Bloody Mary 2nd container 第5話
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「はい、お兄ちゃん。珈琲」
 お兄ちゃんを気遣いながら宿の部屋に帰ると珈琲を淹れてあげた。
「ありがとう」
 お兄ちゃんが珈琲を飲んで喉を鳴らす。あたしが淹れた珈琲を飲んで。あたしが、淹れ、た……
「……んっ…」
「マローネ?」
 思わず上げてしまった声にお兄ちゃんが訝しそうな顔をした。
「う、ううん!何でもない」
 危ない危ない。久しぶりに世話を焼いた快感にちょっと濡れちゃった。
「…そういえばマローネの淹れる珈琲も随分と久しぶりだな」
「えへへ。懐かしい?」
 昔を思い出して懐かしそうに飲むお兄ちゃん。
「あぁ。あの頃は朝にこれが出なきゃ一日が始まらないって感じだったなぁ」
 エヘ。嬉しい。
「今度は飲まなきゃ禁断症状を起こすくらい美味しいの淹れてあげるねっ」
「あはは。恐いな」
 そう。あたしがいなきゃ生きてけないくらいのね。

「ね、ね、お兄ちゃん。ホントに騎士辞めたの?」
 あたしは気を良くしてお兄ちゃんの隣に座った。
「昨日言っただろ。色々あってな」
「どうせだから聞かせてよ、アリマテアの話」
 最初は軽い気持ちだった。離れて暮らしていた半年間、いや二年間を埋めたいという純粋な気持ち。
 ただそれだけ。
「聞いてもあんまり楽しい話じゃないぞ?」
「それでも聞きたいの!」
「わかったわかった。そうだな、まず―――――」
 だけど。
 お兄ちゃんの口から出たのは本当に楽しくない話だった。

 

 

「―――――で団長たちと旅に出て此処に来たってわけ」

 何なの……それ。

 じゃあお兄ちゃんは仇のトレイクネルの娘と旅してるって言うの…?
 あの銀髪の女はそれを解ってて厚顔無恥にもお兄ちゃんの隣で笑ってるって言うの…?
 あのお姫様は自分の国の汚い謀略の所為で苦しんだって解ってるのにお兄ちゃんに
 付き纏ってるって言うの…?
 お腹の中が煮えくり返りそうなのを必死で抑えた。
「どうした?マローネ」
 お兄ちゃんの声が随分遠くから聞こえる。

 あたしはお兄ちゃんが一番辛かった時から支えてきたのに。
 離れたくない想いを堪えて二年間も我慢してきたのに。
 それを横から掻っ攫った牝豚どもはよりにもよってお兄ちゃんの仇ッ!?

 ゆるせ、ない……ゆるせない。許せない。許せない許せない。
 許せない許せない許せないッ!許せない許せない許せない許せないッッッ!!!!

 激しい憎悪で食いしばった歯が砕けそう。

「お兄ちゃん」
 なんとか感情を心の奥底に閉じ込めて。
「そんな人たちと、旅してて、楽しいの?」
「旅の目的が目的なだけに、あんまり声を大にしては言えないけど……
 まぁ…楽しい、かな」
 照れたように頬を掻くお兄ちゃん。
 ……あんな女たちといて楽しい…?嘘だよ。お兄ちゃん。
「ねぇ、やっぱりあたしたちのところに戻って来ようよ」
「え?」
「あの人たち、なんか嫌な感じだよ。きっとまたお兄ちゃんを不幸にする。
 だから、ね?その前に旅団に戻ろう?」
 そうだ。あの女たちは絶対にお兄ちゃんを不幸にする。あんなヤツらとはすぐに縁を切るべきだ。
「何言ってるんだよ。そんなワケないだろ」
 笑ってあたしの頭を撫でるお兄ちゃん。
 ……駄目。お兄ちゃんは完全にあの女たちに騙されてる。
「それよりマローネ、おかわり、もらえる?」
 あたしに空いたコップを差し出すお兄ちゃん。
「う、うん…」
 とりあえず今日のところはここまでにしとこう。
 でも、お兄ちゃんがまたあんなことになる前になんとかしないと。

 ―――――あたしが、あたしがお兄ちゃんを助けなきゃ。


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