Bloody Mary 2nd container 第10話
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 翌日。
 山道へと続く街の西口、そこで今回の仕事の依頼主と合流した。
 ベイリン傭兵旅団の七名と、俺、団長を含めた計九名で護衛に当たる。
「積荷は何なんですか?」
 俺は荷台に被せられた布の隅を捲って馬車の御者に尋ねた。中にはいくつもの樽が載せられている。
「火薬、だよ」
「げっ……じゃあ火の気はヤバイですね」
 驚いて荷台から飛びのく。
 どうりで報酬額が高いわけだ。山賊の出る山道を火薬の積荷を護衛しながら通る。骨が折れるな。
 後でマローネには注意した方が良さそうだ。

「ぅ……」
 マローネの姿を求めて回りを見ると団長が荷台に手を着いて顔を蒼くさせていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…ウィル…平気です。情けないですけどただの二日酔いですから。
 実は昨日ちょっと飲み過ぎまして……」
 照れて笑う団長。
 実は…って、昨日俺に絡んだこと覚えてないのか。
 昨日のことは俺の胸の内に閉まっておこう。
 あんな可愛……いや自分がどんな酔い方したか知らない方がいいだろう。
「お、お大事に…」
 団長から目を離してマローネを捜した。

 …いた。少し離れたところでマスケットをいじっている。
 どうやら銃の調整をしているらしいマローネに駆け寄って声をかけた。
「積荷は火薬らしい。
 マローネ、気をつけろよ。引火したら終わりだ」
「ん、わかってる…」
 生返事。ずっとこんな調子だ。
 落ち込んでいるのかそれとも何か考え事をしているのか…
 どちらにせよ、元気が取り得のマローネのこんな姿は見たことがない。
 これは師匠の言うとおり彼女をちゃんとフォローしていた方が良さそうだ。
「気分が悪いんなら俺か師匠に言えよ?」
 黙ったまま二丁め――――予備の方の銃の調整を始める。
「…マローネ?」
「ねぇ、お兄ちゃん……」
 マローネとは思えない覇気のない声。顔も俯いていてどんな表情なのか確認できない。
「ちゃんと、守ってあげるからね」
 パチンと火薬の乗っていない火皿の上の当たり金を火打石が叩く。
「俺のことはいいから。それよりお前はちゃんと俺の後ろにいるんだぞ?
 約束通り、お前が弾込めしてる最中は敵に指一本触れさせないからな」
 そう言うとやっと顔をあげた。今日初めて見た彼女の顔はやや驚いた表情だった。
「ありがと」
 少しだけ元気を取り戻したのか俺に笑顔を見せてくれた。
 うん、マローネはこうでないと。

 ふとこちらの様子を窺っていた師匠と目が合う。
 師匠は「やれやれ」と俺に肩を竦めていた。
「よし…じゃあお前ぇら、準備はいいな?」
 師匠の集合の号令と共に俺たちは出発した。

 

――――――――・・・・・

 

「出てこないですね」
 俺の隣を歩いていた団長が呟く。
「……このまま街まで無事に行けたら有難いんですけどね」

 例の山賊が出るという山道に入って一時間。一向に姿を見せない。
 今歩いているところは左が崖で右側が断崖絶壁になっており、おまけに道幅が狭い。
 馬車の隙間には人一人がやっと通れるほどの隙間しかない。
 なので師匠を始めマローネ以外の旅団のメンバーは前方を、
 団長や俺、マローネは後方警戒の陣形で山道を歩いている。
 
