ジグザグラバー 第15幕
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 水は、廊下を走っていた。進んでいる方向は先程誠が出ていったのとは逆の方向、
 探している人物は二人居た。一人は誠で、もう一人は華だ。顔に浮かべている表情は暗く、
 頬には涙があるものの、しかし速度は最高の速さで走っている。
「どこに行った、あのクソガキ」
 壁に手を突いて立ち止まり、周囲を見る。ここに通い始めてまだ数日だが、それでも校内の仕組みは
 大体理解していたし、人気の少ないところも調べた。だがそのどこにも華の姿は見当たらず、
 水は小さく舌打ちをする。
「まさか」
 最悪の答えが思い浮かび、水は眉根を寄せた。
 残る部分は屋上で、そこは誰の目にも触れずに人を殺すことが出来る。今の時間なら近くに
 誰も居ないから、音が聞こえることもない。何も銃や刃物などの武器を使わなくても、
 突き落とすだけで簡単に命を奪うことが出来るのだ。もしかしたら、華とさくらが争っているかも
 しれない。そうだった場合、下手をしたらどちらかが死んでいるかもしれない。
 昨日交渉したときの態度からすると、その可能性は充分にありえる話だ。
 その思考を振り払い、水は屋上に駆け出した。
「華ちゃん、どこさ」
 叫びながら校舎を駆けて階段を上り、屋上の扉を開ける。
「何だ性悪」
 そこにはフェンスを背もたれにして、膝を抱えて座っている華が居た。他には人影は見えず、
 誰かと争った形跡もない。まずそのことに安堵をしながら、しかし思考を開始する。
「さくらちゃんから連絡か何かあった?」

 その質問に答えずに、こちらをただ睨みつけてくる華に舌打ちを一つ。水はそのまま華に
 近付いていくと、襟首を掴んで無理矢理に立ち上がらせて視線を合わせて睨みつけた。
「早く答えろ」
「離せ」
 叩き付けるように離すと、水は思考を再開させる。
 華の口振りや態度からすると、さくらからの連絡は多分来ていない。だとすれば、今一番の
 邪魔者である華を考えに入れずに行動している可能性が高い。
「だとすれば、冗談だろ?」
「何があったんだ?」
 華の質問は敢えて無視をして、最悪よりもっと酷い可能性が思い浮かんだ。誰かと二人きりになる
 方法、二人だけの世界を作る方法は、相手の合意がない場合は大きく分けて二種類になる。
 片方は二人以外の邪魔者を全て排除するというもので、今の場合はこちらには当て嵌らない。
 何度も交渉をして明らかに邪魔者であるということが分かっている自分や、
 誠の心の大部分を占めている華に何のアプローチも無いからだ。誠に近付く人間を毎晩殺していた
 さくらなら、比較的誠に近い位置に居る自分や華をどうにかしようと思うだろう。
 キスまでした自分や華に対するその思いは強いに違いない。それをしてこないということは、
 もう一つの手段を取ることになる。つまり、自分と相手の強制的な隔離。誠の拉致をしている可能性が
 高くなってきた。
「何なんだ。答えろ!!」
「うっさい!!」
 掴みかかってきた華に怒鳴り返すと、再び襟首を掴んだ。

「大体、何で今華ちゃんがここに居んの。いい加減にしないと旦那に愛想を尽かされるよ」
「もう、尽かされた」
 表情を歪めた華の頬に、一筋の滴が流れる。
「うらぎ、られた。みすて、ら、れた。きらわれた」
 涙声で途切れ途切れに呟く華を、水は睨みつける。
「お前が、お前のせいだ。お前が悪い、お前が誠を取ったんだ」
「そう思ってる訳?」
 小さく呟くと、今度は力無く手を離す。
「そりゃ、旦那も見放すわ」
「なん、だと。お前が悪いんだろ!!」
「だって、華ちゃん。旦那を信じてないじゃん」
 水の口から流れる言葉は冷たい。その声に、華は表情を更に歪めると力無く座り込む。
 口からは小さく言葉が流れているが、しかし水は気にしない。
 不満そうに見下ろすと、
「昨日言った言葉は嘘なの? 旦那を心の底から信じているみたいなこと言って」
「ボクは信じてたんだ」
 水は華に背を向けると数歩進み、
「嘘だね」
「違う、なのに誠は裏切った」
「ほんと、いい加減にしてくれない?」
 立ち止まり、苛立った様子で水は叫ぶ。
「裏切ったのは華ちゃんだよ。旦那は優しいから、拒絶されて泣いた私を慰めてくれた。
 キスをしたのもこっちから。それなのに華ちゃんは旦那を信じないで、拒絶した」
「そん、な」
「旦那が悲しむのを見たくないから、わざわざ恋仇の華ちゃんを探しに来たのに、がっかりした。
 旦那を信じられないアンタはもう駄目だ、辛い思いした私が馬鹿みたい」

 怒りに任せて屋上の扉を蹴り、その大きな音に再び苛立ちを覚えた。
「ほんとに、旦那がかわいそうだ。もう良い、私は旦那と幸せになる。アンタは来るな、
 黙って一人で泣いていろ」
 乱暴に涙を拭いながら屋上の扉を開けると、水は階段を駆け降り始めた。頭の中に浮かんでいるのは
 先程華へと向けた言葉。誠が自分を拒絶したという事実と、誠と一緒になれないということに
 改めて悲しくなる。溢れる涙は止まらないし、叫んだ喉は痛くてたまらない。
 そのことでもまた泣けてくる。
「これじゃ、駄目だ」
 しかし水はそれを無理に振り払うと、誠のことを考える。階段を降りながら携帯にかけてみたが、
 通話不能のメッセージが返ってきた。さくらの携帯に電話しても、同じく通話が出来ないように
 なっている。校舎の中でも電波は届く筈だから、多分電源を切っている状態。
 交渉の前に着信があり、そのあと今の状態になったから切る暇など無かった筈だ。
 それに今の誠は華の探索で今は情報が欲しいだろうから、切っている筈もない。
 そうすれば、答えは自然に浮かび上がってくる。
 さくらは既に誠を拉致していて、邪魔が入らないように携帯の電源を切っている。
「畜生」
 次にどこに居るかを考える。

 誠の向かった先は華を追い駆けてのもの、正確には華が走っていった方向に向かってのものだ。
 今になって、被ると二度手間にならないように反対方向に向かったのを悔やみ、
 自分に向かって文句を垂れるが、それは後回しだ。誠が向かった方向は人通りが多く、
 人気が無いところは体育館くらいだろう。
 考えていると丁度下駄箱の辺りに着き、念の為に靴を調べる。運良く二人は学校から
 出ていないらしい。さくらのことだから上履きのまま連れ去った可能性もあるが、まだそれなりに
 人気があることを考えると可能性は低い。
 その他にもう一つ。
 誠に何かしたあとで自分達に危害を加える可能性もある。
「使わないのが一番だけど」
 呟きながら履くのは、鉄板入りの安全ブーツ。廊下に土が付くが非常事態なので仕方ない、
 あとで拭けば大丈夫と言い訳のように呟きながら、完全に思考をまとめる。
 水は体育館に目算を付けると加速した。


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