ジグザグラバー 第16幕
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「起きて下さい、御主人様」
 肩を軽く揺さぶられて意識が覚醒をしていくのが分かる。しかし何故さくらの声がするんだろう、
 そう言えば起床には付きものの華の体温が足りない。ああ、そうだった。僕は華に捨てられて、
 それを追い掛けてその後に…
「意識を失ったんだっけ」
 未だに思考の回転は鈍いが、それでもそれなりに考えはまとまってくる。
「おはよう、さくら。これをほどいてくれ」
「おはようございます、御主人様。そういう訳にはまいりません」
 場所は体育倉庫、夕日が差し込んでいるのを見るとあれから殆んど時間は経っていないらしい。
 今の僕は椅子に手足をガムテープで固定されている状態、身動きをとろうにもとれない。
 転んだときのために周りにマットレスが敷かれているが、今はその何気無い心使いも腹が立つこと
 この上ない。
「何でこんなことをするのかな?」
「これも愛の形です」
「君の地元では、拉致って縛りつけることを愛って言うんだね。日常でよく使う言葉と同じだから、
 間違えないようにしっかり覚えておくよ」
「ありがとうございます」
 僕の言葉に、あまり気分を害した様子もなく平然と答えを返す。完全に僕よりも立場が上だから、
 余裕を持っているんだろう。それか、もしかしたら彼女は気付いていないと言うか、
 心の奥と表面で上手く接触が出来ていないのかもしれない。僕が逃げ出すと分かっていて
 縛りつけているのに、本人はさも相子相愛と考えているという矛盾に、全く気が付いて
 いないようにも見える。

 これなら少しは刺激をしても良さそうだし、僕を殺そうという意思は無いようだから会話は
 大丈夫だろう。このまま引き伸ばしていれば、いつか助けが来る筈だ。今は周りに誰も居ないのか
 普通の声で話をしているが、いつまでも来ないというのはない。戸締まりを確認しに教師が
 来る筈だから、それまで持たせれば僕の勝ちだ。
 僕はさくらと目を合わせると、
「場所を変える気は無いかな。ここは埃っぽくて」
「あと少しの辛抱です、すぐに終わりますから」
「そう言われてもね、僕はこう見えて綺麗好きなんだ」
「それなら大丈夫ですよ。掃除洗濯ブラシかけはあたしも好きで、得意ですから」
 駄目だ、この娘は。
「そうなんだ。じゃあ料理は? これも完璧なら素晴らしいお嫁さんになれるね」
「それも得意ですし、少し恥ずかしいですけど御主人様の命令であるなら、女体盛りだって
 頑張ってみせますよ」
 本当に。
「それにしても、お嫁さんだなんて。でも安心してください、あたしは死ぬまで御主人様の奴隷ですから
 余計な心配はしなくても良いんですよ?」
 言葉が通じない。
 顔を赤く染めて頬に手を当て、妙なしなを作って身をよじらせるさくら。この一昔前の行動も
 時と場合によっては可愛らしく見えないこともないんだろうけれど、今の僕は骨抜きになるよりも
 恐怖を感じた。
 それよりも、さっきこの娘は何と言った?

 僕がこの場所に文句を言って、『すぐに済む』と言ったということはこれから何かを
 するということだ。それから、僕の移動を行うということ。意識を失う前に『勇気を貰う』と言って
 いたことも思い出せば、その答えは簡単に出てきた。
「華には手を出すなよ。あといちゃいちゃしたいなら、他を当たれ」
 睨みつけながら低い声で言うが、やはりさくらは気にした様子はない。
「あたしには、御主人様以外居ませんよ。それに、まだあのクソガキの洗脳が解けていない
 みたいですね。大丈夫です、あたしが解いてみせます」
 否定しないところを見ると、図星なのだろう。しかし慌てた様子が無いのは、僕が何も
 出来ないことと、自分の意識、この状況に酔っているからだろう。本人が異常なのだから、
 それが異常だということには気が付いていない。
 そして恐怖の他にもう一つ、華を馬鹿にされた怒りが浮かんできた。
「華のことを悪く言うなよ」
「話が反れましたね。でも結果オーライ、重症の洗脳を解く意味も出来ました」
「何を」
「勇気を下さい」
 そう言うとさくらはペットボトルに入った液体を口に含み、続いて僕の鼻を摘んできた。
 鼻呼吸が出来なくなった僕は仕方なく唇を開く。それに唇を重ねると、さくらは口内のドリンクを
 僕の口に流し込む。少しむせて殆んどを吐き出したが、僅かな量が喉の奥を通っていった。
 それがどんなものなのか想像して、気分が悪くなる。

