら必ず遺族のもとへ頭を下げに行っているのも知ってます。
 まだまだありますよ、俺が騎士になって初めての戦のとき――――――んむっ!!?」

 話している途中で、押し倒されながら口を塞がれた。
 ……団長が俺に唇を重ねていた。

「……これでも、私を見損なわないでいられますか…?」

 唇を離すと囁くように言った。
 団長が肩を強い力で押さえ、俺はベッドに貼り付けにされ。
 さらさらと彼女の銀髪が俺の頬を撫でる。

「だ…団長、いけません……」

 いくら俺でも彼女が何をしようとしているかは明白だった。
 彼女の髪から発せられる香りが俺の鼻孔をくすぐり、混乱させる。

「お願いです…ウィル。あなたが私を見捨てないって確信が欲しいんです…」

 馬乗りになった団長がゆっくり俺の服を脱がし始めた。
 ……こんなに弱っている団長は初めて見た。どうすればいいのか分からない。

「こんなことしたって何の意味もありません…やめましょう、団長」

「姫様が大変なときにこんなマネ、不謹慎だっていうのも解っています。
 でも……でも、やっぱり不安なんです。見捨てられるのがとても怖い。
 ………いつか、あなたが私に言いましたよね?『どうしてそんなに強いのか』って。
 違うんです。本当は私、凄く弱いんです。どうしようもなく弱いんです。
 こんなに、こんなにも弱い―――――」

「……………」

「だから、ウィル。あなたの強さを分けてください」

 俺の胸に上体を預けて、彼女の涙が俺の肌を濡らした。
 俺の方はと言うと、天井の一点を見つめたまま彼女に尋ねた。

「俺はまだ団長を選ぶか、姫様を選ぶか決めていません。おまけに旅の目的が見つかるまで
 答えられそうにもない。
 そんな、優柔不断で酷い男です。
 ―――――それでも。それでも俺に抱かれたいですか?団長」

 ふざけた質問だ。卑怯な、本当に卑怯な問い。
 そんな俺に問いに団長は言葉ではなく、口付けで答えた。

 団長が少しでも楽になれるのなら。……いや自分を正当化するのはやめよう。
 俺は、自分の気持ちを確かめもせずに団長を抱いた。それが事実だ。

 ―――――だけど、状況をよく考えるべきだった。
 マローネのことを。
 一階に独り寝かせておくのは心許ないと思って二階で寝かせたことを。
 あいつが寝ている場所は彼女の自室ではなく、隣の空き部屋だったことを。


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