とらとらシスター 第24回
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 あちらとこちらを行ったり来たり、心の扉の調子は良好。
 あの日から数日が経ったけれど特に何事もなく日々が過ぎている。朝はサクラと姉さんが
 ショートコントのようなものを繰り広げ、家族で仲良く食事をして、青海のリムジンに乗って
 学校へ行く。昼には四人で弁当を食べて、軽い喧嘩のような騒ぎを起こしながらも
 平和に過ぎていく。少し変わった部分と言えば、たまに姉さんがサクラをなだめたり
 することが出てきたくらいだ。放課後は青海とデートをして、
 家に帰ればサクラや姉さんとのセックスが待っている。
 今までの暮らしに少しだけ非日常が混じっているけれど、何も問題はない。
「でね、矢崎先生がうっかり花びら大回転の話をして」
 こら、昼休みの教室で何てことを言い出すんだ!!
「その、花びら何とかと言うのは何だ?」
 青海にはまだ早い!!
「今から青海さんを使って実演してみますか?」
 止めろ!!
「それはですね、割れ目を晒した女性が…」
 いつから居たんですかユキさん、て言うか説明すんな!!
 今は昼休み、皆で仲良く弁当をつつきながらの楽しい食事の筈だったのに、
 僅か数秒でこんなに疲れたのは何故なんだろう。喧嘩になるよりは余程良いけれど、
 少しは教室の皆のことを考えても良いと思う。
「虎徹君はそれを見たら喜ぶか?」
 まだそんな話をしていたのか、ユキさんも笑顔で頷かないの!!

「青海、食事時にはそんな話はしちゃいけません。それに、そんなことをしなくても」
「しなくても?」
 幼い表情で小首を傾げ、訊き返してくる。
「青海のことは大好きだし」
「のろけ禁止ィ!!」
 青海が何か反応を返してくるより先に、姉さんがチョップを叩き込んできた。
 けれども、その表情には以前程の怒りや嫉妬の色は浮かんでいない。
 毎晩の情事が精神の安定剤になっているのだとしたら、それも悪くないのかもしれない。
 最初はひたすらに拒否感があっただけだけれど、今では少しずつ楽しむ余裕も出てきている。
 楽しむ?
 今、僕は何を考えた?
 青海の為にと言っておきながら、姉さんとのセックスを楽しんでいる。許されないことを
 平気な顔をして、それでも問題ないと言っているのはどこの誰だ。
「大丈夫ですか、兄さん?」
「うん、何も問題ない」
 扉の鍵が、少し緩んでいるのかもしれない。こっち側の方には存在しない、
 あっち側の僕が少しだけ顔を出してきた。
 帰宅したあとの堕落した僕が扉の隙間から笑みを向けて、楽しめ、と囁いてくる。
 無視だ。
 強い音をたてて、扉を閉めた。
 問題ない、これも日常と青海のため。
「エロい話題よりもっと健全な話をしてみよう、例えば」
 心の扉の施錠をしっかりとして、笑顔を作る。
「呑助ちゃんの話とか?」

 姉さんが珍しく、まともに話を繋いでくれた。そもそも妙な話を始めたのが姉さん自身だから
 当然と言えば当然なのかもしれないけれど、こうして味わうことが出来る日常が僕は
 とても大好きだ。もう暫く、夜の僕は顔を出さない。
「そう言えば、以前に君の家に遊びに行ったときは姿が見えなかったが、元気だろうか」
「青海さんが心配する程のことでもありません。私が我が子のように可愛がっています」
 言いながら、サクラは虎の目を青海に向けた。確かに姉さんも可愛がっているれども、
 サクラはそれ以上に世話を焼いている。たまに恐ろしい程の暗い笑顔で抱き締め、
 嫌がるくらいに撫でまくっているのは少し間違っている気がするけれど、
 一番熱心なのは間違いないと思う。
 虎を殺した血筋なのに、同じ猫科でも扱いが随分と変わるもんだ。
「ありがとう。わたしが虎徹君に出会えた恩人、いや恩猫だから、気になっていたんだ」
「お礼を言われるまでもありません。将来の練習だと思えば、辛さも幸せに変わります」
「そうか、虎徹君もこれで安心できるな」
「はい、数年後に控えた夫婦生活が楽しみです」
 何だろう、この殺伐としてきた空気は。表情も穏やかだし交わされている会話も和やかなものだと
 思うのに、どこかが軋んでいるような気がする。普通の会話の端々から不可視の棘が
 見え隠れしつつ、お互いに刺さりに特攻しているような。
 和やかな話題を持ってきたつもりなのに、余計に辛くなってきた。

