Bloody Mary 2nd container 第6話
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「お休みなさい、ウィル」
 小声で言って私はウィルの部屋の扉を閉めた。
 かなり疲れが溜まっていたようで、夕食後、私が部屋を覗いたときは彼は既に夢の中だった。
 気付かないうちに無理をさせていたのだろうか。
 もっとちゃんと私がフォローしてあげないと。こんなんじゃウィルの伴侶失格ですね。

 気分転換でもしようと階下のバーに向かうと。
「ほぅ!ではウィリアムは―――――」
 王女の明るい笑い声。誰かと話しているのかな?
「あぁ。あいつは昔っからポトフが好物らしくてよ。
 酒場でも酒飲まずにポトフばっか食いやがるんだよ」
 他に男性の声も聞こえてきた。
 バーの中を覗くとカウンターで王女とベイリンおじさまが歓談していた。内容は…ウィルのことね。
 くっ…あの王女め。私を差し置いてウィルの好物を訊いて一歩リードする気ですね!小癪な!
「その話、私も聞きたいです。おじさま」
 断りもせず、隣に座った。私に気が付いた王女が眉を顰める。
「むっ!おぬしはお呼びではないぞ!マリィ!」
「別にあなたに話があるわけではありません。私はおじさまに訊いたんですよ?」
「ぐぬぬぬぬっ…!!おのれ!マリィのくせに生意気な!」
 拳をぷるぷる震わせる王女。あははっ、顔真っ赤。気持ちぃー。
「はっはっはっは!!姫さん、あんたの負けだ。諦めな。
 それにここは酒を飲むところだぜ?カタイことは言いっこなしだ」
 おじさまが豪快な笑い声をあげて王女の背中をバシバシ叩く。
「けほっ、けほっ…む〜……わらわは不愉快じゃ!!失礼させてもらうっ!!
 ―――――ベイリン、またおぬしと話をしても構わぬか?」
 ぷんすかと怒りながら椅子から飛び降りておじさまに尋ねた。
「勿論だ、楽しみにしてるぜ」
 色好い返事を聞いて王女は笑顔で返し、私には舌を出してバーを去って行った。

「さてと。嬢ちゃん、オレに付き合ってくれるんだよな?」
 王女を見送ると、おじさまは空いた器をこちらに置いた。
「えぇ。喜んで」

 

 

 

「ふーん…あのウィルがねぇ……」
 ちびちびとグラスを傾けながらもおじさまの目は遠くを見つめていた。
「だから、私は彼の助けになりたい。三年もウィルが苦しんだのは私の父のせいだから……」
「そうだな。確かにゲイル=トレイクネルのせいでウィルは苦しんだ」
 ズキン、と胸に刺さる言葉。あはは…容赦ないなぁ。
「だけどな、嬢ちゃん。それはあんたの親父がやったことであんたじゃない。
 それに…あいつを救ったのも嬢ちゃんだぜ。」
「え?」
「あいつが戦争終わってもなんで騎士辞めなかったか解るか?
 あんたがいたからだよ。オレはてっきり村を襲った連中を追うために騎士を辞めると思ってた。
 復讐のためだけに行動していたウィルがそれを曲げて騎士団に残ったんだよ。
 オレたちじゃできなかったことをあんたはやったんだ」
 おじさまは少し自嘲気味に笑った。
「そんな…私は……」
「礼を言わせてもらうぜ。可愛い弟子を救ってくれてありがとう」
 おじさまらしくない、深々と頭を下げた謝辞。
「や、やめてください!おじさま!
 私、そんなんじゃ…そんな人間じゃ……」
 そう、私はそんな人間なんかじゃない。汚い女だ。
 ウィルのためと称して王女を殺そうとした。そういう女なんです、おじさま。

「かっかっかっ!ガラにもないことしちまったな」
 おじさまは笑って頭をかいた。でもすぐに真剣な顔に戻り。
「ついでにひとつ頼んでいいか?」
「え、えぇ…?」
「これは一番ボロボロだったころのあいつを知っているから言えるんだが……
 ウィルがもしまた復讐にこだわるようになっちまったら助けてやって欲しい」
「え?でも彼はもう…」
「わかってる。でもな、いくら本人が変わったっつったって根っこの部分はそうそうすぐには変えられない。
 言い換えれば変わろうとしている今が大事なんだ。だからあいつのことを見ていてほしいんだよ」
 この人は本当にウィルが心配なんだ。これが親心というものなのだろうか?
 父とろくに会話もしなかった私にはあまりよくわからないが何か暖かいものを感じた。
「大丈夫です。おじさま。私、ウィルを見るのは得意中の得意ですから」

 おじさまは私の返事に一瞬目を瞬かせ、すぐに吹き出した。
「ははは!そうか。ウィルもとんだ果報者だな!こりゃ、オレの取越し苦労だったみたいだ。
 安心したぜ。ともかくこれからもウィルをよろしく頼むわ」
 私に手を差し出して握手を求め。
「はい」
 それに私も応えようと―――――

 

「駄目だよ」
 突然の声に驚いて振り返ると、そこにはマローネさんがこちらに怒りの形相を向けていた。
「マローネ…?」
 おじさまもその顔から不穏な空気を読み取った。
「そんな女なんかにお兄ちゃんは任せられない」
 ぎりぎりと歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきそうだ。
「お兄ちゃんが一番辛かったときに側にいなかったくせに……
 今さらあの人の隣に立たないで。お兄ちゃんを助けてあげるのはあたしなんだからッ!!!
 あんたなんかに…あの人が辛い思いをした元凶のあんたなんかにお兄ちゃんは
 渡さないんだからッッ!!!!!」
 憎悪と怒り。その眼はあの日の私と同じ気がした。
「マローネッ!!!」
 ビィィィン…とバーが反響するくらいの怒号。おじさまがマローネさんを一喝していた。
「…いい加減にしろ。それ以上はオレが許さねぇからな」
 彼女は口を閉じはしたものの、それでも私への怒りの眼差しは衰えず。

「―――――ない」
 背骨が凍りつくくらいの低い声。

「あたしは絶対に認めないッッッッッッ!!!!!!!!!」

 私に殺気をぶつけて彼女は走り去っていった。

「…すまんな、嬢ちゃん」
「いえ……」
 そう答えたが私はマローネさんが消えた方向から目が離せなかった。


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