「美味しかったですか? あたしの唾液が混じったジュース。御主人様のが混じったものは、
 それは天上の甘露のような味でした」
「何を飲ませた」
「はい。初めてのときは緊張で立たなくなる人がまれに居るらしいので、念のため」
 やはり、想像通りに何か薬でも入っていたのだろう。速効性のものなのか、数分の内に
 血液が下半身に集中していくのが分かった。最近は華がべったりだったので出していないせいか、
 普段よりも勢いが強い。
「あは、苦しそうですね御主人様。今あたしが楽にしてあげます」
 言うとさくらは僕のベルトを外し、股間に跨ってきた。さくらも初めてらしく、流れた鮮血と
 溢れる愛液が僕のズボンを汚していく。しかし今本当に気にしているのは、そんなことではない。
 相手が、華じゃない。
 その事実に、僕の心が痛んでいく。こんなことを言うのは女性差別なのかもしれないが、
 実際男には膜も子宮もないし確認のしようもない。けれどそれでも将来の華のために大事に
 とっておいた純潔が散らされたのは辛かった。二人のために残しておいたものが無惨に壊されるのは
 殴られるよりもずっと痛い。
 しかし体の作りはそんな事情などはお構いなしで、初めて体験する快感に絶頂を目指して
 昇りつめてゆく。華とは性的なことは一切していないし、他の人とは基本的に触れることはない。
 自分でするときも頑張らなかった僕がこの刺激に耐えられる筈がなかった。
「そろそろ出そうなんですね、出して下さい」

 低いうめき声と一緒に、精液を出す。
「いっぱい出ましたね」
 無感情に、しかし嬉しそうにさくらは呟いた。
「では、雌豚共を殺しに…」
 言いかけたところで、轟音と共に扉が吹き飛んだ。僕の右側を通過する扉と一緒に埃が舞い上がり、
 スモークのように視界をぼやけさせる。
 その向こうには、片足を上げた水が立っていた。
「パンツ見えた?」
 ヘラヘラとした表情を浮かべながら、非常識な挨拶をしてくる水は僕を見て、続いて
 さくらを睨みつけた。その瞳に宿っているのは、明確な殺意。
「ごめん、旦那。手遅れだったね」
 さくらとセックスをしてしまったことを言っているのだろう。怒りに満ちているのか、
 声は抑揚がない冷たいものだがそれでも申し訳ない気持ちは伝わった。僕の初キスを奪った
 ということも含めて、気にしているのかもしれない。
「手間が省けました、まずはアナタから」
 鉄パイプを持って立ち上がるさくらを再度睨むと、
「お前からだ」
 容赦のない蹴りを飛ばした。
 轟音。
 鉄パイプで受けとめたさくらが後方に大きく吹き飛び、跳び箱を巻き込みながら倒れ込む。
 そちらに唯一動く首を向けると、くの字に折れ曲がった鉄パイプが見えた。
 水とは言葉で勝負して良かったと思う。こんな攻撃を受けたら、僕などは欠片も残さずに
 やられていたに違いない。
「まだやるか?」
 分が悪いと悟ったのか、水の言葉にさくらは走って用具倉庫を出ていった。


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