ジグザグラバー 開幕
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 僕のあだ名である『毒電波』とは巧く表現したもので、成程、中々的を獲ていると思う。
「おはようございます、御主人様」
 僕の眼前に立っている後輩の少女とは、別に主従関係を結んでいる訳ではない。
 彼女が一方的に僕をそう呼んでいるだけだ。
 端的に表現すると、変態。
 どうやら僕は毒電波を垂れ流しているらしく、それを受信しているこの手の輩が昔から
 こぞって寄ってくる。
 それも春だから産まれた限定品ではなく、天然ものばかりだ。
 因みに、この少女はその中でも群を抜いてトップクラスに位置している。
 僕は短く溜息を吐き、
「おはようございます。朝から絶好調だね」「はい、それでは今日も御願いします」
 言葉と一緒に僕に渡されるのは一通の便箋。ファンシーなピンクの封筒に入っているのは、
 僕への熱烈なラブレターだ。毎回違う文面というだけでも、その努力は伺い知れる。
 それを受け取ると、僕は細かく千切った。そして、少女の目に見えるようにばらばらと捨ててやる。
 この時のコツは、掃除をしやすいように一ヶ所に落としてやることだ。初めてこれをした時には
 ゴミが広がり、意外にモラリストな彼女に猛烈な注意を受けた。
 閑話休題。彼女がとろけた表情でそれを拾うのを見届けると、僕は蔑んだ表情と冷たい声を作り、
「満足したか、雌豚」
 この一言に、彼女の体は歓喜で震えた。
 僕としてはあまりこんな事をしたくはないのだが、土下座までしてきた彼女に根負けした。
 土下座中にとろけた表情をしていたのは、早く忘れたい思い出だ。
「今日は何点?」
「調子良いですね、98点ですよ」
「そうか良かった。それじゃあね」
 僕に手を振りながら元気に友達の所へと向かっていく彼女を見送り、僕は待たせていた
 華の所へと早足で歩く。

「遅い」
 いきなり怒声が飛んできた。
 なるべく早めに終わらせたつもりだが、それでも長かったらしい。
 只今御立腹らしい彼女が、あの後輩すらも断突で抜いて僕の人生の中でトップに君臨し続ける存在だ。
 恐らく生涯現役だろう。
 渡島・華。
 僕、鎚宮・誠の幼馴染みで一番の友達。長い髪に低身長、誰もが羨まない幼児体型。
 その愛くるしいポッコリお腹は珠玉の逸品だ。
「ごめん、許して」
「…姫ダッコ」
 僕は華をお姫様だっこすると、教室へと向かう。
 ついつい人を甘やかしてしまう。僕のこんな部分が、際限無く変態を引き寄せているのかな、
 などとどうしようもないことを考えた。
 華をなだめすかして教室に入るが、僕の朝はこの程度では終わらない。この程度で済むのなら、
 この人生もどれだけ楽になっていただろうか。
 机に教科書をしまい、今日の一時限目の予習をしようとすると、声を掛けられる。
 不本意だが、これも仕方のないことだ。
「おはよ、誠ちゃん」
 綺麗なソプラノの声の主は、学年一の美少女、ではない。
「おはよう」
「帰れ、オカマ野郎」
 華の辛辣な口調にその少年、城濱・勇二は苦笑を浮かべた。
 女子用の制服に身を包む外見の中身が僕と同じ性別なのは、中学の修学旅行の風呂で若干僕より
 小さいサイズの物を確認したので間違いない。
 そんな勇二は小首を傾げると、
「あれ、宿題出てたっけ?」
「いや、今日は当たる番だから」
 そう言って、僕は予習を再会する。いつもの如く首筋に抱き付いて、僕の体臭をかぐのに
 夢中になっている華も、今だけは無視。
 暫くして、予令が鳴る頃に予習が終わり、名残惜しそうにしている華を引き剥がす。
「ほら、席に戻って」
 渋々、といった表情の華は右手を前に出し、
「愛してるよ」
「僕もだよ」
 僕と軽く握り拳をぶつけあう。
 数分。
「はい皆さん、おはようございます」
 豪快に教室の扉を開いて、つい先日失恋をしたという担任が入ってきた。
「今日から皆と一緒に過ごす、新しい友達を紹介します」
 この言葉に、教室は独特の熱気に包まれる。

「それではどうぞ」
 教室に入ってくるのは、一目で分かる美人。失礼な言い方をすると華とは真逆の体型だ。
 彼女は細やかな指使いで黒板に名前を書いていく。
「陸崎・水です。よろしく」
 彼女はそう言って、ブイサイン。
 ブイサイン!?
 今時そんなマネをする女子高生が居るとは思わなかった。男子生徒でも居ないだろう。
 最後に担任は、絶望的な言葉を口にした。
「席は、鎚宮の後ろが空いているな」
 その一言で、一気に教室の空気がやるせないものになる。
 僕に向いた視線は、皆同じ考えを乗せていた。
 あぁ、また変人か。
 僕が嘆いている間に担任は幾つかの連絡をして教室を出ていった。恐らく、
 あまり関わっていたくなかったのだろう。万人共通の思いを、担任も持っていた。
「よろしく、旦那」
 陸崎さんは、ヘラヘラと笑いながら歩いてくると、握手の手を差し出した。

 握手の距離、これは不味い。
 危ない、と注意するより先にその手が引っ込められた。
「危なッ」
 手があった場所を通過したのは、華の鋭い拳。『暴君』程ではないにしろ、
 凡人では避けることは殆んど不可能なそれを陸崎さんは避けた。
 それだけでは終わらない。
 そのまま続く連撃を、一歩も動かずに上半身の動きだけで避けている。
「なかなか良いモン持ってんじゃん」
「ヘラヘラと笑うな」
 華が本格的にキレる前に、僕は羽交い締めにして暴走を止める。
「ごめんね、あと1m位下がって」
「誠はボクのだ」
 そう、これが華が常にトップに位置する理由。僕に依存するあまり異常に嫉妬深く、
 誰にでも牙を向く。男子は1.5m、女子は2m以内に近付けないのが華の不文律だ。
 他にも弊害は山程あるが、これが最大の彼女の個性。
「へぇ、これはこれは。どっちも面白い」
 彼女は意地悪く唇の端を歪めると、
「でも無理だ。一目惚れって、ホントにあるんだね。物事は貫き通す、それが私の礼儀だから」
 そう言って僕にキスをして教室から出ていった。


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