とらとらシスター 第3回
[bottom]

 織濱さんが弁当を取りに一旦戻っていく背中を見送ると、僕は後ろを向いた。因みに、
 僕なんぞが逆らえる訳もないし彼女自身もあまり人の話を聞くタイプではなさそうなので
 諦めて一緒に食べることになった。
 閑話休題、僕の目の前では尚も険しい表情をした姉さんとサクラが立っていた。
 二人は織濱さんと一緒の食事をとることになったことや、僕のさっきの態度が
 気に入らなかったらしい。露骨に機嫌が悪そうな二人を見ていると、悲しくなる。
 しかし、だからと言って甘くしていてはいけない。普段から僕のことを好きだ好きだと言って
 懐いてきたり、そんな風に好意を持って接している家族が他の誰かに取られるのが嫌なんだろう。
 昔はそれが過剰になりすぎて事件を起こしたが、高校生にもなってもまだそんなことでは
 いけないと思う。今は一緒だし、繋がりが消えることは一生ないけれども、
 それでもいつかは別れや巣立ちのときが来る。
 僕は吐息を一つ。
「はい、二人とも座って」
 文句を言いながらも、おとなしく二人は床に座った。これもそう珍しいことではないので、
 クラスメイト達は再びイチャイチャと弁当をつつき始めた。僕も本当はそうしたいのだけれど、
 説教が先だ。
 鉄は熱い内に打て、悪いことをしたらそれはすぐに直すのが僕の信条だ。
 今は大変かもしれないけれど、これを続けていればいつかは平和に弁当を食べることが
 出来る日が来ると僕は信じている。
 だから、今は心を鬼に。

「姉さん、女の子座りしない。サクラも体育座りをしないの、パンツが見えるでしょ」
「お姉ちゃん、正座苦手だもん」
「見せているんです」
「黙って正座しなさい」
 渋々といった様子で二人は正座、僕を上目使いで見上げてくる。
「何で、あんな事したの。失礼だし、乱暴はいけないでしょ?」
 その言葉に、二人はしゅんと頭を下げる。あまり強く言ったつもりはなく、多分内容よりも
 怒られているという行為が堪えているのだろう。あまり良いこととは言えないけど、
 説教自体はよくあることだから、僕が久し振りに怒ったことに対してもばつが悪いのかもしれない。
「姉さん?」
「だって、あの人が虎徹ちゃんを取ろうとしたから」
「サクラ?」
「兄さんが取られると思うと、つい」
 やっぱり、予想通りの解答だ。家族仲良くは良いことだけど、ブラコンまでは許容出来ても
 それ以上の重依存はどちらにとっても良くない。それは個人の価値観だけれども、
 意思や尊厳を他人にまで被せ預けることだ。それをした方もされた方も、個人のバランスや
 境界がおかしくなる。
 今までに何度も自分に言い聞かせた言葉、それを反芻して二人と目を合わせた。
「あのね、僕らはいつまでも家族だし、僕も居なくならない。それは変わらないけど、
 僕も一人の人間だからいつかは家族を持つ。今はそうでもないけど、いつかきっと」

 悲しそうな目には、もう先程の怒りや不満は見えない。黙って僕の話を聞いているのを見ると、
 これで良いと思うのだが、それとは逆に鈍い痛みも襲ってくる。
「いつかは、僕も誰かとこんな風になるんだから、少しずつ分かってほしい」
 黙り込んだまま、ついには涙まで浮かべ始めた二人を見るとこれ以上は喋る気が消えた。
 手を掴んで立ち上がらせると、膝や靴下に付いた埃を払う。
「終わったか?」
 突然かけられた声に振り向くと、織濱さんが涙を浮かべて立っていた。肩を小さく震わせて、
 何故だか慈愛に満ちた微笑みと眼差しを向けてくる。それは、姉さんやサクラに対しても向いていた。
 彼女は小さく拍手をすると、
「素晴らしい話だった」
 聞かれていたのか。
 説教をしている間は気にならなかったし、クラスメイトもあまり気にしている様子もなかったので
 油断をしていたが、実際に意識をしてみると気恥ずかしい。家ではよくしているものの、
 学校ではこれが初めてで、人目があるところでこんなことをするとこうも悶えたくなるものだとは
 思わなかった。いや、それよりも心配なのが相手の二人で、只でさえ恥ずかしかっただろうに
 それが嫌った相手に見られたとなればどれだけ苦痛だったのだろう。
 今更になって僕は後悔をし始めた。
「どの辺りから聞いてたの?」
「パンツ云々から」

 よりにもよって、そんな表現をするか。もう少し言葉を選んだり、気を使っても
 良いんじゃないだろうか。場を和ませたりするのが目的かもしれないが、女子がそんなことを言うのは
 どうかと思う。
 天然なのか、織濱さんはすぐに表情を切り替えると、
「それは兎も角、弁当を食おう」
 手に持った重箱を机の上に置いた。
「帰って下さい」
「虎徹ちゃんはあたしと食べるの」
 さっきの説教がまるで意味を成していない。今すぐに、というのは無理だとは思うし、
 急に変えることもないと思うけれど、それでも少しは我慢してくれるのを望んでいた僕は
 誰にも聞かれないように小さく吐息した。
「そう言わないで、ご飯くらいは良いんじゃないかな」
「ありがとう。さっきの弁舌と言い、あなた達は素晴らしい兄弟を持っているね」
 その一言で、姉さんとサクラの表情が少し和らいだ。あまり乗り気ではないようだが、
 それでも渋々席に着く。目を合わせないようにしているのは、せめてもの抵抗だろうか、
 そのくらいは仕方ないと怒らないことにした。
「ところで」
 蓋が開いた重箱を眺めてサクラが眉根を寄せた。因みにサクラがこの高校に入学してからは、
 僕らも重箱。このクラスを担当している世界史の教師のを合わせて三大重箱と呼ばれているらしい。
 最後の一つが分からなかったが、織濱さんだったのか。
 僕がそんなことをぼんやりと考えている間にも、サクラは重箱を睨んだままだった。

「それは、自分で作ったんですか?」
「いや、家の料理人に作ってもらったものだが」
 小姑攻撃が始まった。
「制服も綺麗だけど、それもお家の人だよね?」
 姉さんまで!!
 確かに、朝食は母さんが作るが弁当はサクラが作るし衣類は姉さんが全て管理している。
 どちらも本人の強制的な申し出によって割り振られたポジションで、誇りも持っているのだろうが、
 こんな露骨に言うとは思わなかった。
「そんな甘えた人には」
「家の虎徹ちゃんをお婿さんに出すことは」
「「出来ません」」
 何でこんなときだけ仲が良いんだよ。普段は喧嘩ばかりしているくせに、牙を剥くときは
 見事なコンビネーションだ。だからこそ、今まで僕には彼女が居なかったのだ。
 それに対して織濱さんは、
「わたしは、このくらいでは負けない」
「あんたもかよ」
 つい、いつものノリで突っ込んでしまった。
 せっかく、綺麗な流れで行けると思ったのにこれでは台無しだ。しかも、治ってないのは
 まだ我慢が出来るが、それどころか悪化をしている。
 仲良く、してほしいのに。
 僕は吐息をすると、サクラの作った弁当を食べ始めた。


[top] [Back][list][Next: とらとらシスター 第4回]

とらとらシスター 第3回 inserted by FC2 system