「虎徹君も、嬉しいだろう。これで心おきなくわたしとの結婚に向かって行ける」
「え? あ、うん」
 こちらに話を向けられると思わなかったから適当な返事が出たけれど、
 結構魅力的な話かもしれない。現実的とは言えない話だけれども、
 僕も青海とそんな生活をしているのを想像してみると、結構楽しそうな気がしてきた。
 朝は青海が隣で寝息をたてていて二人で目を覚まし、
 青海が作ってくれた朝食を食べて会社に行く。帰ってきたら定番のお風呂、御飯、女体の
 3択問題を出されてルパンダイブ。庭には赤いスイートピーと白い犬、いや、
 呑助が居るから三毛猫か。その内冗談でも良いから、将来設計を話してみるのも良いかもしれない。
「楽しみだな、虎徹君。部屋とYシャツとわたし…」
「外した、そっちだったか」
「不満か?」
「とんでもない」
 青海がこうして楽しそうな顔をしてくれるなら、僕も頑張れるかもしれない。
「子作りはいつにしようか?」
「ちょっと待て」
 いきなり話が飛躍をしすぎている。青海のことは好きだし、今までもそうだったから
 驚きはしないけれども、僕としては少し直して欲しいと思う。思い返してみれば
 最初の告白のときも『子供を産ませてくれ』だったし、全開なところはもしかしたら
 治らない癖みたいなものなのかもしれない可能性もあるけれど。
「ちょっと待て、か。わたしもあまり気が長い方じゃないから、早めに頼むよ」
「そうじゃねぇ!!」
 ついでに一直線すぎるところも直してほしいと思います。

「兄さん」
 不意に、一言。
 僕と青海が話している間ずっと黙っていたサクラが、低く呟いた。
 見てみれば小さく肩を震わせて、箸をへし折らんばかりの気迫を見せつけている。
 うつむいて垂れた長い前髪の間から覗く瞳は、今にも青海を悔い殺しそうな勢いで燃え盛っていた。
「公共の場でふしだらな、それも妙なイチャ付き方をしないで下さい。皆さんに迷惑です」
 しまった、仲良くしすぎたかもしれない。姉さんはまだ大丈夫みたいだけれど、
 サクラが臨界点を突破しようとしている。二人の気持ちは分かっていた筈なのに、
 少し限度を超えすぎてしまったみたいだ。
「姉さんも、何か言ってやって下さい」
「えぇと、うん。虎徹ちゃんも青海ちゃんも、メッ! えっちなのは、メッ!」
 よりにもよって、姉さんがエロ禁止と言うのか。しかも今時の高校生が、
 高校生を叱るのに今の発言はないと思う。もう少し他にも言い方があるんじゃないだろたうか。
「役立たず!!」
「ひゃあ、ごめんなさい」
 案の定、サクラも同じことを思ったらしく姉さんを一喝すると僕と青海に向き直った。
 仁王立ちをして腕を組み、獰猛に牙を剥き出しにしながら、
「青海さんは兄さんにベタベタしすぎです、一体何の権利があってそんなに」
「彼女だからだ」
 そうだよなぁ。
「それに」
 青海も立ち上がるとサクラに人指し指を付きつけ、睨みつける。
 その表情は今までサクラや姉さんに影響されてきたせいなのか、見間違えようもない虎のもの。
 長年、サクラや姉さんの顔を見慣れた僕だから分かるそれを、青海も浮かべていた。
「恋人なのだから、例え身内でも口出しをされる覚えはない」
「この、泥棒猫」
「はン、面白いことを言う」
 そろそろ限界だろうか。姉さんに仲裁を頼もうにも、未だにしょんぼりしているので
 頼りにはなりそうにない。ユキさんは基本的にはこういう場合は関わってこないので、
 残念なことに、仲裁をする役は消去法で僕になる。
 溜息を一つ吐き、
「喧嘩は止めなさい、そろそろ怒るよ?」
 数秒。
 お互いに睨みあっていたが、顔を反らし、
「ふん」
「はっ」
 争いは止めたものの、空気が重いまま食事が再会された。
 どうしたものか。


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