とりあえず、思いっきり混乱中。
白とアマツさんが喧嘩したと聞いた。
落ち込んでるアマツさんを慰めようとした。
そこへアトリが現れたと思ったらアマツさんに噛み付いていて。
アマツさんがアトリに小剣を突きつけて。
殺し合いが始まるかと思ったら、今度はメイドさんが現れた。
そしてメイドさんはアマツさんに出頭指令を伝えた後、アトリには部屋で待っているように指示。
そしてアマツさんを連れて行き、僕とアトリは通路に残された。
僕はどうすればいいのかわからずに、ただオロオロしていただけだ。
情けない。
思わず項垂れてしまう。
――と。
アトリが僕の脇にくっついてきた。
「ユウキさん、いこ?」
「……えっと」
さて、どうするか。
アマツさんのことは心配だったが、僕がどうこうできる問題でもない。
おそらく、出頭は白との件についてだろう。
近日中に公表されるだろうから、それを待つしかない。
「とりあえず、部屋に行きましょうか」
そういえば、先程のメイドさんはアトリに「個人的な話がある」と言っていた。
部屋で持っているようにとも言っていたので、アトリの部屋に行っておいた方がいいだろう。
「そういえばさ、ユウキさん。あのメイド」
通路をアトリと並んで歩いていたら。
先程のメイドさんが話題に出てきた。
そういえば、アマツさんも妙に警戒していた気がする。
ビビス公爵のところのメイドらしいので何か曰く付きなのかもしれない。
わざわざ話に出すということは、アトリにも何か思うところがあったのだろうか。
纏っていた空気も妙に冷たかったし、ただ者ではないのかもしれない。
「おっぱい大きかったよね」
「ただ者ではありませんよね――って、ええ!?」
いやまあ、確かにそれなりに大きかったが。
「ユウキさん、ちらちらとおっぱい見てたでしょ」
「いやいやいや、何でそんな話になるんですか!?」
「むう。誤魔化そうとしてるってことは図星なんだ。
ユウキさんも、やっぱり、大きいおっぱいをむにむにと揉みたいの?」
「話を聞いてください」
「私だってね、成長――は無理だけど、感度には自信があるんだからね!」
「い、意味がわかりません!」
「あーもう、照れちゃって可愛いなあ!
こうなったらいっそ、ユウキさんが私のを揉んで大きくしてー。
刺激を与え続ければひょっとしたら細胞が勘違いして増えてくれるかもしれないし!」
よくわからないことをまくし立てながら、アトリは僕の腕を掴んで――って、うわあっ!?
「ほらほら、大きくはないけどちゃんと柔らかいでしょ? ……んっ」
「ちょ、止めてくださいってば!」
「もー。ユウキさんノリ悪いー。先っちょくらい摘んでくれてもいいじゃない」
「……っ!」
赤面した顔を隠すため、慌ててそっぽを向いた。
おそらくはニヤニヤしているであろうアトリに、脇腹をグリグリと指で突かれる。
しかし。
今、少しだけ、気になる言葉があった。
――成長は、無理?
ちなみに。
アトリと部屋に行った後。
しばらく適当な雑談をして、メイドさんがやってきたかと思ったら。
部屋を追い出されました。
一体、どんな話をするつもりなのやら。
ユウキさんを追い出した後。
「――ユウキ・メイラーが欲しくはありませんか?」
メイドは、そんなことを言ってきた。
「欲しいに決まってるじゃない」
それに、即答する。
ビビスに私の要求を伝えた時点で、私がユウキさんを欲しているということはバレバレだろう。
だから、隠す必要なんてない。むしろ堂々と主張してやる。
ユウキさんが欲しい。
あの人が、私の一番欲しいもの。
「欲しいのでしたら、お手伝いいたします」
そう言って、メイドは小瓶を手渡してきた。
手のひらに収まるような硝子の中には、私の髪と同じ色、亜麻色の液体が揺れていた。
目的は何だと訊ねたが、メイドは無言で無表情。
それが、妙に気に食わなくて。
「これが毒じゃないって保証はあるの?」
と、意地悪な質問を投げかけてみた。
「……私たちには、それをするメリットがありません」
貴女にはまだまだ活躍していただきたいのですから、とメイドは淡々と返してくる。
ああもう。
だから、その顔が気に食わないんだってば。
「じゃあ、あんたで試すね」
そう言って、押さえ込んだ。
「なっ!?」
「毒じゃないんでしょ? じゃあ別にいいじゃない」
じたばた暴れるメイドにのしかかりながら、小瓶の蓋を開けた。
