血塗れ竜と食人姫 第23回
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 ユウキさんだ。
 ユウキさんだユウキさんだユウキさんだユウキさんだ。
 やっとみつけた。
 これでたすけてもらえる。
 いたかった。
 くるしかった。
 つらかった。
 
 だって…………がいなくなっちゃったから。
 
 でも、ユウキさんにあえたから。
 あうことができたから。
 きっと、…………にもあえるはず。
 これで、ぜんぶもとどおり。
 いたかったけど。くるしかったけど。つらかったけど。
 でも、がまんできたから。
 だからきっと、ユウキさんは、わたしをたすけてくれるんだ。
 
 
 …………あれ。
 
 
 ゆうきさんのまえに、みおぼえのあるひとがいる。
 だれだっけ。
 わすれちゃった。
 おぼえてない。けど、なんだかこわい。
 こわい。
 このこ、こわい。こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
 ころされる。
 いやだ。
 やっとユウキさんにあえたのに。
 ころされたくない。
 ユウキさんとわたしは…………にあいにいくんだから。
 じゃまなんて、させない。
 だから、ころしてやる。
 
 
 
 
 

 粉塵の中からゆっくりと歩み寄る女性を見て、白の右肩はじくじくと痛んだ。
 壁を破壊して入ってきたのは、間違いなくユメカ・ヒトヒラだった。
 腕を引き千切り、その眼孔に突き刺した感触を覚えている。
 あれで生きていたとは、強靱な生命力によるものか、はたまた抉られた場所がよかったのか。
 まあ、生きていたことはこの際どうでもいいとする。
 問題は――どうしてこの部屋に来たのかということ。
 ここはいち囚人の部屋であり、半死体が来る場所ではない。
 
 ゆうきさん みつけた
 
 ……そういうことか。
 こいつも、ユウキに惹きつけられてやってきたのか。
 そういえば、試合のときも、ユウキのことを言っていた気がする。
 
 ユウキに嫌なニオイをくっつけて。
 自分の右腕を吹き飛ばした。
 
 はっきりいって、気に食わない。
 でも。
 今は、戦う理由なんて、ない。
 闘技場で敵として相対するならともかく、ただユウキを探してここに来たのなら。
 気に食わないが――立ちふさがる理由もない。
 全身から立ちのぼる禍々しい気配こそ気になるが、
 殺されかけた相手を目の前にしたのであれば、そう不思議ではない反応だ。
 本音を言えば、ユウキに近寄る女は全て引き千切ってやりたいところだ。
 でも、こんな半死体になってまで、ユウキを求め続けていたのならば。
 ――自分も、ユウキに会えない間は辛かったから。
 その辛さをどうしても共感してしまい、殺してやろうという気には、なれなかった。
 
 だから、近付いてくるユメカには、特に手を出そうとはせずに。
 そのまま、道を譲ろうとして。
 
 
「――危ない!」
 
 
 その叫び声がなかったら、きっと反応できなかった。
 咄嗟に視界が全てを捉える。
 ユメカの右腕が、捻られていて。
 その腕には、手甲が装備されていて。
「ッ!?」
 息を吸い込み、吐く一刹那。
 横に跳ぶと同時に、ユメカの腕が白のいた空間を引き裂いた。

 

 

 ――迎え撃とうとしなくてよかった。
 きっと、気付くのに遅れていたら、咄嗟の反応で逸らそうとしていたに違いない。
 だが、今放たれた一撃は、闘技場で見たものより、段違いに速くなっていた。
 迎撃が間に合わずに、そのまま粉々にされていたかもしれない。
 気付かせてくれた声の主に、視線を送る。
「……どうして、わかったの?」
 自分ですら、前もって攻撃を見抜くことができなかったのに。
 それを、どうして。
 
「見覚えがあるんだよね。
 嫌なことがあって、どうしても諦められないものがあって。
 で、現実逃避して、甘いところだけを啜ろうとしてるの。
 ――そいつ、ユウキさんを独り占めするつもりだよ。さっきまでの私たちみたいに」
 
 
 
