Bloody Mary 2nd container 第2話
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 あたしには好きな人がいる。
 あたしより二つ年上のお兄ちゃん。三年前お父さんに引き取られた人だ。
 初めて会ったときは何を言っても反応がない無口な人だった。挨拶やお礼なんかも言わない、
 無愛想を体現したような。
 ヘンな人。最初の印象はそんな感じだった。
 ある日、その人はお父さんに剣を習いたいと言った。
 てっきりお父さんは断るかと思ったんだけど、意外にもあっさり承諾したみたい。
 あの人から何か感じ取ったのかな?
 そこで初めてあたしはあの人に興味を持った。
 淡々と剣の訓練をこなすあの人をあたしは少し離れて眺めていた。
 なんでこの人はこんなに、まるで何かにとり憑かれたように訓練するんだろう。ますますヘンな人。
 そう思いながらもその人から目が離せなかった。無愛想な彼に少しずつ世話を焼くようにもなった。
 もともと天賦の才能があったのだろう。それに加えてあの努力。
 その人が戦場に出る日はすぐに来た。
 お父さんと同じように腰に二本の剣を挿し、戦場に向かう後ろ姿。それをあたしは見送った。
 新兵が戦場で死亡する確率は高い。待ってる間不安で押し潰されそうだった。
 以前、旅団の人が初陣だったときもここまで心配していなかった。
 どうして…?どうしてこんなにあの人が気になってるの…?
 答えは簡単だった。
 ――――あたし、あの人が好きなんだ。
 呟くとそのときの自分の感情とピタリと符号した。
 あの人が無事に帰ってきたのを確認すると我を忘れて泣きながら飛びついた。
 その日を境にあの人は少しずつあたしに話しかけてくれるようになった。
 彼の心境にどんな変化があったのか解らなかったけどあたしは天にも昇る気分だった。
 それまではどちらかというと殺伐としたイメージだったのに実際に話をしてみると凄く優しい人だった。
 とても争い事を生業にしている人間とは思えないくらい。
 これは後からお父さんに聞いたのだけど、彼は例の事件で心にかなり深い傷を負っていたらしいから
 本来の性格はあんな感じだったんだと思う。
 嬉しい。あたしがあの人の心を開いたんだ。
 自惚れかもしれないけど、もしかして自分はあの人の中で結構重要な位置にいる人間なのかもしれない。
 そう思って告白してしまおうかと思った。

 でもそれはすぐに思いとどまることになる。
 彼が毎夜、うなされながら女の人の名前を何度も呼んでいることを知ったからだ。
 キャス――――死んでなお、あの人の心を捕らえて放さない女性。
 羨ましかった。あの人にそれほど想われている、顔も知らないキャスという女性に嫉妬した。
 でも、あたしにはまだ未来がある。死人には決してマネできないアドバンテージだ。
 だからあたしは彼が過去と決別できるようになるまで影で支えることにした。
 いつか彼の隣に立ち、手助けができるようになるため、銃の扱い方を猛勉強した。
 あの人が騎士になると言い出したときは心が張り裂けそうだったけど我慢した。
 戦争が終わったら騎士を辞めると思っていたのに結局辞めなかったことにも文句を言わなかった。
 全ては彼が過去の悪夢を断ち切るため。
 ただでさえあの人が騎士になってから殆ど会えてなかったのに、
 そのうえアリマテアを離れるというのは正直気が変になりそうだった。
 いや、それは現在進行形。オークニーに来て約半年。さすがに我慢の限界に来ている。

 早く、早く、あの人に会いたい。
 ――――――――ウィルお兄ちゃん。

「遅いなぁ…お父さん。手紙ではそろそろって書いてあったのに」
 馬車の停留所で独り呟く。お父さんが帰ってきたらお兄ちゃんが半年間何してたか聞かなくちゃ。
「あ!」
 街の入り口から見える道の向こうから馬車がやって来るのが見えた。お父さんが乗ってるのあれかな。
 少しずつ近づくにつれ、荷台に乗っている人の形がおぼろげに見えてくる。
 乗客の一人に体格のいい人影。間違いない。おとう―――――

 ドクン

 あれ……?お父さんと話してる、あの人……誰?
 見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない。

 ウィルお兄ちゃん!!!!!!!!

 心臓が壊れたように鼓動を早めていくのが解る。
 どうしてここにいるのかなアリマテアの方はどうしたのかな騎士はもう辞めちゃったのかな
 鎧は着てないから
 そうなのかもううんきっとそうもしかしてあたしに会いに来てくれたのかな
 もしそうだったら嬉し――――

「お兄ちゃーーーーーんっっっっ!!!!!!!!!」

 気が付けばあたしは全力で駆け出した。
 お兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会える!!!!

 あ、お兄ちゃんが驚いた顔してる。すぐにそっちに行くからね。
 ちょっと危ないけど、走行中の馬車に飛び乗った。体術の訓練サボらなくて良かった。

「おにいちゃんっ!!」

 すぐにお兄ちゃんに飛びついた。半年振りの懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。
 …あれ?でも何か違う匂いも混じってない?
「こら!走ってる馬車に飛び乗る馬鹿がどこにいる!?」
 馬車の運転手さんに怒られちゃった。別にいいや。お兄ちゃんに会えたし。
「危ないだろ、マローネ」
 嗚呼、お兄ちゃんの声!!鼓膜から甘い痺れが全身に広がる。
「えへへ。格闘訓練の賜物だよー。
 それよりお兄ちゃん、あっちで身体壊さなかった?ちゃんとご飯食べてる?歯は磨いた?」
「俺は子供か」
 お兄ちゃんのトレードマーク、困ったような笑顔。久しぶりに見れた。嬉しいな。
「お前の方こそ元気にしてたか?」
「誰に言ってるの。このマローネちゃんが体調崩すハズありませーんっ」
「まぁ馬鹿は風邪ひか……むごっ」
 要らないこと言う前に口に拳を突っ込んだ。
 あ、手がお兄ちゃんの唾液でべちょべちょ…えへ。後で舐めちゃお。
「あー、マローネ。父親は無視ですか?」
「お父さん、うるさい」
 なんか言ってるお父さんを一蹴。
「……娘がグレちまった……」
「はいはい、オカエリナサイオトウサン」
 拗ねてしまったお父さんにも一応挨拶。そこで少しだけまわりの状況が目に入る。
 ……あれ、やけに視線が痛いんだけど……
 周囲を見ると三人の女性が穴を開けてやろうかというくらいこちらを凝視していた。
 やだ。他に乗ってる人たちにあたしたちのラヴっぷり見せつけちゃったぁ。にへら。
 三人を見ていることに気づいたお兄ちゃんが不意に口を開いた。
「あぁ、マローネ。紹介するよ。この人たちとはアリマテアから一緒に旅してるんだ。
 手前の銀髪の人が――――」
 何か信じられないことを言おうとするお兄ちゃんの声を、こちらをずっと見ていた三人が
 途中で遮るように同時に声を上げた。

「ウィルの妻のマリィ・ケノビラックです」
「ウィリアムの妻、マリベル・ケノビラックじゃ」
「ウィリアム様の妻でシャロン・ケノビラックと申します」

 

 ――――――――なに……それ。

「ちょっとっ!?三人とも、変なところでシンクロしないでください!!
 俺は結婚なんかしてません!!」

 さっきまでの幸福感がなりを潜め、代わりに苛立ちと不安があたしの心を埋めていく。

 なんで、楽しそうに話すの…?お兄ちゃん。
 なに?この人たち。
 何なの……このドロドロとお腹の底に溜まっていく嫌な感情は。


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