Bloody Mary 2nd container 第11話
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「姫様!俺の後ろに!」
 姫様を自分の背後に隠して襲ってくる矢を捌く。
――――囲まれた!

 馬を失った馬車を囲むように俺たちは陣形を組んだ。
 何処に隠れていたのか、山賊たちがワラワラと草むらや岩の陰から出てくる。
「マローネッ、弓兵を頼む!」
 弓兵たちの第二射をやり過ごすと、後ろに控えていたらしい帯刀した男たちが剣を構えて
 襲い掛かってきた。
 数が尋常じゃない。
「くっ!」
 振り下ろす賊の剣を左の剣で受け流し、右の剣で男を袈裟斬りにする。
 次の瞬間には別の男が俺に刺突を放っていた。
「お兄ちゃんッ!」
 すぐ近くから爆音とその男の胸が爆ぜる音。マローネのマスケットだ。

「助かった!マローネ!」
 三人目の賊の腹を薙ぎながらマローネに礼を言った。
 ……このままじゃジリ貧だ。とてもじゃないがこの数は相手に出来ない。
 依然として増え続ける山賊。ざっと百人はいる。
 山賊のくせに一人一人が精錬されている。戦争した隣国の正規兵が子供に思えてくるくらいだ。
 おまけに……
「ッ!!」
 こめかみを押さえながら苦渋を漏らす団長の声。
 相手の喉に剣を刺す彼女に目をやると少し辛そうな表情を浮かべていた。
 二日酔いが祟ったか。
 早くなんとかしないとみんな殺される。
 先ず何より脅威なのが統率の取れた奴らの動きだ。これを潰さないと。
 頭を潰して相手の足並みを乱す。そうすれば今より活路は見出せるはずだ。
 両の剣で二人の男の頭蓋を同時に割りつつ、賊たちの顔を確認していく。
――――首魁は……どいつだ。
 それらしい男の姿を捜して目をしきりに動かす。
 俺の目が、一人の男で止まった。山道の先で高みの見物と洒落込んでいる隻眼の男。
 …あいつかッ!!

 確信してその男の顔を見たとき。

 ズクン。

 胸に激痛が走った。
 あの、男。あの男は。あの男は!あの男はあの男はあの男は!!!
 ひとりでに自分の太刀筋が荒れ狂ってきたのが解る。
 思考と肉体が乖離し始めた。
 頭は止せ、と言っているのに身体は暴れだそうとする。
 隻眼の男への殺意を抑えようと唇を噛んだが、次の瞬間それが無駄になった。

 隻眼の男が、俺たちの苦戦ぶりを見てにやりと口を歪め。
 その表情を引き金に俺の記憶が無理矢理掘り起こされた。

『……ふぅ…まぁまぁかな』

 アリマテアを出て以来。

『五月蝿せぇよ、糞ガキが』

 鎖で雁字搦めにしていたはずの俺の火箱が。

『ちッ、メソメソ鬱陶しい女だな。もう用も済んだし殺っちまうか?』

 もう捨てたと思っていた、俺の中の怒りの火箱が。

『暴れるんじゃねぇよ、この!じっとしてろ!』

 俺の意志を無視して。

『ウィル!助けて!!お願い!!た―――』

 爆発した。

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーッッッッッ!!!!!!!」

 喉が引き千切れそうなほどの咆哮。
 これは、俺の、声、か…?
 身体が異常に熱い。目の前がチカチカする。
 思考が、黒一色に、塗り、つブ、さレる。
 そしテ、俺の意志トは関係なく、全身ノ筋肉が勝手に躍動シ始メタ――――――

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーッッッッッ!!!!!!!」
 頭痛と吐き気を抑えながら賊の剣戟を捌いていたとき、脇から誰かの叫び声が聞こえた。
 その声がスイッチだったかのように私の視界の隅が赤く染まる。
 ……なに?
 不思議に思って振り返ると。

「邪魔だぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」
 ウィルが鬼の形相で回りの賊たちを殺しまくりながら一直線に進んでいた。
 ウィルを中心に、腕や首が次々に舞う。その度に一瞬赤い花が咲いた。
 まるでつむじ風のように走り回る二本の剣。
 周囲の男たちがそれに巻き込まれ切り刻まれていた。
 戦争していた頃の彼と同じ…いやそれ以上の姿だった。
 ウィルが一直線に進む先―――片目の男に向かって赤い絨毯を敷いていく。

「ウィル!何やってんだッ!!」
 おじさまが声を張り上げるが山賊の相手で手一杯らしく彼に駆け寄ることができない。
 いけない。完全に意識が“飛んで”しまっている。
 我を失って陣形から外れ、独りで敵陣に特攻するウィル。
「ウィル!戻りなさいッ!」
 私の言葉が届かない。ウィルが徐々に孤立していく。
 どうして急にあんなことになったのか解らないけど、とにかく早く彼を連れ戻さないと。
 このまま放って置けばウィルは自滅する。
 焦ってウィルを連れ戻そうと私も馬車から離れた。
 それがいけなかった。

「放せぇぇぇッッ!!」
 馬車を離れた私の背後で姫様が喚く。
 自分に失態に気付いて振り返るが、男が姫様を担ぎ上げて連れ去った後だった。


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