優柔 previous 第3話
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改札口でゆう君を待つ。そんな日常化したことが、今日の私には特別に感じられる。
先週の金曜日はゆう君の誕生日だった。そして、初めて男の人にプレゼントをあげた。
手編みのマフラー、巻いてきてくれるかな・・・

ほんの1ヵ月前、私は好きな人に告白された。
私達以外には誰もいない、夕暮れの教室。
すごく緊張してたけど、何も隠してない、ありのままの姿で想いをぶつけてくれた。
嬉しくて涙が出そうだった。
だってね、初恋の人が恋人になったんだもん。こんなに幸せなことはないよ。

「あっ、椿ちゃんおはよう」
私に気付いて、ゆう君は駆け足でやってきた。・・・ああ、やっぱり・・・ゆう君は優しいな。
「えと、マフラー巻いてきたんだけど・・・似合うかな?」
今日はそんなに寒くないのに、わざわざ巻いてきてくれたんだね。そういう優しいところ・・・
「うーん・・・マフラーに巻き付かれてるみたい」
「ええっ!?」
「うそうそ、じょうだん。すごく似合ってるよ」
「もう、朝からびっくりさせないでよ、椿ちゃん」
慌てる姿もすごく可愛くて・・・どうしよう、幸せすぎるよ。

でもね、ゆう君の誰にでも優しいところ、止めたほうが良いよ。
「おっはよ〜ゆうき〜!」
バンッ!

・・・ほら、勘違いする人が出てくるから。

「ゆう君・・・嫌なら嫌ってはっきり言わなきゃ」
「えっ・・・」
苦笑していたゆう君は、あっけにとられたような顔をした。
「あの人、いつもゆう君の背中を叩いていくけど、本当は嫌なんでしょ?」
「別に嫌ってわけじゃ・・・」
「そう?でも・・・私は嫌かな」
「椿ちゃん?」
「例えばね、私が毎朝他の男の人に身体を触られてるとするね。ゆう君、どう思う?」
「・・・嫌な気分になるかも」
「でしょ?だからこれからは、背中を叩かせないようにしてくれたら嬉しいな」
「う、うん。気を付けるよ」
「変なこと言ってごめんね」
「いや、僕の方こそごめん」

ゆう君は悪くないよ。
ゆう君は他人に強く言えない所も長所なんだから仕方ないよ。
でも本当、気を付けなくちゃ。
勘違いした人が出てきて、ストーカーにでもなったら大変だもん。
駄目、私以外に優しくしちゃ。

・・・あれ?前はこんなこと、思わなかったのに。なんでだろう?

お昼になった。さすがに12時40分まで授業していればお腹が減る。
だから授業が終わるとみんなすぐに食べる準備にかかる。
「ほら椿、さっさと食堂行くよ」
恋人になったとは言え、やっぱりゆう君と2人っきりで食べるのはまだ恥ずかしいかな。
そんなことを思いながら、私は友達に付いていった。
教室を出る瞬間、ゆう君を見た。男友達と楽しそうに喋りながら、包みを開いている。
そしてすぐに、私の視線に気付いて、誰にも分からないように微笑んでくれた。
・・・いつかお弁当、作ってこよう。

「あっ、愛原〜ちょっと待って〜」
「井上さん?」
昨日と同じ。
学校を出ようとしたところで、ゆう君は女子に声を掛けられる。
「椿ちゃん、ちょっと待っててね」

「どうしたの?」
「昨日やっとバイト代入ってさ、借金返そうと思って」
「本当?」
・・・初めてした時、すごく恐かった。
普段からは想像できないぐらいに野蛮で、やっぱりゆう君も男なんだって思った。
付き合い始めて1週間でしちゃうなんていくらなんでも早すぎると思ったけど、
ずっと前から好きだったんだもん。
「いつまでも借りっぱなしも悪いし。ほら、利息分、色目つけとくよ」
「え、いいよそんな・・・」
「いいから貰っとけって。長引いた分のお詫びだから」
付き合ってからの時間なんて関係ないよね。
それからほぼ毎日愛し合って・・・私ね、1ヵ月前は男のひとの素肌を見ただけで顔が赤く
なってたのに、今ではすごくエッチな子になっちゃったんだよ?
それは、ゆう君のせい。普段あんなに優しくて大人しいゆう君が、あんなにエッチな顔して
私を愛してくれて・・・
それなのに・・・私をこんなにしたのに・・・どうして他の女の子にその笑顔を向けるの?
「ありがとう。井上さんって・・・」
「ん?」
「変な所で律儀だね」
「変って何!?超ムカつくんだけど〜」
「ゴメンゴメン、冗談」
駄目だよゆう君・・・ゆう君は私を愛してるんでしょ?毎回気持ち良くしながら、
「愛してるよ」って囁いてくれるのに・・・駄目だよ。
クラスの女子って言っても勘違いしたらどうするの?そんな優しさは逆にみんなを傷つけるだけ
だっていうのが分かってないのかな・・・
ゆう君は私以外にそんな顔見せたら駄目なんだよ?私はゆう君の恋人だから、
私にしかその優しさを与えちゃ駄目なんだよ・・・
「ったく・・・あ、そうだ愛原?」
「えっ?」
「今度合コンやるんだけどさ、愛原もどう?カワイイ子いっぱい来るよ」
「いや、高校生で合コンって言うのはちょっと・・・」
ゆう君・・・駄目・・・私以外の女に話しちゃ・・・私以外の女と仲良さそうにするのは・・・
駄目だよゆう君。
ゆう君は私だけのものなんだから・・・ゆう君を愛してるのは私だけなんだから・・・
ゆう君いい加減にして・・・いい加減に他の女としゃべらないで・・・
「え〜いいじゃん。愛原って結構人気あるんだよ?ペットにしたい男ナンバーワンって」
「ははっ、何それ・・・」
ゆう君・・・ゆう君・・・ゆう君・・・ゆう君、ゆう君、ゆう君、ゆう君、ゆう君、ゆう君ゆう君
ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君 ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君

「ゆう君!!!!!!!!!!」

響き渡る自分の声に一番驚いたのは、私。感情が抑えられなくなってた。
みんなびっくりしてる。無理もないと思う。こんな大きな声、出したことなんてなかったから。
ゆう君も井上さんも、他の人もみんな、私を見てる。
急に恥ずかしくなってきた。
「えっと・・・誘ってくれたのは嬉しいけど、やっぱりごめん」
「あ・・・い、いや、いいって別に・・・」
「あっ、うん、じゃあ、さよなら。また明日」

何だか気まずくて帰り道はお互いに無言だったけど、しばらくしてゆう君は手を握ってくれた。
ゆう君は優しくて気配りができるから、私の気持ちも分かってくれてるんだと思う。
嬉しいよ・・・でもね、その優しさは私以外の誰にも向けちゃ駄目。
きっとそれにつけ込んで、ゆう君を不幸にする人が現れるから。

私は手を握り直した。お互いの指を絡める合わせる、恋人の握り方。
私の髪を撫でる手。私の頬を撫でる手。私を悦ばせる手。
この手はもう、私のものなんだから。絶対誰にも渡したくない。
手だけじゃない。表情も、身体も、優しさも全部・・・全部!

私・・・いつからこんなこと思うようになったの?
こんな汚い感情、今まで感じたことなんてないのに。
嫉妬・・・独占欲・・・辞書で数回見ただけで、自分とは関係ないと思ってたのに。
ううん、違う。嫉妬とか独占欲じゃない。
ゆう君が好きなだけ。
そんな人間じゃない・・・違うよ、きっと。


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