 言いながら、アトリは裸のままユメカに歩み寄る。
 ぺたぺたと、軽い足取りに恐怖は微塵も含まれない。
「見てるとさ、すっごくイライラするんだ。
 だって――そいつ目、どう見ても、ユウキさんを殺して自分を死ぬ、って感じなんだもん」
「……そう」
 アトリの言葉に得心がいったのか、白も怪物姉に対して戦闘態勢を取る。
「……それはそうと、助けたお礼がまだなんじゃないの?」
「…………声をかけられただけ」
「それがなかったらやばかったんじゃない? ほれほれ、頭を下げれ」
「……やだ」
 
 白とアトリは呑気に会話しているように見えるが、その実、ユメカに対する警戒は失われていない。
 相手が不振な動きを見せたら、即動けるように緊張状態を保っている。
 
「……お前」
「……? ひょっとして、私のこと? ちゃんと名前で呼びなさいよー」
「知らない」
「私の名前はアトリ。アトリ様でいいわよ」
「どうでもいい」
「むか。……ま、まあいいわ。んで、あんたの名前は何だっけ。――白?」
「白って呼ぶな」
「? でも、ユウキさんはそう呼んで…………ははあ。なるほど」
 にやり、とアトリは唇の端を歪めた。
「で、白。何か聞きたいことがあったんじゃないの? わざわざ声をかけてきたんだから」
「…………」
「白ー。白ちゃーん。何でも答えちゃいますよー?」
「……うるさい」

 

 繰りかえすが、2人は油断などしていない。
 冷静に、ユメカと自分らの戦力を比較して、まず不覚を取ることがないと確信しているのだ。
 半死人だからといって気を抜いたりなどしていない。
 ユメカの攻撃力は侮れない。故に2人は、ふざけているようでいて、
 注意が真っ直ぐユメカに向けられていた。
 
 だから。
“それ”が来たとき、反応できたのは奇跡だった。
 
 白を呼び名でからかおうとしていたアトリ。
 それでも、ユメカへの注意は怠っていなかった。
 逆に言えば。
 ユメカにしか、注意していなかった。
 
「――アトリ!」
 
 そこへ、白が体当たり。
 重心と打点を完璧に捉えていた、強烈な体当たりである。
「うぎゃっ!?」
 故に、アトリが悲鳴を上げて吹っ飛ぶのは当然のことで。
 
 故に、アトリは粉塵の中から現れた剣に刺されずに済んだ。
 
 鋭い突き。
 それは辺りを覆っていた粉塵を一掃し。
 引き戻されたところで、使い手の姿が視認できた。
 
 
「――粉塵の揺れを視界の端で捉えたか。
 食人姫を庇ったのは不可解だが――どうせ両方とも殺すから、関係ないか」
 
 
 其処にいたのはアマツ・コミナト。
 昨晩白と死闘を演じ、右腕を負傷したはずの“銀の甲冑”。
 しかし。
 その右腕はしっかりと剣の柄を握りしめ。
 滾る気迫は、昨夜のものとは比べものにならなかった。
 
 
 
「……えっと、これ、どういう状況?」
 吹っ飛ばされたアトリが、起きあがりながら呆然と呟く。
 白は厳しい視線を怪物姉と銀の甲冑に向けながら――言った。
 
「わからないけど――こいつらは、敵」

 

 
 
 
 
 
 最初に仕掛けてきたのはユメカだった。
 見かけは半死体でも、状況判断はできるらしく、アマツが己の敵ではないと認識した次の瞬間。
 目下の敵――白に向かって距離を詰めた。
 刃の付いた手甲を、しかも零距離打撃で。素手で逸らすのは難しい。
 先程の空振りを“見て”、白はどうすればいいのか考える。
 攻撃の勢いをそのまま利用するのは難しい。
 何せ――速さが素手のときを数段上回る。捉えるのは困難を極めるだろう。
 攻撃は基本的に避けるしかない。
 そして――避けた後、脆い部分を攻撃する。
 以前までの白だったら、相手の攻撃の勢いを利用しなければ大きなダメージを
 与えることはできなかったが。
 今は、ユメカから盗んだ技がある。
 動きは全て見切れているのだから、後はタイミングを合わせてそれを叩き込めば充分だ。
 充分なのだが――
 
 
 
 
 
