ジグザグラバー 第6幕
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 夜は人の気持ちを解放する、という話を昔に聞いたことがある。これは多分、暗闇が
 人の後ろめたい行動を隠してくれるからで、その定義で考えると人は生悪説が正しいことになる。
 続けて考えると、解放が必ずしも良い方向に向かうとは限らない。例えば殺人鬼は夜に動くものだし、
 悪い方えの考えも夜には活発化する。
 僕がそんなことを考えていたのは、要は困っていたからで、
「泣き止め、華」
 そう。華が泣いていたからだ。
 華は元々泣きやすい娘で、普段の生活では必死に涙を堪えているだけだ。
 因みに、今の状況は深夜0時。二人で仲良くベッドに入り、僕が華を抱き締めながら
 お腹を撫でている状況。いつも通りの、何気無い日常の一コマというものだ。
「今日はどうした?」
「誠に嫌われた」
 今日はそんなに酷いことはしていない筈だが、これは流石に僕の中での話であり、もしかしたら
 何気無い一言があったのかもしれない。
「嫌ってないよ」
 しかし暗闇の中で返ってくるのは、すすり泣く声だけだ。いつも以上に酷い状態で、
 僕は今日一日の出来事を思い出す。いつもと違う行動は、
「もしかして、酒と煙草か?」
 いつもの奇行の中で埋もれていたが、これ位しか思いつかない。昨日見た映画の中で男女の俳優が、
 いかにも大人な雰囲気で酒と煙草を呑んでいた。それを真似した華が未成年禁止な
 それらを買ってきて、僕が先程叱ったことだ。

「さっきのことなら、怒ってないよ」
 少し抱き締める力を強くする。
「だって、誠は怒っただろ? それに、成長にも良くないって」
 確かに、今は成長が止まっているとは言え、これから伸びる可能性があるので強く叱った覚えがある。
 だがそれは華の為を思ってしたことだ。
「誠はロリコンじゃないよな?」
 ちょ、華さん?
「確かに、僕こと鎚宮・誠は普通の性癖しか持っていないと自負し…」
 僕が言い終える前に華は、お腹を撫でるためシャツの中に滑り込ませていた僕の右手を
 胸元へと持っていく。指先に膨らみのない胸の先にある突起が当たり、僕は息を飲んだ。
 しかし僕の意思を無視して、華は僕の右手を使って擦り続ける。
「華?」
 僕の声に応えるのは、興奮して荒くなった華の吐息だけ。
「華、止めろ」
 続けて華は、湿り気を含んだ股間の谷間へと僕の右手を運んでいく。無毛のそこは、
 しかし幼い外見とそぐわない程に濡れていた。
 心臓が、冷たく脈を打つ。
「止めろ」
 僕は強く華の手を振り払うとこちらを向かせ、ほぼ全力できつく抱き締めた。
 それと同時に、華の泣き声が大きくなる。
「こういうのは、20になってからって言っただろ?」

「ボクはこんな体型だし、欲情しないのかもしれない」
「そんな事はない」
「だったら、キスをしてくれ」
「20になってからって約束だ」
「やっぱり、嫌われた」
 会話が、噛み合わない。
「嫌ってないよ」
「だったら、キスをして」
「だから…」
「あいつとはしたのに」
 ようやく合点がいった。要は、華は焦っていたんだろう。自分の体型に劣等感を持ち、
 大人らしいと思っていた行動も閉ざされ、繋がりに不安を持っていたのだ。
 将来結婚するという約束にしても、普通の高校生がするような行為も禁止しているから、
 余計に辛かったに違いない。これでは、守られるか疑うのも当然だ。
 そして極めつけは、僕と水が不本意ながらキスをしてしまったことだ。
 僕が他の娘をなるべく避けていたことで保たれていたバランスが、
 昨日のキスで壊れてしまった。そして、今みたいに大胆と言うには大胆すぎる行動に出たんだろう。

「あの女とはしたのに、出来たのに、ボクは、ボクじゃ」
「ごめん」
 僕は、更に強く抱き締める。
「だけど華のことは大切に思ってるから、誰にも文句を言われないようにしたくて」
 本当にそうだろうか。
 突然浮かんだ小さな疑問に、心が痛む。
『旦那と華ちゃんの関係や気持を考えてみて?』
 痛みから浮かび上がってくるのは、水の呟いた最後の言葉と、僕と華から無言で離れていくときの
 寂しそうな表情。
 何で今更。
「誠?」
「僕と華は」
「うん」
「今は友達だけど」
「うん」
「大好きだよ」
「ボクもだよ」
「愛してる」
「愛してる」
 強く、抱き締めあう。
 何を今更、分かりきっていることじゃないか。昼に考えたときと、寸分も違わない。
 僕と華は産まれた時からの幼馴染み、今では大親友。華は僕のことが大好きで、
 僕は華のことが大好きだ。今はプラトニックにしているだけで、将来二十歳になったら
 結婚をして思う存分いちゃいちゃして暮らす。
 だけど、
「華」
「ん?」
「キスをしようか?」
 今までのようなごまかしのキスではない。いつもしているような、家族の、頬や額のものではないもの。
 視線を華に向けると、顔を真っ赤にしてうつむいていた。僕から逃げようと手足をばたつかせる様子は
 可愛らしくて、見ていて父性本能を刺激される。
 父性本能?
 違う。
「するよ?」
 僕の言葉に、華は小さく頷く。
 僕は頭に浮かんだ疑問を振り切るように、行為で確認するように、
 華にキスをした。


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