Bloody Mary 2nd container 第12話
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「放せぇぇぇッッ!!」
 姫様の叫び声で俺は正気に戻った。声のする方に目を向ける。
「…え?」
 冷水を浴びたように熱が引き、俺は自分の目を疑った。
 姫様が山賊の一人に担ぎ上げられ、敵陣の中に消えようとしている光景だった。
「ウィリアム!ウィリアム!!助けて!!」
 姫様が救いを求めて手を伸ばした。俺に向かって。キャスの最期の言葉とだぶって焦燥感が込み上げる。
「姫様ッ!!…クソッ、どけよ!お前ら!!」
 邪魔な男たちに剣を振るうが、とても姫様のところまで行けそうにない。
「ウィリアム!ウィリ―――――」
「姫様!!」
 敵の群れに隠れて姫様の姿を完全に失った。絶望に打ちひしがれて剣を手放しそうになる。
 ……間違いなく、俺の所為だった。
「ウィル!呆けている暇があるなら早く馬車まで戻りなさいッ!」
 少し離れた所から団長の声。
「でも、姫様が……」
「まだ殺されたわけじゃありません!後でいくらでも助け出す方法を考えられます!
 今は体勢を立て直すことだけを考えなさいッ!!」
 腑抜けになった俺を一喝する。
 団長の助けで俺は慌てて馬車まで引き返した。

 旅団のもとに戻ると。
 人数が足りなかった。師匠、マローネとロブさんしかいない。他の、みんな…は?
 脇には見知った顔の死体が四つ、転がっていた。
 立ち眩みで倒れそうになった。
 ……俺の、所為だ。
 一人の馬鹿が下手に勝手な行動を起こして招いた結果だ。
 ―――何が贖罪だ。偉そうなことを。
 結局復讐に踊らされて仲間の足を引っ張った。
 よく見ろ、四人の顔を。みんな傭兵時代に良くしてくれた人たちばかりだ。 
 恩を仇で返しやがって。アリマテアであれほど思い知らされたのに、また同じ過ちを犯したのか?
 お前は――――――

「ウィル!馬車を押せッ!!さっきの狭い道まで戻る!」
 師匠の声でハッとした。自分を責めるのは後回しだ。この戦況から脱して姫様を助け出さないと。
 師匠が怪力で以って馬車を押し始めた。今さら積荷なんかどうするんだ?
「師匠!荷は置いて早く撤退しましょう!」
「オレに考えがある!いいから早くしろ!!」
 檄を飛ばされ師匠に並んで馬車の荷台を押す。団長たちが守ってくれているが、
 三人でどれだけもつか解らない。
「こんな危険なもの、どうするんです!?」
 荷台を押しながら師匠に尋ねた。矢が俺たちの脇を掠めて荷台に刺さる。
「道幅の狭いところまで運んだら火薬を爆発させる!
 そうすりゃ道が塞がれて簡単に追っ手から逃げられるだろうが!!」
 …爆発?起爆は―――――マローネの銃か。確かに師匠の言うとおりだけど……
「くッ!!」
 ロブさんが辛そうに顔を歪める。三人がいつ死んでもおかしくない。
「キャッ!!?」
 マローネが短く声を上げて尻餅をついた。
 矢が足を掠めたらしい。直撃はしなかったが切り裂かれた傷口から出血していた。
 接近戦の状態で銃を上手く使えていない。誰かがフォローしないと。
「ロブさん、代わってください!」
 そう言って荷台から離れてマローネに駆け寄った。
 座り込んでしまったマローネに手斧を振り下ろそうとする男の胸に剣を刺す。
「大丈夫か?マローネ」
 マローネを抱き起こして後ろに下がらせた。
 剣や斧を持つ男たちより、遠くから矢を放ってくる賊たちの方が脅威だ。
 弓兵の腕が半端じゃない。乱戦の状況にも関わらず的確にこちらを狙ってくる。
 今はマローネの狙撃だけが頼りだった。

 腕が剣の重みにすら悲鳴を上げ始めた頃。
「いいぞ、全員馬車を捨てて撤退だ!
 マローネ、荷から離れたら樽を撃て。いいな?」
 荷台が細道の入り口に辿り着く。
 師匠の言葉を合図に馬車の隙間から細い山道へ抜けた。馬車の向こうから追っ手が
 一人一人隙間を縫って襲ってくる。
 相手も樽の中身が火薬と分かっているのだろう。弓による攻撃がなくなった。
 追撃も馬車と道幅のおかげで随分楽になる。なんとかなりそうだ。そう思った矢先。