 ユメカが白に突撃してから一呼吸。
 アマツも、アトリに対して斬りかかってきた。
 豪快な、大剣による斬撃。
 鉄すら切り裂く必殺の斬撃を、欠片も躊躇せずにアトリの脳天に叩き込む……!
「――がぎッ!」
 しかし。
 斬撃を認識した刹那に、アトリは咄嗟に上を向き、強靱な顎で斬撃を受け止めた。
 アマツの剛力で打ち込まれた斬撃――それを、完璧に止めていた。
 アトリの全身は非常識なまでの防御力を誇っているが、最も強靱なのは、やはり歯と顎である。
 顎の筋肉は外見からは想像できないほど絞り込まれていて、鉄どころか金剛石すら噛み砕く。
 そんな顎でがっちり押さえられているのだから、当然アマツの剣は動かない。
 普段なら、完全に武器を封じている今の状態から、腕あたりを掴んでそこへかぶりつくのだが。
「んぎ……ぎぎぎ……ッ!」
 そのまま剣を噛み砕こうと、顎に全力を叩き込む――
 
 
 
 
 

 

 ユメカの攻撃発動のタイミングは見切っていた。
 頭の天辺から爪先まで、全てを連動して、あのとんでもない威力を出しているのだから。
 予備動作はかなり前段階から発生している。
 それは数刹那の時間でしかないが、それこそ一刹那の間に攻撃を見切り引き千切る白からすれば。
 前もって「このときに攻撃が発動しますよ」と教えられているようなものだった。
 だから、避けるのは容易い。
 
 ずばん、と空気を引き裂いて。
 ただ差し伸べられていただけの手が、凄まじい勢いで突き出される。
 しかし、白は既に体を開き、その一撃を避けていた。
 
 あとは、肘の辺りに手を添えて、同じように強烈な一撃を炸裂させれば――
 
 
「……ッ!」
 
 
 しかし、白はそのまま飛び退いてしまう。
 これ以上ないくらいの好機だったのに。
 相手の威力とこちらの威力の相乗効果で、確実に、
 
 
 腕を、千切り飛ばすことができたのに。
 
 
 好機は後に危機となる。
 再び攻撃動作に入るユメカ。素早い。
 一瞬でも気を抜けば、確実に殺されてしまうだろう。
 それを、ギリギリで何度も避ける。
 集中力を糸に例えるならば、白のそれはいつ擦り切れてもおかしくない。
 
 でも、白が反撃に移ることは、なかった。
 
 
 
 
 
 噛み砕く自信は、あった。
 しかし、顎が全力を出し切る前に、アマツがアトリの腹部を蹴る。
 苦し紛れの一撃じゃない。鳩尾を正確に穿つ一撃だ。
 皮膚や内臓が傷つくことはないが――咳き込んでしまう程度の効果はあった。
 その隙に、口から剣を引き剥がされる。
 結局、剣には歯形を残せただけだった。

「……驚いたな、この剣に歯形を入れるとは」
「囓られたくなかったら、退いてくれない? 私は別に――」

 

「こんなのが、ユウキに噛み付いたのか?
 噛み付いたんだろ? 噛み千切ったんだろ? ユウキの腕を! なあ!?」
 
 叫びながら、再び剣を振るってくる。
 今度は下段への一撃。
 跳び上がって避けるが――切り返しの一撃が、空中のアトリに襲いかかった。
 
「――このっ!」
 がつん、と。
 襲いかかる刃を、脛で正面から迎え撃つ。
 
 激痛。
 頭の中が真っ白に染まりそうなそれを、歯を食いしばってなんとか堪える。
 皮膚と肉が切り裂かれたが、骨で止まった。
 アトリの骨は、鉄より硬い。
 普通の斬撃なら、どこかしらの骨に阻まれて、致命傷にはなりえない。
「なにっ!?」
 流石にこの結果は驚きだったのか、アマツの動きが一瞬止まる。
 その隙を逃さず、腕に食いつこうとアトリは駆け寄る。
 硬い脛との直撃で痺れたのか、アマツは剣を持ち替えて斬りかかってきた。
 狙いは首。悪くない。頸動脈を切り裂かれたら、流石に戦闘不能となる。
 よって、腕を挟んで骨で防御。
 常人の骨だったらあっさり切断できるであろうアマツの斬撃だが。
 アトリの骨を切断できるには至らなかった。
 
