お願い、愛して! 第6回
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 学校では異常なまでの好奇の視線を受けた。
 クラスに入った時は、誰だとクラスメイトに訊かれたほどだ。
 名前を言った途端、様々な視線が返ってきた。
 驚嘆、羨望、嫉妬、侮蔑、嫌悪、興味。
 もともと瑞菜以外のクラスメイトの存在に無頓着だった俺は、クラスでもあまり
 評判が良くなかったため、それは予想通りの反応だった。
 知った途端、男子は声もかけてこなくなった。
 だけど予想と違って、女子はそうじゃなかった。急に馴れ馴れしくなった気がする。
 それが好意からのものだと、気付くのにそう時間はかからなかった。
 まさに手のひらを返したようなその態度に、内心嘲笑しながらも、愛想良く振舞った。
 疎遠な男子にも積極的に話しかけた。
 だけど男子から一度もらった不評の烙印はなかなか消えず、戸惑いや不信感が露にされていた。
 本当はそんな架空の烙印なんか俺自身はどうでも良かったのだが、その印が瑞菜にも影響するとなると
 話は別だ。

 瑞菜は誰かに嫌われるのを恐れてる。

 別にクラスメイトと友達になる必要はないし、なりたくもない。ただ悪いイメージ
 さえ消えてしまえば、それで良かったんだ。

 

 ――予鈴が鳴り、黒板に図式を残したまま数学の教師が出て行く。
 午前中のほとんどは始業式で潰れたが、この学校ではそれで放課になるなどという
 学生の立場に立った良心的なことはしてくれない。きっちり午後の授業まで挿入してくれる。
 今はその繋ぎの時間。昼放課だった。
 席を立ち、思い思いの場所へ向かい始めるクラスメイト達。
 俺はクラスメイト達の流れに逆らって、席に座ったままだった。
『キョータくん』
 そう言って、俺を呼んでくれる瑞菜を待つために。

「雨倉先輩」

 来た!
 高揚した気持ちを抑えながら俺は机に置いていた弁当を掴んで……。
 …………。
 ………………え。
 …………雨倉先輩?
 弁当を掴みながら、視線をクラスの入り口へ寄せた。

「?」
 ……誰だ?
 急速に高揚した気持ちが萎えてしまった。

 

 そこに居たのはツインテールが印象的な可愛らしい少女。
 胸につけた黄色のリボンからすると、どうやら一年生らしい。当然、面識はない。
 怪訝そうに眺めている俺に少女も気付いたようだ。
「……? ……え? ……せんぱい?」
 少女は誰だか分からないというように、一度首を傾げた後、驚いたように目を見開いた。

「……雨倉は俺だけど、何か用?」
「あっ……あの、その……ですね」
 ……いけない。また無愛想に言ってしまった。萎縮した様子の少女を見て、反省する。
 どうも、家族や瑞菜以外の人間には、意識しないと無愛想に対応してしまうのだ。
 俺は少し声を和らげながら言った。
「何か俺に用事があって呼んだんだよな?」
「え、あ……はい……」
「なに?」
「えっと……」
 口ごもる少女。随分大人しそうな娘だ。

 だけど、こうもしていられない。
 もうすぐ瑞菜が来るはずで、用事があるなら早く済ませて欲しいからだ。
 夏休み明けの、二学期最初の日の一緒の昼食。できる事なら瑞菜とゆっくり食べたい。
 それに、何故だかは分からないけど、女の子と話している姿を瑞菜には見られたくなかった。
 なのに……。

「キョータくん! ……ごは……ん?」
「あ……」
 夏休み前といい、俺って何だかいつもタイミング悪くないか?

 

 

「一年の朝生凪です。その、よろしくお願いします」
「雨倉京太。こちらこそよろしくな」
「わたしは……知ってるよね?」
 瑞菜がクスッと可愛らしく笑う。
「あ、はい。それに……」
「ん?」
「雨倉先輩の事も、知ってます」
 まぁそれはそうだ。知らなかったら俺を呼ぶこともできない。
「そういえば前に会ったときからキョータくんのこと知ってたみたいだよね?」
「えと……はい。白河先輩の幼馴染で有名ですし」
「そうなのか……」
 だとしたら、俺が瑞菜の付き合いを狭めていたのかも知れない。
 俺の不人気のせいで。
「でも良かったよ。瑞菜に良い友達ができて」
 なにせ、瑞菜が自分から友達だと紹介してくれたのは朝生が始めてだ。

 瑞奈に友達はたくさんいるはずなのに、その境遇からやはりどこか一線を置いているのを感じていた。
 だけど朝生に対してはその境界線を感じない。
 瑞菜が俺にこうして自己紹介を勧めたのも朝生が始めてだった。

 

 サンサンと夏の太陽が照りつける屋上。
 無骨で大きな配線らしき管に腰掛けながら、俺たちは三人で昼をとっている。
 朝生と一緒に昼食を食べる事を提案したのは俺でも朝生自身でもなく、瑞菜だった。
 いつどうして友達になったのかは内緒らしいが、恐らくは夏休み中だろうという予想はついた。
 そして朝生の持つ過去にも。

 俺たちは昔、自分を虐げてきた種類の人間たちに一線を置いている。
 それはとても根深いもので、今更どうする事もできない。
 そんな俺たちが自分から友達だと言える人物は同じような境遇を持った人間に限られる。
 つまり、朝生にもあるはずなのだ。

 ――――深い傷痕が。

 そうなれば、俺にとっても大事な同志だ。
 傷の舐めあいだろうとなんだろうと、俺と瑞菜はそういう生き方をしてきたのだから。
 そうして痛みを……欠けた家族の痛みを和らげてきたから。

「あの、先輩っ!」
「え……あぁごめん、なに?」
「わたしとも……その……」
 もじもじと言葉を濁す朝生。
 この控えめな性格には、きっと何か辛いことで裏づけされているのだろう。
 なら、
「明日も、三人で食べようか」
「えっ!?」
「友達……だからさ」
「! ……はいっ!」
 少しでも、辛いことが忘れられるように、舐めあっていよう。

「……………………」

 傷の舐めあいなんて、束の間のものだとしても。


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