 だけど流石に警戒しっ放しで肩が凝る。いい加減、みんなの集中が切れる頃だ。
 マローネが心配で少し後方を歩く彼女の様子を見た。
 銃を両手で抱えたまま、目は少し虚ろ。団長の方を見ているようだが焦点が定まっていない。
 うーん…やっぱ変だな。
 俺は見かねて、歩く速度を落としてマローネの隣に移動した。
「緊張してるのか?マローネ」
「あ…お兄ちゃん」
 俺に声を掛けられるまで気付かないとは。これは相当調子悪いんじゃないのか?
「大丈夫だよ。師匠だっているし、俺もついてる。
 それに団長は百戦錬磨のアリマテアの英雄だぞ?……二日酔いだけど」
 頭を片手で押さえている団長に目を向けてほんのちょっとだけ不安になった。
「だから不安なんだよ…」
 団長を見ながらぎゅっと銃身を掴んだ。
「え?」
「…なんでもない。お兄ちゃんは持ち場に戻って」
 マローネに言われて仕方なく団長の元に戻ったが、結局彼女の瞳は虚ろなままだった。

 道幅の狭かった険しい山道を抜けると、道幅が広くなり傾斜も緩やかになった。
 先程とはうってかわって緑も生い茂っている。

「マローネさん…ですか?」
 しきりに後ろを振り返っていたら団長に気付かれてしまった。
「えぇ。今回の仕事の内容がちょっと危険なものですから気になって……ん?」
 団長に顔を向けようと首を動かすと。
 彼女のやや斜め前方――――――つまりは積荷に被せてある布が不自然に動いたのが見えた。
 見間違い、じゃない。

「どうしま…」
(しっ!団長、前にいる師匠に言って馬車を止めてください)

 団長の言葉を遮って小声で言う。
 彼女もそれに不穏な空気を感じ取ったのかすぐに先頭を歩く師匠の元まで黙って走って行った。

 ……積荷に誰かいる。
 こんなところに隠れてるってことは街からずっと此処にいたのか?
 俺は布が動いた辺りに意識を集中させながら剣を抜いた。
 馬車がゆっくり停車した。
 師匠が合図してくれたのだろう。皆が荷台を取り囲んで配置につく。
 師匠に目配せしながら荷台に近づいた。
「……出て来い。黙って出てくれば危害は与えない」
 剣を構えつつ布の向こう側に隠れているであろう人物に警告した。
 緊張の糸が張り詰めた沈黙。やがて。

「あ、あはは……ウィリアム…」
 布を捲くって現れた、引き攣った笑いを浮かべる少女。……姫様だった。
「はぁ〜……こんなところで何やってるんですか」
 脱力して剣を収める。呆れて怒る気もしなかった。
 警戒していた周りの皆も呆れて持ち場に戻っていった。
「す、すまぬ…ウィリアム……
 マリィだけ一緒なのはズルイとおもったのじゃ……」
 今回は流石にやり過ぎたと感じたのか縮こまって俺に謝った。
「まったく……これっきりにしてくださいよ?
 次、こんなことしたらいくらなんでも怒りますからね?」
 荷台で小さくなって俯いてしまった姫様を降ろした。
「ウィル、姫さんから目離すなよ」
 師匠も苦笑いを浮かべて馬車の前方に戻った。

「俺の側を離れないでください、姫様。
 団長、フォローお願いします」
 俺一人で姫様とマローネ両方を見ているのは辛い。
 団長にも力を貸してもらえるよう願い出た。
「わかりました。任せてください」
「マリィもすまぬ…」
「え…?い、いえ」
 姫様に謝られて面食らう団長。姫様が真剣に団長に謝るなんて。
 相当堪えたらしい。まぁ確かに今回は強く反省してもらわないと。
 物騒な場所を姫様連れて歩くのはリスクが高―――――

 ヒュッ

 馬車が再び動き出そうとした刹那。
 何かが風を切る音が聞こえた。戦時中よく聞いた音だ。これは……

 ヒヒーンッ!

 直後に馬の悲鳴。
 矢が馬の首に刺さっていた。
「出たぞーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!!」
 誰かの叫び声につられて、木々の影に目を凝らすと。

 何人もの男たちがこちらに向けて弦を絞っていた。


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