殺してやりたい。
殺してやりたい。
殺してやりたい。
殺してやりたい。
でも、ユウキが駄目って言った。
だから私は我慢する。ユウキに嫌われたくないから。
それに、ユウキは私と一緒にいてくれる。
あんなむかつく女のことなんて、ユウキが頭を撫でてくれれば、すぐに忘れられる。
忘れられる。
……はずなのに。
――私が王者になったら、付き人になってくれますか?
ユウキは私の付き人だ。私と一緒にいてくれるんだ。
じゃないとやだ。ユウキが私以外の人の頭を撫でるなんて許せない。
もっと頑張らなきゃ。
頑張れば、ユウキは褒めてくれる。
はじめてここで戦った後も、ユウキは私のことを褒めてくれた。
あのときの心地よさは、私の全てを壊してしまった。
ユウキが私のことを起こしてくれる。
ユウキが私の食事を手伝ってくれる。
ユウキが私に笑顔を向けてくれる。
ユウキが私の頭を撫でてくれる、
ユウキがユウキがユウキがユウキがユウキがユウキが――
ユウキが、私のぜんぶ。
だから、ユウキがいなくならないように。
いっしょうけんめい、殺さなきゃ。
「――白。そろそろ出番ですよ」
「うん。いってくる」
だから、頑張った私の頭を撫でてね、ユウキ。
今日の相手は、小柄な男だった。
今まで色んな相手を殺してきたが、男で私と同じくらいの体格の奴は初めてだ。
名前は、ディジー・アランチャンというらしい。
二つ名は“手品師”。
会場入りしてからの、体の動きを見る限り、スピードや技術で攻撃してくるタイプだろう。
司会のよくわからない口上が長々と続き、ついつい眠りそうになってしまう。
でも、以前居眠りしたらユウキに怒られてしまったので、何とか寝ないように目を凝らす。
相手は、睨まれていると思ったのか、変な顔でにらみ返してきた。
……なんでこんな奴と睨めっこしなければならないのか。
ユウキの顔を見たい。
試合を早く終わらせなければ。
ようやく、試合が始まった。
いつもの通り、相手に近づく。
……しかし。
『おっと! 手品師、いきなり距離を取ったーっ!』
司会の声が響く。
試合が始まってすぐに、ディジーって人は後ろに跳んでいた。
その様子を見て、少し立ち止まり用心する。
別に、試合が始まってすぐに距離を取るのはよくあることだ。
そんなことでいちいち警戒したりはしない。
――だけど、この人は、少しばかり策を弄してきた。
ただの力任せな人はとても楽なのだが。
変則的な人は、少し手こずるから嫌い。
早くユウキのところに帰りたいのに……。
こいつ、むかつく。
むかつく。
……でも。
いちばんむかつくのは、やっぱりあの女。
なんで、あんな奴が、ユウキと仲良さそうに話していたんだろう。
ユウキはわたしのなのに。
話し相手なら、私がいくらでもなってあげるのに。
難しい話は苦手だけど、ユウキの話なら聞いても眠くならないから大丈夫。
私は、ユウキのためなら何でもできる。
ユウキが褒めてくれるなら、皇帝陛下だって殺してみせる。
だから、ユウキ。
私だけを、見て。
相手は、距離を取りつつ私の周りをぐるぐると回っている。
そのリズムは独特で、じっと見ていると目眩がする。
右足と左足の速さを、交互に変えながら歩いている。
その変化の仕方は一定ではなく、一歩一歩で進む距離も速度も違うため、
注視すればするほど疲れてしまう。
相手を幻惑させて、疲れたところで仕留める戦法――と、普通の人なら思うのだろう。
違う。
歩く速度を独特にして、相手に足を注目させて。
その後ろで、手に砂を握っている。
掴んだのは、最初、派手に後ろに跳んだときだろうか。
それに気付かせないための、変な歩き方。
別の部分に相手の注意を向けて、その隙に他のことを仕込む、か。
確かに、手品師だ。普通の人なら、引っかかっていたかもしれない。
だけど――私は、そういうのには引っかからない。
全部、わかってしまうから。
相手の動きが、全部。
それが、私の強さの秘密。
本当は秘密でも何でもないが、ユウキが秘密にしておけって言ってるから、秘密。
相手が、独特なリズムで飛びかかってきた。
先程までの回っていたときとは、別の動きで。
でも、それにも惑わされない。
手足の動きだけではなく、肩やお腹、股間の動きなどを観察していれば。
相手がどう動くのかなんて、すぐにわかる。
振り回すような、右手の一撃。
それと同時に、左手で砂を投げる準備。
しゃがんで避けたら、顔に砂を浴びせられる。
ざらざらするのは嫌いだから、そのまま、向かってきた腕に手を伸ばす。
ぶち。
向かってくる動きを微妙に逸らし、その後一気に力を込める。
それだけで、相手の腕は千切れ飛んだ。
力の流れさえ掴めていれば、こんなこと、難しいことでも何でもない。