 腕がじんじんと痛むが、気にせずアトリは飛びかかる。
 狙いは、斬撃を防がれて無防備になった持ち手。
 
 
 いつもなら、手首ごと囓り取るところだが。
 
 
「……ッ!」
 少々無理な体勢だが、剣の柄を狙うことにした。
 指を囓り取られることを恐れて、剣を手放してくれればいいのだが。
 がつん、と。
 柄頭を突き出し、アトリの額を強打してきた。
「ふぎゃっ!?」
 それなりに力を込めて飛びかかっていたのに、あっさり弾き飛ばされてしまう。
 恐れるべきはその剛力。先程の斬撃も、脛と前腕部分の骨に、切り込みができている。
 あの斬撃を何度も喰らったら、アトリの手足でも切断されてしまうだろう。

 

 手加減できる相手ではない。
 隙を見つけ次第、急所にかぶりついて殺さなければ、きっとこちらが殺されてしまう。
 骨のない部分――腹部や眼孔を狙われたら、そのまま致命傷を受けてしまうだろう。
 でなくとも、防御した腕や足が切断されるのも時間の問題だ。
 受け手に回り続けたら、負けは必至。とにかく、相手の攻撃手段を奪わなければ。
 腕なり肩なりを食い千切って、戦闘不能にしなければ、こちらが殺されてしまう。
 
 でも、アトリが身体に噛み付くことは、なかった。
 
 
 
 
 
 白もアトリも、敵の攻撃をなんとかやり過ごし、部屋中を跳び回って――中央で合流した。
 否、これは合流したのではなく。
 
「……誘導された!」
 
 白が警戒の声を放つ。
 おそらくは、アマツの意図によるものだろう。
 戦う4名の立ち位置を把握し、それが重なるように誘導したのだ。
 それは何故か。簡単だ。
 白とアトリが防御を主にして戦っているのを見抜き、挟撃しようとしているのだ。
 
 先に攻撃してきたのはユメカだった。
 突っ込んできて、再び、手を突き出してくる。
 先程のように避けると――今度は、背後からアマツの斬撃がやってくる。
 では、どうすればいいのか。
 
「――盾!」
 
「……へ?」
 ちょうど左手の近くにいたアトリの手を掴み、投げ飛ばすように自分の前へ。
 突然のことに間抜けな悲鳴を上げてたりするが、全くもって気にしない。
 怪物姉は割り込んできた障害物に臆することなく、そのままとんでもない破壊力を発揮した。
「ってちょ――はぶし!?」
 胸元に怪物姉の攻撃を喰らったアトリは、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。
 そして、彼女の片腕は、未だに白が握っていて。
 
「――槌っ!」
 
 ぐおん、と。
 その場に踏ん張り、勢いを円運動に変換して。
 紐付き砂袋を振り回すかの如く。
 
 アトリを、怪物姉にぶち当てた。

 
 
 吹っ飛んでいった2人には目もくれず、白はそのままアマツの方へ向き直る。
 流石に今のは予想外だったのか、アマツが放ってきた斬撃は、驚きで鈍っていた。
 寸前で見切り、皮一枚で避ける。
 そのまま踏み込み、距離を詰めようとしたが、切り返しの一撃で、それを阻まれる。
 距離が近すぎたので、大きく避けるしかなかった。
 その隙に、アマツは大きく距離を取る。
 
 どかん、と。
 人間2人が壁に激突する音が響いた。
 
 がらがらと破片をかき分けながら、アトリが大声で文句を言う。
「けほ、ごほ……ちょっと! なにすんのよ!」
「交代。こっちの方が相性は良い」
「それは構わないけど、せめて、口が前に来るように振り回してよ!」
 それなら噛みつけたのに、と微妙にずれた不平を漏らすアトリだった。
 しかし、白は冷静に。
 