「ま、待って…」
 荷台から出てくる一人の男。馬車の御者だ。
 姿が見えないと思っていたら、荷台に隠れていたらしい。
「ちッ、お前らは先行ってろ!」
 俺たちの後方を走っていた師匠とロブさんが荷台に戻る。いくらなんでも無茶だ。
「師匠!くそっ」
 俺も加勢しようと引き返すがすぐに追っ手が邪魔になって二人に追い付けなかった。
 荷台の側で果敢に戦う二人。追っ手に阻まれ遠くから眺めることしかできない俺。
 やがてロブさんが御者を連れてこっちに走ってきた。
「早く!」
 御者が俺の隣を通り過ぎて後ろに。
 背後は殆ど敵がいない。道の少し向こうでマローネが団長に守られながら銃の弾を込めていた。

 後ろを振り返ったのがまずかった。そのせいで気付くのが遅れた。
 前方に顔を向けると御者に遅れてこっちに向かってくるロブさんを、荷台の上から狙う弓兵。
 ……しまっ――――!!
 声を出そうと、口を開ける。だけど間に合わなかった。
 ロブさんに警告するより早く、矢が彼を貫いていた。
 即死だ。確認するまでもない。生きているかも、なんて僅かな望みすら与えない一撃だった。

 だって、ロブさんの額から、矢じりが飛び出していたから。

「……ッ!!」
 最悪の光景に目を背けたくなった。みんな、みんな死んでいく。
 走っていた勢いのまま、びたん、と倒れるロブさんの身体。
 一度、大きく痙攣を起こした後はピクリとも動かなくなった。
「師匠ッッッ!!!」
 何人もの山賊を相手にたった独りで戦う師匠。彼の二本の剣は既に真っ赤だった。
 馬車の隙間から、あるいは荷台をよじ登って次々に現れる山賊。
 師匠が相手にできる許容量を超えていた。
 師匠の取りこぼした賊がこちらに襲いかかってくる。
 俺が捌ききれる人数もそろそろ限界だった。

 

 

 

 ウィルが苦戦している。私たちのところまでやってくる敵の数も増えてきた。
 これ以上待っていたら、銃を撃つ暇がなくなる。
「何してやがるッ!!さっさと撃て!!」
 荷台の側で戦う、おじさまの怒号が風に乗ってこちらまで届いた。
「……な、何言ってるの…?お父さん。そんな近くにいたら……う、撃てるわけ…」
 抱えている銃をカタカタ鳴らしながら隣で呟くマローネさん。
 弾込めはとっくに終わっていた。
「早くしろ!!!取り返しがつかなくなるぞ!!」
 切り傷を負いながらおじさまが叫び続けるが、マローネさんは銃を構えようともしない。

 ……当然だ。実の父親を殺せるわけがない。そんなこと、一切の迷いなくできるのは私くらいなものだ。
 けれどおじさまの言うとおりここで撃たなければ間違いなく全滅するのも事実。
 どのみち、あれだけの数に囲まれたおじさまを助け出すのは絶望的だった。

「師匠!!師匠ォォォッッ!!」
 少し先で悲痛の叫びを上げるウィル。
 私一人だけが冷静な判断をしていることに嫌気が差す。
 ……これは、私がやるべきことだ。非道い事も平気で出来る私がやらなきゃならないこと。
 そう思って、私はマローネさんから銃を引っ手繰った。
「な、何するの…!や、やめて!!……やっ!!」
 銃を取り返そうとする彼女を突き飛ばした。頭は冷静だ。本当に嫌になる。
 銃を構え、荷台の樽に狙いを定めた。後は引き金を引くだけ。

「ま、待ってくれ!!団長!!俺が!俺が今助けに行くからッ!!」
 私が銃を構えていることに気付いたのだろう。必死でこちらに懇願するウィルの声が耳に入った。

「やめろォォォ!!!お父さんを殺すなァァァァッッッ!!!!」
 マローネさんが私を止めようと立ち上がる。

 瞬間。
 おじさまと目が合った。
 遠くからじゃよく判らなかったけど、頷いているようにも見えた。

 ―――――――この罪、私が背負います。

 私は、引き金にかけた人差し指に力を込めた。

 

 

 

 

 俺の願いも空しく、団長の持つマスケット銃が爆音を上げた。
 弾丸が唸り声を上げて俺を通り過ぎていく。
 樽の中の火薬に火種を与えようと突き進む弾丸。

 火薬が。
  爆発した。

「師―――――――!!!!」

 荷台から溢れた白い光が瞬時に辺りを覆う。
 その光で何も見えなくなる直前。
 師匠が俺を見た。

 俺が見た師匠の最期の顔は、実にあの人らしい、ニヤリと笑う不敵な笑顔だった。


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