とらとらシスター 第26回
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 電子音。
 目覚ましの代わりにしている携帯のアラームを止めて、表示されている時間を見た。
 いつもより若干遅く起きてしまったのは何故だろうかと思い、
 いつもと少し違うことに気が付いた。始めてセックスをして以来、
 姉さんが隣で寝ていないのはもう馴染んだけれど、サクラが起こしに来ないのは初めてだ。
 毎日起こしてくれたことに今更有り難みを覚えるのと共に、
 何故今日は起こしに来なかったのかということに疑問が湧いてくる。
 思い付く理由は寝坊くらいのものだが、もしそうだとしたら珍しいこともあるものだ。
 寝惚けた思考で制服に着替えると洗面所に向かった。
 何だろう、やけに居間が騒がしい。つくづく珍しいこともあるものだ。
 いつも通りに顔を洗って歯を磨き、居間に向かう。
「おはよう」
 僕が戻った頃には、もう静かになっていた。皆いつも通りに朝御飯を食べている。
「おはよう、虎徹ちゃん」
 姉さんが口の周りにご飯粒を付けながら挨拶を返してくる。昔から注意をしているのに
 治らないその癖は、きっとこれからも続いていくのだろうか。
 食事を作る立場のサクラがいつも睨んでいるので治した方が良いと思うが、
 その悲願は達成される見込みは無い。
「おはようございます、兄さん」
 続いて挨拶をしてくるのはサクラ。姉さんが汚くご飯を食べたり、僕が少し遅かったりしたので
 少し不満そうだが、それでも茶碗にご飯を盛る仕草は嬉しそうだ。これも日常の風景の一つ、
 僕の朝には欠かせない。

「おはよう、虎徹」
「おはようさん、虎徹」
 父さんも母さんも元気そうで何より、両親が健康なのは良いことだ。
「おはよう、虎徹君」
 青海は今日も可愛いなあ、その姿を見るだけで一日分の活気が湧いてくる。
 僕はいつも通りに姉さんとサクラの間に座ると茶碗を受け取り、ご飯を食べ始めた。
 僕の好みに合わせてくれているらしいおかずはとても美味しい。
 最近少し味付けが濃くなったものの、これはこれでいけるし、ご飯が進むのが幸せだ。
「あ、すまない虎徹君。醤油を取ってくれ」
 言われて僕は青海に手元の小瓶を渡す。目玉焼きに醤油をかける庶民的なところもあるのか、
 また青海の意外な一面を知ってしまった。けれども、それもまた悪くない。
 ん?
 待て。
 待て待て待て待て。
 青海!?
 気が付いたら口の中のものを吹き出してしまっていて、丁度真向かいに居る青海が
 ご飯粒まみれになっていた。どうでも良くはないと思うけれど、今はそんなことどうでも良い。
「兄さん、せっかく作った食事を粗末にしないで下さい。おまけに汚いですよ」
 眉値を寄せるサクラ、本当にすみません。
「あぁ、羨ましい!! あたしにも唾にまみれたご飯を顔にかけてぇ!!」
 もう少しオブラートに包んで言って下さい。
「コレクションに加えたいが今すぐ口にも含みたい、あぁ!! どうすれば良いんだ!!」
 どうもするな、黙って顔を拭けば良いんだ。

 僕は青海にティッシュを渡しながら両親を見た。ご飯を吹き出したことに
 少々眉を寄せてはいるものの、それ以外はまるでいつもと変わりない。
 家族ではない人間が食卓に居るのにそれに疑問を挟むことなく普通に食事を続けている。
「父さん、母さん。何で青海がここに居んのさ!?」
「そんなことより、汚いわよ、虎徹」
「そうだぞ、青海ちゃんに失礼じゃないか」
 それはそうだけと、今は違うだろ!!
「心配痛み入りますが大丈夫です、お義父様お義母様。汚くなど、寧ろ綺麗で、
 いやいや寧ろ望むところですよ? …バッチコーイ!!」
「ごめん青海は少し黙ってて」
 言うと青海は少し不満そうにしながらも、黙り込んで食事を再開した。
 こうしていれば可愛いし良い部分も沢山あるのだから、さっきの発言は聞かなかったことにする。
 人間、誰にでも過ちというものはあるものだ。
 自分に言い聞かせて心を静めると、改めて視線で両親に説明を求めた。
「いやな、俺が誘ったんだ。最初は驚いたよ、久し振りに帰ってきたら家の前にリムジンが
 停まっているし。訊けばお前を待っていると言うから連れてきたんだ、良い彼女さんじゃないか。
 それでな、朝早くから来ていてもしかしてと思ったら、やっぱり朝はあまり食べないらしいから、
 ついでと言っては難だがこうして一緒に朝飯を食うように言ったんだ。
 朝は一日の基本だし、子供が朝を抜かすのは尚更良くないからな」