ああ、この人も。
千切れちゃった自分の腕を見て、呆然としてる。
――あの女にも、こんな表情をさせてみたい。
さっきも、そうしようと思ったのに。
ユウキに止められてしまった。
ずるい。ユウキに止められたら、私は何もできなくなる。
止められなかったら、私は確実にあの女を殺していた。
ユウキはそれを止めたのだ。
あの女が殺されないように。傷つかないように。
私は怪我したことなんてないが。
もし、試合で怪我したりしたら、ユウキは私のことをもっと構ってくれるのだろうか。
もし、私が危なくなったら、あんな風に、ユウキは守ってくれるのだろうか。
そんなことを考えていたら。
「あああああああああああああああああああっっっ!!!」
ごきり、と。
右腕を、蹴られていた。
破れかぶれで放たれた一撃。
それが、運悪く、肘の脆い部分に、嫌な角度で入っていた。
激痛と共に。
右腕が、動かなくなった。
痛い。
でも、それだけだ。
右腕が動かなくても、左腕が動くから、充分。
こんな痛みより。
負けて、ユウキを失うことの方が、きっと痛い。
続けざまに放たれた左拳を、前に出て受け、そのまま押し込み肩を破壊。
ついでに捻って、力を込める。
肩から先が、ぶちりと千切れた。
そのまま、こちらの左手に残った相手の左手で、腹や顎を何度も殴る。
意識がなくなったのを確認してから――眼窩に指を突っ込んで、そのまま首を真後ろにへし折った。
相手の口から、鮮血が吹かれる。
それを浴びながら、私は勝利の宣言を聞いた。
今日も、勝った。
ユウキに、褒めてもらえる。
布団の中。
心地よい暖かさが、隣にある。
――怪我をして控え室に戻ったとき。
ユウキは、凄く驚いた。
通路であの女と話したことなんて、頭の中から吹っ飛んだようで、とにかく私を気にかけてくれた。
頭を何度も撫でてくれて、食事もユウキが直接口に運んでくれた。
凄く嬉しかった。
だから、少しわがままを言ってみた。
「一緒に寝たい」と
最初は渋っていたユウキだったが、左手で服の裾を握りしめ、じっと見つめたら、了承してくれた。
今は、ユウキが、隣で寝ている。
ユウキは優しい。きっと、怪我した私を気遣ってくれたのだ。
――貴女は、ユウキさんに見捨てられたんですよ。
ユウキが私のことを捨てるはず、ない。
私が王者である限り、ユウキはずっと側にいてくれる。
あんな女のところには、行かない。
でも……。
私が、王者じゃなかったら。
ユウキは、優しく、してくれないのかな?
――私は、囚人闘技場王者の付き人です。
怖いことを考えてしまい、一気に体が冷たくなった。
暖かさを求めて、ユウキの腕にしがみつく。
ユウキの腕、あったかい。
この熱を分けてもらおうと、体をユウキに押しつけた。
ユウキに頭を撫でられたり、ユウキにくっついたりしたときは、とても気持ちいいのだから。
一緒に眠ることができれば、きっと、凄く気持ちよく眠れるはずだと思っていた。
でも、何かおかしかった。
ユウキが側にいて、凄く嬉しい。
血流も良くなって、全身が温かい。
ポカポカした、いい気持ちなのは間違いない。
でも、眠れそうにない。
何故だろう。
胸の内側が別の生き物のように暴れ回っている。
お腹の奥が熱くなり、同時にとても切なくなった。
いつの間にか、息が荒れていた。湿り気を帯びて、はあはあと音を立てて呼吸している。
熱い。熱い。体が熱い。
我慢できなくて、身をよじった。
瞬間。
ユウキの腕が、足と足の間に擦りつけられ。
全身に、電流が走った。
「――ッ!!?」
びくん、と痙攣してしまう。
今のは何なのだろうか。痛くもなければ苦しくもない。
ただ、純粋に、凄かった。
嫌なものではない。むしろ、とてもいいものだった。
わからない。わからないけど、もう一度、同じことをしてみた。
ユウキの腕を足で挟む。
そしてそのまま腰を動かし擦りつける。
「ふあっ!? ……んふうっ!」
思わず大きい声が出てしまい、慌ててシーツにかじりつく。
大きい声を出してしまったら、ユウキが起きてしまう。
ユウキはぐっすり眠っているのだ。それを起こしてしまったら気分を害してしまうに違いない。
だから、これは、こっそりやらなければ。
胸を締め上げられるような切なさと、火を噴きそうな熱さが、思考をどんどん奪っていく。
腰をくいくいと動かして、ユウキの手首に、股間の熱い部分を擦りつける。
あまりの熱さに汗をかいたか、下着がぬちゃぬちゃと濡れていた。
声を抑えて、だけど動きは緩めずに、ひたすら腰を動かし続けた。
そして。
「――ふぁぅっっっ!!!?」
稲妻でも落ちたかのように。
思考は真っ白に染まり、何も考えられなくなる。
その後は、よく覚えてない。
ただ、ぐっすり眠れたのは間違いなかった。