――暴れる動作の中で、メイドの右手が、袖に隠れた。
銀光。
ばきり、と硬いものの砕ける音。
「――ふん。殺すつもりがないくせに、隠しモノを振るうのは躊躇わないんだね」
言いながら、バキバキとナイフを噛み砕く。
握りがなく、代わりに円環が付いている。どう見ても、こっそり持ち歩くための武器だった。
それを、容赦なく私の側頭部――耳孔に向かって振るってきた。殺すつもり満々じゃないか。
「み、身の危険を感じたのですから、このくらいは当ぜ――むぐっ!?」
何やら言い訳を吐こうとした口に、瓶をおもむろに突っ込んだ。
液体が半分ほど入ったのを見て、引き抜く。
さて――効果の程はいかがなものか。
追い出されてから。
することもないので、監視員の詰め所で業務連絡紙を適当に眺めていたら。
先程のメイドさんが、やってきた。
「……もう、入っても、大丈夫ですよ」
口調がたどたどしい。
足下も覚束ない模様。なんだかふらふらしている。
「あの、大丈夫ですか?」
そう言って、手を差し伸べようとしたら。
ぱちん、と引っぱたかれた。
「――あ! す、すみません。……ですが、お気遣いなく。少々疲れているだけですので」
そう言って、離れようとする。
確かに、近づいてみれば、汗のような匂いが鼻についた。
激しい運動でもしてきたのだろうか。
見るからに弱っていて、手助けしたいと思ったが。
「と、とにかく近づかないでください! ……い、いまは敏感になってますから……」
後半は妙に小声だったのでよく聞こえなかったが、どうやら近付かれたくないようである。
汗をかいて、その匂いを気にしているのだろうか。
女性って、そういうのは気を付けるみたいだし。
……でも、僕は女囚棟の監視員である。女の汗や垢の匂いなど嗅ぎ慣れていて、
どうとも思わなかったりするのだが。
――って、危ない!
足下に落ちていた雑誌を踏み、そのまま滑って転びそうになるメイドさん。
咄嗟に身体が動いていた。
駆け出し、手を伸ばし、何とかメイドさんを腕に収める。
「きゃっ……!?」
冷たい印象の人だったけど、悲鳴は可愛いんだなあ、と思った。
まあそれはそれとして。
こんなにふらついていて、無事に帰れるのだろうか。
なんだか震えている気がするし、驚いたのか僕の顔をとろんとした瞳で見上げている。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
「ひゃ、ひゃいっ! だ、大丈夫でしゅ!」
噛んでる噛んでる。
「ま、まだ薬が抜けきってないだけですから、少し経てば治ります。
……あんなにイかされたのに、まだ治まらないあたり、強力すぎますね、あの薬は……」
小声でよくわからないことを呟いて、メイドさんが僕から離れる。
ふと、僕に向けられた目に憐れみのようなものが混じっていた気がするが、気のせいだろうか。
「と、とにかく!」
僕と十分に距離を取ってから、メイドさんは声を張り上げた。
「私の用事は終わりました。――食人姫が待っています。
彼女が不機嫌になると困りますので、直ちに向かってください」
そう言って、ふらふらした足取りで、メイドさんは詰め所を後にした。
大丈夫かなあ。
あ、壁にぶつかった。
「そんなんじゃ、表に出るのも難しいですよ。
出口まで肩を貸しますから、そこから馬車でも使ってください」
そう言いながら駆け寄った。
アトリのところへ向かうのは後でもいいだろう。
とにかく、今はこの危なっかしい人を放っておけなかった。
「だ、駄目です……!」
しかし、メイドさんは頑なである。
はあ。こうなったら強引に連れて行こうかな、と。考え込みつつ下を見たら。
ぽたり、と雫が糸を引いていた。
どこかでスカートでも濡らしちゃったのかな、と首を傾げる。
「――!?」
そのしぐさにメイドさんも下を向き、何故か唐突に顔を上気させた。
それはもう凄い勢いで。湯気が出てもおかしくなさそうだ。
「し、しっ、失礼しみゃすっ!」
また噛んだ。
と思ったら、メイドさんはどんでもない勢いで駆けだした。
「?」
こちらは、首を傾げるしかない。何か恥ずかしいことでもあったのだろうか。
って、ああっ!?
――すってーん、と。
メイドさんが見事に転んでしまった。
しかし今度は即座に立ち上がり、とにかく脇目も振らず走っていった。
……えっと。
目の錯覚だとは思うが。
今、はいてなかったような……。