「あたしは反対したんだけど、パパがどうしてもって言うから」
「私も同じく、お母さんに押し切られて」
 成程、これで全ての納得がいった。ついでに言うならサクラが起こしに来なかったのも
 多分青海のことで揉めていたからで、顔を洗いにいく途中、リビングが騒がしかったのも
 その悶着のせいなのだろう。
 僕は溜息を吐き、青海を見た。
「迷惑だったか?」
 とんでもない。
「気にしないで、寧ろだ」
「「大・迷・惑」」
 僕は左右に居る姉妹の頭にチョッピングすると軽く咳払いをし、
「大歓迎」
 その一言で青海の表情が途端に明るくなる。
「嬉しいな、虎徹君。嬉しいついでに訊きたいんだが、明日は空いているかな?」
 明日は土曜日、学校も休みだし特に予定を入れている訳でもない。強いて言うなら
 中間試験が近いから勉強しようとは思っているけれど、テスト週間はもう少し先なので
 急いでするようなことでもない。常に中の上と上の下をさまよっている僕が言うのも
 片腹痛い話だけれども、こういうものは普段の積み重ねが大事だからだ。
「なら、明日はデートしないか? 偶然予定が空いたんだ」
 今日は本当に珍しいことばかりだ。いつもの土日は予定が詰まっているらしく遊ぶことは
 あまり出来なかったので、休日デートは実質初めてになる。放課後では出来ないような
 遠出や青海の私服姿を考えると、それだけで楽しみになってくる。

「良いよ、待ち合わせは?」
「十時に駅の四番ホームで」
 青海のことだから迎えに来るとか言いそうだと思ったけれども、迎えに来るどころか
 車も使おうとしないのは完全に予想外だった。今でもまだ少し先入観が残っているのは
 青海に申し訳がないけれど、電車なんて乗らないものだと思っていたから少し驚いた。
 そのことを訊くと青海は少し顔を赤らめ、
「家とは完全に離れて、本当に二人だけで遊びたいんだ」
 照れたような表情が可愛らしく、つい頭を撫でてしまった。気持ち良さそうにしている
 青海を見て、本格的に青海のことが好きになりだしたときのことを思い出した。
 姉さんとの初めての情事のせいで弱っていた僕を助けてくれたのは、
 優しく頭を撫でてくれた青海だった。それだけじゃない、青海の笑みには何度も救われた。
 僕はそんな青海に対して、
「ちゃんと彼氏を出来てるんだろうか?」
 思わず漏れた小さな呟きだが、しっかりと聞こえてしまったらしい。青海は僕の手を取ると
 極上の笑みを顔中に浮かべて、
「もちろん、わたしにはもったいないくらいだ」
「そうよそうよ」
 大事な場面だというのに、横合いから姉さんのヤジが飛んできた。視線を声のする方へ向けると、
 高三にもなって頬を膨らませた姉さんがこちらを睨んでいた。反対側のサクラは
 気配で既に危険な状態になっているのが分かるので、敢えて見ないことにする。
 小さく聞こえてくる呪祖のような言葉も、聞こえないふりで誤魔化すことにする。
 以前はサクラが喋り、姉さんが行動を起こすということが多かったけれども、
 最近はそれが逆になってきている気がする。
 現に今も、
「昔は素直な良い子だったのに今では家族にチョップをしたり、
 親姉妹身内の前でいちゃつくようになっています。お姉ちゃん、とっても悲しい!!」
 こうしてよく喋っている。
「昔みたいに、三人に戻れたら良いのに。あはっ、あの頃は楽しかったなぁ」
「…そうですね」
 今まで会話に混ざる様子が無かったサクラが、青海を見て呟いた。
 何故だろう。
 普通の表情で、
 普通の声で、
 普通の調子でサクラは喋った筈だ。
 しかしそれは、気のせいかもしれないけれど、とても冷たい声のような気がした。


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