Bloody Mary 2nd container 第7話
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 目覚めは最悪だった。

「ウィリアム〜っ!起きよっ!」
 俺を眠りから引き起こす、姫様の声。それだけなら快調に目覚められた筈だ。
 だが。

 ドシンッ!

「ぐほぅっ!!?」
 腹部に強烈な衝撃を受けて無理矢理覚醒させられた。
「街に行くぞっ、ウィリアム!!」
 腹に重みを感じながら目を開けると姫様が俺に跨って座っていた。
「い、痛いですよ…起きますから、ど、どいて…」
 なんとかそれだけ声に出す。
「どうしたのじゃ、ウィリアム!元気がないぞ」
 あなたのせいです、姫様。やっと姫様がどいてくれたので、瞼を擦りながら上体を上げた。
 姫様もベッドに腰かける。
「…で、なんです?姫様」
「うむ、おぬしと街をまわりたいのじゃが。構わぬか?」
「え?でも俺あんまりこの街詳しくないですよ?」
 俺だって先日マローネに案内されたばかりだ。
「いいのじゃ。……わらわは、お、おぬしとデートがしたい。
 …マリィだけでは不公平というものじゃろう?」
 言ってる最中に恥ずかしくなったのか、俺から視線を離す姫様。
 あ、ちょっと赤くなった。なんだか今日は少し様子が変だな。
「わかりました。朝食を取ったら出ましょうか」
「やったーっ!」
 諸手をあげてはしゃぐ姫様。ここまで喜ばれると俺の方が照れてしまう。
「では早く準備して降りて来い、ウィリアム。さもなければ―――――」
 俺に近づきつつ流し目。やばい、姫様が誘惑モードに入った警告だ。
「元気なソレ、わらわが食べてしまうぞ」
 すっ、と左手で朝から絶好調の息子を撫で上げられた。あふん。
「着替えるからとっとと部屋から出てってくださいっっ!!」
 恥ずかしさが頂点を越えて俺は思わず叫んでしまった。
 朝の生理現象の存在を失念していた。ちくしょう。
「あははっ、待っておるぞ。ウィリアム」
 俺にウィンクを飛ばしながら小走りで部屋から退出。完全に掌で踊らされている。姫様……マセすぎ。

 着替えを済ませると、一階に下りて入居者に開放されている厨房兼、食堂に入った。
「おはようございます、ウィリアム様」
 食堂にはシャロンちゃんが客に料理を運んでいた。
「おはよう…って何してんの?シャロンちゃん」
「先日から日雇いでここで働かさせてもらっています」
 …なんとまぁ。仕事見つけるの早いな、シャロンちゃんは。怖いくらい様になってる。
「それじゃ俺も朝食もらえるかな?」
 シャロンちゃんに注文を取ってもらおうと席についた。
「では少々お待ちください」
 相変わらず馬鹿丁寧にお辞儀して厨房の方へ消えていくシャロンちゃん。
 ……あれ?メニュー訊かないの…?
 変に思って厨房の方を眺めていると。

