きぃちゃんとむっちゃん 第1回
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 朝は大事だ。一日の始まりだから、朝がダメだと一日がダメ。朝の挨拶はさらに大事。
「おはよー」
 来た。 今日も来た。 昨日も一昨日も来たしきっと明日も明後日も彼は来るだろう。
 ちょっと間延びした声。控えめな体格。穏やかな顔つき。昔から変わらないその姿。
「オッス」
「おはよ」
「きぃちゃん、おはー」
 クラスのあちこちから声がする。私と違って昔から人気者。
 うらやましいなあ。私には友達なんていないもん。
 …特別なのはきぃちゃんだけだね。ふふっ。
「むっちゃん、おはよー」
「おはよう。きぃちゃん」
 幼少を共に過ごしたもの同士の、特別な挨拶。
 可愛い笑顔だなあ。一日一回はきぃちゃんと話さないと、生きていけないよ。心の清涼剤だね。
「あ、あの、永野さん?」
 誰だろう? 男子が私に話しかけてくるなんて。
「あのさあ…今度の日曜、もし良かったら映画でも観に行かない?」
 ちょっとだけ驚いた。デートのお誘いなんて。
「嫌」
 しまった。もうちょっとオブラートに包んで言うべきだった。
「え、あ………え、映画は嫌い?」
「別に」
 でも仕方ないか。だって興味が沸かないのだから。
「日曜、忙しいとか…」
「うん」
 きぃちゃんを捜したりきぃちゃんを見つめたりきぃちゃんを護ったりきぃちゃんを
「そ、そう………それじゃ、仕方ないな。は、はは」
「…」
 気が無いのに期待を煽ったら可哀想。私って優しいな。…友達ひとりもいないけど。うふふ。
 ええと、何だっけ? ああ、きぃちゃんだ。…やっぱり可愛いなあ。可愛いよ。ふふふ。
 
 きぃちゃんを見つめていたら授業が終わっていた。
 ほとんどノートが取れていない。 ま、いいか。試験で満点とればいい。それくらい余裕♪
 それはそうと………えと………………あれ?………………おかしいな…?
 ………き…きぃちゃんが…いない!? …え、嘘! ウソ! うそ!?
 何処!? きぃちゃん! きぃちゃん! 助けて!
 たすけて! おいてかないで!! きぃちゃん! きぃちゃん!! 

 あっ! いた! きぃちゃんだ。もう、驚かさないで。
「ほんとに僕でいいの?」
「いいのいいの。メンツ足んなくてさー」
 一緒にいるのは同じクラスの遠藤さん。今風でかなり派手な子だ。
 何の話かな? 近寄りすぎだよ、香水臭い遠藤さん。きぃちゃんの鼻が潰れちゃう。
「きぃちゃんって結構コアなファンいるんだよー。あははははは!」
「はは…」
 ガバガバの遠藤さんがやかましく笑う。きぃちゃんは苦笑い。
「じゃ、日曜9時にね! 合コンだからオシャレしてきてよ!」
「う、うん」
 売女の遠藤さんは胸を揺らして去っていった。
 私より小さいくせに随分と揺れる。故意にやっているか、もう垂れてきているか、両方か。
 後に残されたきぃちゃんは、ちょっと途方にくれている感じだった。


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