ジグザグラバー 第12幕
[bottom]

 時間は夜の八時、灯りのない寂れた駐車場でもはや馴染みになった二人が立っていた。
 片方は鉄パイプを持った少女で、もう片方は常にヘラヘラとした笑みを浮かべている少女。
二人の間に流れている冷たい空気も、初めて対峙したときから変わらない。
「こうやって話すのも定番になってきたね。でもたまには女子高生らしく、ファミレスなんかどうかな?
 正直、こんなとこは気が滅入らない?」
 水の軽い言葉に、しかしさくらは無言で立っているだけだ。表情どころか仁王立ちの姿勢も変えずに、
 ただ持った鉄パイプをガリガリと地面に走らせている。
 数秒して、漸く視線を上げると、さくらは吐息をした。
「こんなの持って、そんな所に入れると思うんですか?」
 片手で回転させて呟くさくらに、水も溜息を一つ。
「まあ良いや。それよりも、お礼。放課後は電話ありがと、助かったよ」
「こちらこそ、交渉の場所を作ってくれてありがとうございます」
「契約だからね」
 ひひひ、と笑ったあとに水は目を細め、
「でも、何かあったの? 電話のとき泣いてたみたいだったけど」
 その質問に、さくらは考える。昨日の話からすれば、定義破壊がまず必要だからスムーズに
 話は進むかもしれないが、誠を狙っているので禁止かもしれない。そもそも自分と交渉したり
 様々な言葉を向けてくるのも、その一貫なのだから話さない方が良いかもしれない。
 しかし、アドバンテージを付けられている今だからこそ、話すべきなのだろうか。

 一瞬で様々な思考が浮かび、そのまま答えは出た。
「御主人様と」
 乱れる呼吸を整え、震える体を落ち着けながら、
「キスをしました」
 その答えに、水は細めていた目を更に細くした。その顔に表情は浮かんでおらず、
 細い目と混じってまるで寝ているようにも見える。
「それで?」
「何がですか?」
「そんなことでは泣かないでしょ、何があったの」
 空間に響く水の声は、低く冷たい。
「そんなことの為に私を呼び出したんじゃないでしょ? ただ自慢話をする為に呼び出したの?
 それなら、貴方を殺す。あのガキが旦那とキスをしたってのでも私は内臓が煮えくり返ってるんだ、
 これ以上下らない話をしたら産まれてきたことを後悔する暇もないくらいにブッ壊してやる」
 言い終えると、睨みつけながらさくらへと近付いた。その視線に込もっているのは、
 誰が見ても明確な嫉妬と殺意。怒り狂っているの感情のせいで体は小刻みに震え、
 足取りもふらふらとしていた。
 しかしさくらは無理に笑みを浮かべると、
「交渉、ですよ」
 その発言に水は歩くのを止めた。しかし、それは表情は余裕でも、震える声は恐怖を表している
 という状態から自分の有利が分かったからではない。あくまでも、内容が関心を引いたからだと
 さくらは考える。
 水が関心を示してくれた幸運に感謝と安心の吐息をしながら、
「交渉で近付くことを要求したら、拒否されました。そのときの態度からすれば、多分…」

 そういえば秋人はいつメールを見るんだろうな〜
 あれ見れば勘違いだとわかりそうだが

 一旦喋りを止めると、今だ睨みつけてくる水を見返す。
「水さんも拒否されます。御主人様は即断即決の人なので、多分、明日にでも」
 水の表情が変わったのを見て、乗ってきた、と歓喜の声を心の中で叫ぶ。
 さくらは先程とは逆に、自分から水に近寄ると、
「でも、まだ迷いがあります。拒否の言葉が濁ったり、詰め寄ったとはいえ近付けたこと。
 何よりも、キスが出来たことです」
「何が言いたいの?」
「だから、交渉ですよ」
 うつむいて思考を始めた水を見て、今度こそさくらは心の底からの笑みを浮かべた。
「もう一度、御主人様と二人きりの場所を用意して下さい」
「じゃあ、こっちからは」
「そんなものは受け付けません」
 水の発言を遮り、鉄パイプを引きずりながらまた一歩詰め寄る。
「水さんとの昨日の契約、水さんが御主人様と話を出来るようにする、を使います」
「それは今日の放課後で終わりじゃない? 一回きりで良いって言ったのはそっちだよ?」
「御主人様の定義が揺れているので、回数も曖昧になります」
「なら、契約事態を終了させるよ。もう、一日に三回は話しかけれるんだ」
「知ってます」
 さくらは歩くのを止めると、リズムを取るように鉄パイプで地面を叩き始めた。駐車場に流れる音は、
 先日誠が楽しそうに話していたアーティストの最新のナンバー。しかし頭の中に浮かんでいるのは、
 それとは全く関係ない思考。放課後に誠と別れた直後から考え続けていた、交渉の内容だ。

「あたしは破棄されても構いません、寧ろ手間が省けて好都合です。もしかしたら、一人でする分
 大変かもしれませんが、スムーズなのも確かです」
 一度喋りだしたら止まらない。
「そうした場合に、あたしにデメリットはあまりありません。実際にあたしが加われる時間は
 ごく僅かなので、そっちも言えるかもしれませんが」
 言葉を切り、
「一日三回で足りますか? それに、会話も三回がゼロになるかもしれません。そうなった場合に、
 あたしからは無理矢理に話し掛けることは出来ますけど水さんは無理ですよね」
 これは誠を見ていて学んだものだ。交渉のテクニックの一つ、相手の思考の暇がないように
 たたみかけ、不利だということを停止した思考に刻み込む。特に、自分の協力が無いと致命的だと
 思わせるのが重要だ。
 そして、
「でも、そっちの言い分も分かります。やはり一人だと大変なのも事実なので、是非協力して
 ほしいんです。水さんと御主人様が二人で話せる場所を作りますので、あたしにも、
 その場を作ってくれるようお願いします」
 相手の思考に敢えて余裕を作り、思考をそこに集中させる。こちらの方では、自分にとっても
 相手が必要だと思わせるのが重要だ。
 数秒。
「分かった、協力する」
 その言葉に、さくらは笑みを強くした。そして、自分の考えが当たっていたことを喜ぶ。
『疾走狂』だと自分で名乗った水は、邪魔なものは排除して進む。どんな手を使っても目標に
 辿り着こうとする彼女。だが逆に言えば、目的地に着くために障害があるならそれを受け止めなければ
 いけないといけないということだ。

「交渉成立ですね」
 明るい声で言うさくらに、水は細めた視線を送った。
「何でそんなに食い下がるのさ。私はまだだけど、あんたは拒絶されたでしょ?」
 その視線と共に送られるのは、冷たい声。
「『御主人様』があたしの『御主人様』であり続けるかは、あたしが決めることです」
 再び歩き始めたさくらは、水の前で立ち止まり、
「そして、『奴隷』が『奴隷』でいられるかを確かめるためです」
 心からの笑顔を浮かべた。


[top] [Back][list][Next: ジグザグラバー 第13幕]

ジグザグラバー 第12幕 inserted by FC2 system