 
「……できたの?」
 とだけ、呟いた。
 
 
「…………」
 それに対し、アトリは黙り込んでしまう。
 そして、何かを口走ろうとするが――それを遮るかの如く、崩れた壁の中から
 ユメカが飛び出してきた。
 
 白は、背後で戦闘が再開された気配を確認し、改めてアマツに注意を向ける。
 装備は昨晩と変わらない。剣はスペアのものだろうが、表面に施された細工は同じだった。
 迂闊に素手で受けたりしたら、手が使い物にならなくなってしまうだろう。
「…………ん」
 ふと、床に落ちていた布を発見。
 アマツに隙を見せないように、それを拾い上げて、口で左手に巻き付ける。

 

 

「こらー! 人の下着をくわえるなー! 変態!」
「ハダカで戦う奴に変態なんて言われたくない」
 軽口を叩き合う白とアトリ。しかし、その声色に余裕はない。
 
 アトリを追いかけるユメカ。その打撃は、アトリの骨格すら軋ませる。
 大きな刃物を持っていなくとも、危険であることに変わりはない。
 それでも、長い剣に遮られていない分、噛み付きやすくはあった。
 アマツに比べれば、まだ与しやすい相手といえるかもしれない。
 しかし――
 
 
 白を鋭い目で睨み付けるアマツ。状況は昨夜と一緒だが――白はこの上なく警戒していた。
 先程の切り返し。あの速度は、昨晩のそれを遙かに上回っている。
 剣速が増したわけではない。
 純粋に、アマツの反応が早くなっているのだ。
 何故かはわからないが――集中力が極限にまで高められている模様。
 拳を布で守ったからといって、昨日と同じ手は通用しそうにない。
 ただ、ユメカに比べれば、攻撃の助走距離が長いため、まだこちらの方が対応しやすい。
 しかし――
 
 
 
 ――白とアトリは、大きな枷を嵌められていた。
 
 血塗れ竜と食人姫、両者共に、その強さの大元は攻撃力にある。
 相手の手足を引き千切る血塗れ竜。
 相手の身体を食い千切る食人姫。
 そのような特性があってこそ、両者は非常識なまでの戦闘力を発揮する。
 
 だが。
 今の2人は、それを思う存分に振るえない事情があった。
 
 どうしても、浮かんでしまうのだ。
 相手を殺すつもりで前に進んでいたとき。
 割り込んできた、最愛の男性。
 
 ――自分たちが両腕を失わせてしまった、ユウキの姿が、脳裏にこびりついていた。
 
 それは容易に拭えるものではなく。
 2人から、戦意や殺意といった類のものを、完全に奪ってしまうのだ。
 また、誰かを殺そうとしたら、ユウキが割り込んでくるのではなかろうか。
 そんな思いが、どうしても生じてしまう。
 常識的に考えて、重傷のユウキがこの戦いに割り込むなんて不可能なのだが。
 でも、ユウキが命を賭けてまで、戦いを止めたあの姿が。
 どうしても、少女らの中から消えなかった。

 

 

 故に、白とアトリは防戦一方となってしまう。
 アトリは打撃に強い体だし、白はアマツの斬撃を見慣れている。
 そのため、先程よりは少なからず楽ではあるが――それでも不利なことに変わりはない。
 戦闘が長時間にわたれば、いずれ集中力が尽き、致命傷を喰らうだろう。
 だからといって、逃げるわけにもいかない。
 壊れてしまったユメカが、ユウキに何をするのかわからないし、
 殺意の塊となったアマツが、逃がしてくれるとも思えない。
 白とアトリは、ジリ貧なのを理解しつつも、攻撃に転ずることはできず、ただひたすら逃げるのみ。
 
 とはいえ――アマツとユメカも、万全な状態というわけではない。
 アマツは昨晩の負傷が癒えたわけではないし、ユメカの身体はボロボロだ。
 どちらも、長期戦に耐えられる身体ではないし、無理して短期決戦に持ち込むのも難しい。
 壊れかけの身体で無茶をすれば、大きな隙ができてしまう。
 本能的にそれを理解しているアマツとユメカは、白とアトリが致命的な隙を晒すのを待つしかない。
 
 4人全員が、長期戦の難しい状況。
 先に崩れた方が負ける、そんな奇妙な膠着状態が生まれていた。
 
 このまま、誰かが最初に崩れるまで、猛攻を続ける2人と防ぐ2人の構図が
 崩れないのかもしれない。
 
 そう、思われた。
 
 
 
 しかし。


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