Bloody Mary 2nd container 第4話
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 オークニーの街。主に交易で栄えた街だ。南に広がる大海や、東に存在する帝国領から
 珍しい物品を輸入している。
 中でも最も盛んなのが“火薬”と呼ばれる魔法の粉だ。火を付けるだけで膨大な熱と衝撃が発生する。
 火薬を利用した代表的な兵器に銃と呼ばれる長筒―――――マスケット銃があるのだが。
 アリマテアで戦争してた頃に一度それを見たことがある。
 新兵器だけあって確かに脅威だった。だがそのくせ致命的な欠点がある。
 命中すればほぼ確実に相手を無力化できるが如何せん精度が悪い。
 おまけに次射が撃てるまでのスキも長い。
 その間に白兵戦に持ち込めば難なく片がつく。せいぜい物量で以って相手の戦意を削ぐ程度にしか
 役に立たない代物だ。
 だから戦時中に見かけることは殆どなかった。特に単独での仕事もこなす傭兵や冒険者の類の連中には
 頗る不評だ。
 そういうわけで。

「なんで、わざわざマスケットなんて面倒臭い武器選んだんだよ」
 マローネがいつも背負っている長筒。まごうことなきマスケット銃だ。
「何?お兄ちゃん、今さら」
 街を案内している最中、いきなり脈絡のない話題をされたせいか目をパチクリさせた。
「いや、だってさ。マスケットって手入れの手間かかるし、命中精度だって弓より低いだろ?
 なのに数ある武器からどうして銃を選んだのかなぁ・・っと」
 俺の問いにマローネは自分の指を絡ませながら。
「んー…あたし、剣とか槍って苦手だし…かと言って弓を使えるほど豪腕でもないし」
「何言ってるんだよ、そんな重い長筒しょってるだけで充分ごう…むごっ」
 拳を口に突っ込まれた。何故かマローネはいつもこうやって俺の口を塞ぐ。
「女の子にそんなこと言っちゃダメだよ、お兄ちゃん。
 で話を戻すけど、あたしこういう複雑な道具、結構好きだから手入れもそんなに苦じゃないんだ。
 精度だってちょっとイジれば弓より凄いよ?
 あ、でも一番の理由はやっぱりお兄ちゃんが・・・・・」
 そこで口を一旦閉じて俺の顔をチラチラ盗み見た。
「なんだ?俺がどうかしたのか?」
「…やっぱいい。お兄ちゃんってホントいつまで経っても女心が判らないんだねっ!」
 怒られてしまった。わけわからん。
「それにそれに、あたしのマスケットそんじょそこらの市販の物とはワケが違うよ〜。まずね―――――」
 そこからはマローネの銃の仕組み講座だった。
 火薬の調合が一味違うだの、筒の中に螺旋状の溝を造ったから普通のとは精度が段違いだの。
 俺には解らない銃の構造を事細かに説明。いやもうマローネが銃好きだってことはよく解ったから…

 思い返せばマローネとこれほどたくさん話をするのは久しぶりだ。
 騎士になってからはあまり会う機会がなかったから足掛け二年ぶりってところか。
 こうしていると初めて彼女と話したことを思い出す。
 最初、俺はマローネに話しかけられても殆ど無視していた。
 当時はあの事件が頭から離れず、静かな憎しみだけで生きていた。
 だから彼女と話をする余裕も興味もなかった。ただ奴等を殺せる腕を磨くだけの日々。
 マローネとの関係が変わったのは俺が初陣から帰ってからだ。
 彼女は俺の無事の帰還に泣いて出迎えた。
 彼女は泣いてくれたんだ。世話をされても無視していた俺なんかのために。
 それからようやく俺も現実に目を向け始めた。相変わらず復讐のことが頭から離れなかったけど。
 少なくともそれを剥き出しにすることはなくなった。マローネのおかげで今の俺がある。
 彼女が居なければ俺はただの殺人快楽者になっていただろう。
 マローネには随分迷惑をかけた。自分も戦うと言い出したときはどうなるかと思ったが。
 まぁ今となっては情けない話、徒手空手で勝負したら勝てるかどうか判らないくらいに強い。
 さすがは師匠の血を引く子供だ。
 今はそれくらい傭兵としての腕を身につけているが、当時は戦闘に参加すると言い出したのは驚きだった。
 世話焼きの彼女のことだ、多分俺を心配してあんなことを言ったんだろう。
 彼女には頭が上がらない。
 ……いつか、マローネにもお礼がしたいな。

「―――――それに……あたしが次弾用意してるときはお兄ちゃんが守ってくれるもんね?」
 相貌を崩して俺に笑いかけた。
「あのなぁ…騎士辞めたからって俺が傭兵旅団に戻るって決まったわけじゃないぞ?」

「あははっ。駄目だよ、お兄ちゃんはあたしを守らなきゃ。絶対に連れ戻すんだから。
 ―――――あんな女どもには渡さない」

「え?」
 最後の部分はよく聞き取れなかった。一瞬マローネの顔に戦慄したが……見間違いか?
「あ、お兄ちゃん。あそこはロブおじさんの好きな酒場だよ」
 道の向こうにある一軒の寂れた酒場を指さす。もう彼女は笑顔だった。やっぱり見間違いだったんだろう。
 気を取り直して俺も酒場の方に目を向けた。

「はー……ありゃ、また……
 師匠もロブさんも…どうしてああいうボロい酒場を好き好んで通うんだろ」
 アリマテアに居た頃もそうだったけど二人とも酒が多少不味かろうがあんな雰囲気の潰れそうな酒場が
 好きだ。
 なんでも「いかにも傭兵が好みそうな感じがたまらない」んだそうだ。
 彼らの妙なこだわりは理解できない。
「あ、誰か出てきた」
 呆れて天を仰いでいるとマローネが店から客が出てくるのを見つけた。
 って、他にもあんな店を好む変わった感性の人間がいたのか。
 そう思いながら顔を確認する。

 ズクン。

 胸に激痛が走る。

 ―――――?

 どこかで見た顔だな。    (何を言っている。)
 えーと。          (忘れるわけないだろう。)
 確か…           (あの男だ。)
 随分昔に見たような…    (×××を×した男だ。)
 誰、だったかな。      (たとえ神が庇おうとも神ごと×××やるとお前が誓った男だ!)

『いやぁぁぁぁぁッッッ!!!!!』

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「―――――お兄ちゃんッ!!!」
 マローネの叫び声で俺は現実に引き戻された。
「・・はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・・はぁ」
 知らない間に肩で息をしていた。どうなってるんだ?
 マローネが俺の腕を痛いほど強く掴んでいる。
 見れば、俺は無意識のうちに腰の剣に手をやっていたらしい。剣を鞘から抜こうとしていた。
 こんな街中で抜剣しようとするなんて……何考えてんだ、俺は。

「だ、大丈夫?お兄ちゃん」
「あ…あぁ。もう平気だ、心配かけたな」
 背中をさするマローネに笑顔で返し、気分を落ち着ける。
「長旅で疲れたんじゃない?今日はもう帰ろう?」
「…そうだな」
 まったく…マローネに諭されるまで気づかないとは。
 不慣れな長旅で気づかないうちに相当疲れが溜まってたんだろう。タチの悪い幻覚だ。
 もう一度酒場の方を見るが、店を出た客の姿は見当たらなかった。


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