 シャロンちゃんが、鍋を抱えた仏頂面の姫様を連れて出てきた。顔が強張っている。
 鍋が重いのだろうか?というか料理してたの?姫様が?
「う、うぃりあむ…」
 おもいっきり緊張した面持ちの姫様が俺の前のテーブルに鍋を置いた。
「姫様?」
 尋ねても固まったまま。普段は自信に満ちたつり目が今は不安気に垂れている。
 後ろに控えていたシャロンちゃんが、見かねてそっと姫様の肩に手を置いた。
「さ、姫様」
「う、うむ。
 ウィリアム、その、えと、ぽ、ぽぽ、ポトフを作ってみたのじゃが、食べてくれぬか?」
「ポトフ?」
 鍋の中を覗く。
 ………うっ。
 俺はポトフが大好物だ。だから別に朝からこんな重い料理が出てきたとしても俺にとっては
 大した問題じゃない。
 だけど。鍋の中はまるで闇鍋だった。魔女の大釜を連想するような凶々しさ。
「た、食べてみてくれ」
 姫様はそう言いながら鍋の中の黒い流動物を皿に盛っていく。
 ところどころにある黒い固形物はじゃがいもか……?ポトフってのはもっと、
 こう色とりどりじゃなかったか?
 なんでなにもかもが真っ黒なんだよ。
「えーと、ポトフ、なんですよね…?」
 黒い物体を指差しながら姫様の顔を窺った。
「やっぱり……ダメ…か?」
 ぐっ。ちょっと泣きそうな顔された。どうやら回避不能らしい。
「わ、わかりました。いっいただきます!」
 姫様が泣き出してしまう前に慌ててスプーンを取り、掬った。
「……ごくっ…」
 恐ろしいものがこれから口に運ばれようとしている。ちらりと姫様を見るとじ〜っと俺を凝視していた。
 ええぃ、ままよ!俺は腹を括ってその黒い物を口に入れた。

 ポトフ(推定)の味が舌を刺激する。……こ、これは。

「ど、どうじゃ?」
 咀嚼している俺に評価をせがむ姫様。
「不味いです。煮込みすぎでポトフの味がしません」
 俺ははっきりと感想を述べた。
「…っ……そ、そうか……」
 姫様がしゅん、と小さくなる。
「―――――でも、俺の為に作ってくれたんですよね?すごく嬉しいです。
 よかったら…また、是非食べさせてください」
「ほ、本当かっ!?」
 ぱっ、と顔を輝かせる姫様。
「えぇ。今度はちゃんとした姫様のポトフが食べてみたいです。また作ってくれますか…?」
「〜〜〜〜っ!!ウィリアムぅ!!」
 感極まった姫様が飛びついてきた。
「あぁ!あぁ!必ずまた作るぞっ!!」
 飛び跳ねながら抱きつくものだから、危なくてしょうがない。
「うわっ、姫様!こ、こぼれますから暴れないで!」
 また掬ってポトフ(推定)を口に運ぶ。…うん。不味くてうまい。
「食べ終わったら街へ行くぞっ、ウィリアム!」
 こちらが身動きできなくなるくらい、ぎゅうっと抱きつく。
 おかげでその日の食事はなかなか進まなかった。

 

 

「何なの……これ」
 誰もいない厨房で呟いた。
 今日はちょっと寝坊してお兄ちゃんに朝ご飯を用意してあげられなかった。
 その報いなのだろうか。
 目の前にある、空の鍋。これにはポトフが入っていたらしい。
 マリベルとかいう子がお兄ちゃんに食べさせた物だ。
 昨晩、厨房で何かガサゴソしているのを偶然目撃したし、
 さっき、窓からお兄ちゃんとその子が楽しそうに街へ行くのが見えたから間違いない。
 あの子は今、お兄ちゃんと一緒にいる。あたしは独り。

「なんで…」
 なんであたしからお兄ちゃんをどんどん奪っていくの?
 ポトフはお兄ちゃんの大好きな料理。だから勿論あたしの得意料理でもある。
 なのに。
 あたし以外の料理をお兄ちゃんが食べた。
 お兄ちゃんに手料理を食べさせていいのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんの世話をしていいのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんの側にいるべきなのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんと話していいのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんを見ていいのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんを愛していいのはあたしだけなのに。
 お兄ちゃんを…。
 お兄ちゃんを…。
 お兄ちゃんを…。

「あたしだけなのにッッッッッ!!!!!!!!!!」

 ガンッ!!
 視界が真っ白になるほど頭にきて、目の前の空鍋を殴り飛ばした。

「はぁはぁはぁはぁ……」
 カラカラとひしゃげた空鍋が床を転がる。

 気分が悪い。憎悪と怒りで失神しそうだった。
 ――――――――――あいつら、すごく目障りだなぁ・・・・・死ねばいいのに。

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